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第1話 悪役令嬢が足りません!

 深夜に及ぶ論戦の末、ようやく今日の審議が終了した。

 

 野党からの執拗な追及によりピンチの連続であったが、何とか逃げ切った。

 これでようやく休める——と思ったのだが。


「総理! 、総理!」


「なんだよ、俺は眠いんだ」


 政策秘書の香取がうるさい。

 いつもながらに思う。見た目で採用するんじゃなかった。ついでに支援者の娘なので、うかつに手も出せない。


「大変なことに気づきました」


「日本はいつも大変だろ?」


「あなたのせいです」


「わかった、わかった。今度はなんだ?」


 とはいえ、香取には独特の嗅覚があり、その提言は時に役に立つこともあるのだが——。


「悪役令嬢が足りません。このままでは悪役令嬢の値上がりが止まらなくなります」


 俺にどうしろと。


「いや、悪役令嬢なんて世の中にいっぱい溢れてるだろ? WEB小説のランキングを見てみろよ」


 スマホを取り出し、小説サイトを香取に見せる。そこには『悪役令嬢』の文字が羅列されていた。


「ですから、そのせいです」

「?」


「それだけ悪役令嬢の需要が多く、消費が早いということです。このままでは需要と供給のバランスが崩れます」


「いや、それは小説やアニメの世界の話だろ? それに需要が多くなれば、供給者も増えるはずだ」


「供給者となる作家にも限界があります」


「というと?」


「ネタ切れです。すでに危険な兆候が出ています。このまま新たな悪役令嬢のモデルが供給されないと……」


「されないと?」


「暴動が起きます」


「なんでだよ」


 いや、次のネタを探しに行くだけじゃないか?


 しかし眠い……。なんだって「国民的人気RPGのヒロインは?」って聞かれて、うっかり「フローラルだ」って言ったくらいで国会であそこまで人格否定されなきゃならないんだ。


 だってしょうがないだろ? 爆裂魔法も使えるし、湖の羽衣まで手に入るんだぜ? それになんといっても、お嬢様だ。


 このまま香取の戯言に付き合うのはつらい。どうするか……。もう適当に言って帰ってもらおう。


「わかった」


「わかってくれましたか!」


 香取は満面の笑みを浮かべる。


「君に全て任せる」

「!」



 ——翌朝。

 テレビの緊急速報が流れ、画面には『総理、悪役令嬢学園の設立を表明』のテロップが躍っていた。


 俺は唖然としたまま、流れるニュースを見つめるしかなかった。

 

 そして数日後——。


「まさか、本当に法案が成立しちゃうなんてな……。この国、大丈夫だろうか」


 まさか与党にも野党にも、これほど悪役令嬢の支持者が潜んでいたとは思わなかった。満場一致、スピード可決だった。



 そして時は経ち——。


「総理」


「なんだね校長」


 俺たちは、『私立悪役令嬢学園』の総理事長(略して総理)と校長になっていた。



─── ✧ ❖ ✧ ───



「でも、史上最年少で内閣総理大臣になって、史上最年少で不信任から辞職って凄い経歴ですよね」


「そもそも俺は冗談で立候補しただけなんだけどな」


 私の名前は「渡辺一郎」。同じ選挙区に、総理に最も近い男と言われていた「渡邉一郎」という国会議員がいたので、名字の書き間違いを期待して、衆議院議員選挙に立候補してみたら本当に当選してしまったのだ。みんな面倒くさがって「渡辺」って書いていたらしい。

 

 当選後は、与野党同数で混迷する政局の中で、私の一票がキャスティングボードを握ることになってしまい、当時の野党に「総理にしてくれるならそっちにつくよ」と冗談半分で言ったら、本当に総理に担ぎ上げられてしまった。


 しばらくは、川を流れる木の葉のようにのらりくらりとしていたのだが、いくつか思い付きで提案した政策は大衆に受けた。


 一つ目は「ワタナベ」の漢字統一。

 二つ目は「サイトウ」の漢字統一。


 ちなみにこの二つの政策だけで日本の労働生産性が、五パーセント改善された。


 ここで調子に乗った俺は「萩原」と「荻原」の統一を持ち出した。

 これがまずかった。

 

 どちらに統一するかでもめた末、国論を二分する内乱がはじまってしまったのだ。


 結局、私は責任を与野党から糾弾され、総理の座から身を引くだけでなく、議員も辞職することになった。

 

 つまり、一瞬で無職になった。


 そんな俺を拾ってくれたのが、あの「香取」だった。


 すでに『私立悪役令嬢学園』の校長になることが内定し、開校の準備を進めていた香取が、どういう手腕を発揮したのかは知らないが、俺をの理事長のさらに上の『総理事長(略して総理)』として迎え入れてくれたのだ。


 ん?なんで国立じゃないかって?

 

 それは俺が失職し、国からの資金が引き上げられたからだ。


 しかし、未来の悪役令嬢を渇望する財界の有志たちから莫大な融資を取り付け、私立高校として無理やり設立することになったというわけだ。

 

 本当に大丈夫か、この国の経済界。



 ─── ✧ ❖ ✧ ───



「さて、開校の準備具合はどうかな、校長」


「その前に総理、お願いがあります」


「何だい?」


「私の呼び方です。これからは『カトリーヌ』とお呼びください」


「香取ーヌ?」


「はい、そうです。ただし全部カタカナでお願いします」


 いや、何で分かったんだろ?香取の嗅覚は侮れない。


「……わかった。で、カトリーヌ君。開校に向けた準備具合はどうだい?」


「はい。現在、優秀な教師を募集中です。また校舎の工事の方は順調です。ただ、少々問題が……」


「問題?」


「悪役令嬢が婚約破棄を告げられた際、ショックで壇上から階段を転げ落ち、それをきっかけに前世の記憶を呼び覚ます——という実技演習があるのですが、文科省に報告したら……」


「ちょっと待て」


「なんでしょう」


「……その、カリキュラムを見せてみろ」


 香取から手渡されたA4のプリント――『私立悪役令嬢学園・カリキュラム一覧』に目を落とすと……。



 ■月曜日

 一限目:発声演習 (高笑いの基礎)

 二限目:服飾・美学(縦ロール管理)

 三限目:原作座学(乙女ゲーム概論)

 四限目:保健体育ダンス

 五限目:茶会演習(取り巻き管理)


 ■火曜日

 一限目:発声演習 (お嬢様言葉基礎)

 二限目:服飾・美学(わがままボディ概論)

 三限目:原作座学(悪役令嬢概論)

 四限目:保健体育(護身術)

 五限目:茶会演習(嫌がらせ)


 ■水曜日

 一限目:発声演習 (お嬢様言葉応用)

 二限目:服飾・美学(高貴ファッション)

 三限目:原作座学(聖女概論)

 四限目:情報(密告とPython)

 五限目:実技演習(舞踏会)


 ■木曜日

 一限目:発声演習 (驚き嘆き喚き)

 二限目:服飾・美学(庶民ファッション)

 三限目:原作座学(フラグ管理)

 四限目:語学(選択式:亡命先言語)

 五限目:実技演習(転落)


 ■金曜日

 一限目:発声演習 (総合演習)

 二限目:服飾・美学(応用編:水着回、温泉回)

 三限目:原作座学(応用編:フラグの折り方)

 四限目:社会(内政チート)

 五限目:実技演習ざまあ


 ■土曜日

 お茶会(自由参加:ぼっち可)


 ■日曜日

 農業(自由参加:ぼっち可)



 どこから突っ込んでいいか分からないので、やむなく、香取の訴えにのっかる。


「ひょっとして、この授業?」


 木曜日の五限目、実技演習(転落)を指さす。


「そうです。悪役令嬢の転落と言えば、階段からの転げ落ち。悪役令嬢のすべての物語が始まる最も重要なプロローグです。ここを美しく、かつ、わが身可愛さにしくじるようでは、立派な悪役令嬢にはなれません!」


 あれ?ここだけ聞くと香取の言うことが、正しい気がする。


「問題って何だ?階段が高すぎるとか?」


「いえ、違います」


「じゃあ何だ?」


「授業そのものの許可が下りないんです。カリキュラムを説明していたら、『階段から転げ落ちは、さすがに……』って言われました」


 わかってないなー。悪役令嬢の見せ場だぞ。


「他には何も言われなかったのか?」


「あとは口を開けてカリキュラムを眺めていただけですね。特に質問とかありませんでした」


 やれやれ、仕方ない。一肌脱ぐか。


「わかった。後は俺に任せろ」


「何か考えがあるんですか」


「この学校の担当は文科省の佐倉課長だったよな。彼なら大丈夫だ、打つ手はある。彼には弱みがある」


「ほう、どんな弱みでしょう」


 香取が悪い顔をする。


「彼も『隠れフローラル派』だ。このことを公表すれば、この国の役人としてやっていけない」


本作を気に入ってくださった方は、ぜひこちらの作品もチェックしてみてください!


『国民的大人気RPGを作ろう ~AIさん、議事録を作成してください~』

https://ncode.syosetu.com/n4372mi/

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