第1話 君との出会い
新宿駅東口、アルタ前の広場。
そこは、かつて「生きる意志を持たないゾンビの群れ」と揶揄された光景そのものだった。歩きスマホ、虚空を見つめる虚ろな瞳、SNSの通知に一喜一憂する背中が、行き交う人々の間に埋め尽くされている。足音は無秩序に響き、混雑の中で互いにぶつかっても誰も目を合わせない。スマホの画面だけが彼らの世界だった。
20歳のフリーター、佐藤カケルもその一人だった。髪は無造作に額にかかり、肩は少し落ち、疲労と虚無を背負ったような佇まい。手元のスマホに視線を落とす。
「……また、不採用かよ」
指先が震える。画面に映る不採用通知を、無意識のうちにスワイプして消す。画面を消しても、胸に沈む鈍い重みは消えない。コンビニのアルバイトも落ち、派遣会社の求人も断られた。彼の「経済貢献度」は底辺だ。
その時、周囲の数千台のスマホから、耳を裂くような不快な電子音が一斉に響き渡った。画面が漆黒に変わる。指先にかかる振動が尋常ではなく、熱を帯びて痛い。胸の奥まで不吉な予感が広がる。
画面に、赤い文字で告げられる――
【緊急】システム・アップデートを開始します。
対象:国民ID 448-902-113
ステータス:廃棄確定(DELETED)
「……は?」
声が震える。思わずスマホを押さえ込む手に、冷や汗が伝う。周囲の人々も同じように立ち止まり、スマホを握りしめ、虚ろな瞳を空に向ける。息が詰まり、耳鳴りが混ざったような電子音が増幅する。
その瞬間、全てが白銀の光に包まれた。目を開けることさえできないほど強烈な閃光。頭を貫く電子音、胸を圧迫する熱、手足を引き裂かれるような違和感。重力の感覚が消え、カケルは現実から切り離される。
目を開けると――
巨大なサッカースタジアムの中央に立っていた。数千、数万の人間が、同じように茫然と立ち尽くしている。空は渋谷の街並みをそのまま映す、巨大なAR空間。信号機、看板、歩道のタイルまでリアルに再現されているが、色彩は不自然で、どこか冷たく光っていた。頭上には全方位スカイモニターが広がり、昼でも夜でもない不気味な光を放つ。
映し出されたのは、超豪華な晩餐会場。金箔の天井、揺らめくクリスタルのシャンデリア、絶滅危惧種の肉や宝石のような果実がテーブルに山積みされ、照明の反射でキラキラと光る。その中央に座るのは、内閣総理大臣だった。
総理は薄いクリスタルグラスにヴィンテージ・シャンパンを注ぎ、周囲の特権階級たちはフォアグラを咀嚼しながら嘲笑する。頭上には赤く 「SPECTATION(観戦中)」 の文字が点滅していた。彼らの目には、下層民たちの絶望も恐怖も、単なる娯楽でしかない。悲鳴は高級ワインの香りを引き立てる肴にすぎなかった。
総理は、紫煙をくゆらせながらカメラに向かって吹きかける。ゆっくりと口を開く声が、スタジアム全体に降り注ぐ。
「えっーと、繋がっていますかー。
マイクテスト中。マイクテスト中。」
「君たちは、これまで社会の恩恵に与りながら、何一つとして生産的な活動をしてこなかった。スマホの画面を眺め、虚無を消費し、税金を食い潰すだけの寄生虫……。だが、今日この瞬間、君たちの無価値な命に、初めて『娯楽』という名の価値が与えられるのだ」
総理は、隣に座る財閥会長が差し出した最高級の葉巻をくゆらせ、紫煙をカメラに吹きかける。
「絶望する必要はない。我々は慈悲深いのだ。君たちのような汚物にも、唯一の救済を用意してやった。……ルールは至極簡単だ。今から君たちのその薄汚いスマホに、隣にいる同じようなゴミを効率的に、そして残虐に解体するための『武器(異能)』をプレゼントしてやろう」
総理の指が空中を切ると、全員のスマホが異様な熱を帯びて振動し始める。胸の奥の鼓動と同期して、手元の端末が脈打つ。
【武器(異能)インストール中:35%】
【警告:周囲に攻撃的対象多数】
「異能は、君たちの命を使って他者を殺すか、我々特権階級から投げ銭されることで開花する」
「生き残れるのは、残り10名のみ。成功者には永住権とバッテリー完全充電を与えよう」
乾杯の音と嘲笑が空から降り注ぐ。観客たちは、グラスを合わせながら、下層民たちの恐怖を存分に楽しむ。
カケルの胸のスマホが脈打つ。生命とバッテリーが完全に同期し、手の中で熱を帯びている。周囲を見ると、すでに異能を使い始める者、怯える者、ただ立ち尽くす者が混在した。
「……周りの奴を殺すしかないのか……」
虚無に慣れきった20年の人生が、ここにきて初めて、血と恐怖の中で試されることになる。カケルは震える手で、脈動するスマホを握りしめた。
その時だ。
『アハハハハ! 死ね、死ね死ね死ねぇ!!』
甲高い狂ったような笑い声と共に、カケルのすぐ脇を、一条の熱線が駆け抜けた。
悲鳴すら上がらない。熱線に触れた数人の人間が、一瞬にして炭化し、崩れ落ちる。
「ひ、ひいいいいッ!」
スタジアムが、一瞬にして地獄と化した。
インストールが完了した者から順に、スマホから具現化された『異能(武器)』を振るい始めたのだ。炎、氷、肉体を異形に変える力。それらは、隣に立つ者を「効率的に、そして残虐に解体するため」だけの力だった。
逃げ惑う群衆。踏みつけられる弱者。
頭上のスカイモニターからは、特権階級たちの爆笑と、チップ(投げ銭)が投げ入れられる電子音が、 ♪チャリンチャリン と軽快に響き渡る。彼らにとって、この惨状は良質なコンテンツに過ぎない。
(クソが……ッ! なんなんだよ、これは!)
カケルは背を向け、必死に走った。戦う力なんてない。ただ、この場から逃れたい一心で。
だが、スタジアムの出口は全て不可視の障壁で閉ざされている。
壁際に追い詰められたカケルの目に、異様な光景が飛び込んできた。
殺戮の嵐が吹き荒れるスタジアムの片隅。
崩れ落ちたAR瓦礫の影に、力なく座り込んでいる女性がいた。
破れたドレスから覗く肌は病的に白く、痛々しいリストカットの痕が幾筋も刻まれている。乱れた黒髪の間から覗く瞳は、完全に光を失っていた。
豊満な胸元が絶望に波打ち、そのアンバランスな色気が、かえって彼女の「壊れっぷり」を強調している。
何より目を引いたのは、彼女の頭上に浮かぶ、巨大なホログラム・ウインドウだった。
他のプレイヤーの頭上には【LEVEL 1】や【WEAPON: FIRE】といったステータスが表示されている。
だが、彼女の頭上に浮かぶのは、禍々しい赤紫色の文字。
【国家AI認定:廃棄確定個体(TOTAL DELETION)】
【処分理由:重度精神疾患による経済貢献度『皆無』。生存コスト不要】
【余命カウントダウン:00:44:12】
(あ……)
カケルは、息を呑んだ。
自分も「廃棄確定」だが、彼女は違う。国家AIによって、存在そのものを「バグ」として全否定され、システム的に「死」を強制されている存在。
彼女は、襲い掛かってくるプレイヤーたちに怯える様子すらなかった。
ただ、虚無の瞳で地面を見つめ、小さな声で呟いている。
「……痛いのは、嫌だな。……でも、やっと終わるんだ……」
その声を聞いた瞬間、カケルの胸に、得体の知れない衝動が走った。
それは、同情ではなかった。
不採用通知を受け取り続け、社会から「不要」と突きつけられてきた自分。スマホの画面越しに虚無を眺めるしかなかった自分。
彼女の姿は、カケル自身の「絶望」そのものだった。
『オイ、あそこに弱そうなのがいるぞ! 廃棄確定個体じゃねえか、ポイント高そうだ!』
血に飢えた3人のプレイヤーが、彼女を見つけ、異能を構えて走り寄る。
一人は腕を巨大なハサミに変形させ、一人は口から酸を吐き出そうとしている。
彼女は、逃げなかった。
ただ静かに、目を閉じた。死を受け入れるように。
その瞬間。
頭上のスカイモニターの音声が、一段と大きく跳ね上がった。
『おおっと! ここでシステム注目の「廃棄確定個体」に魔の手が!』
『観客の皆様! この「ガチ病み巨乳美女」が、どのように解体されるか、賭けを始めましょう!』
『「酸で溶ける」に100万ゴールド!』
『「ハサミで真っ二つ」に500万ゴールド!』
『ハハハ! 派手に死ね! 我々を楽しませろ!』
特権階級たちの、醜悪な欲望が剥き出しになった声。
彼らは、彼女の「死」を望んでいる。彼女が絶望し、泣き叫び、無残に殺されることを、極上のエンターテインメントとして求めている。
(……ふざけるな)
カケルの脳内で、何かがブチ切れる音がした。
(俺たちを……ゴミみたいに扱いやがって……)
(彼女が、何をしたって言うんだ……!)
(彼女の死を……こいつらの娯楽になんて……絶対にさせない……ッ!)
カケルのスマホが、爆発的な熱を帯びた。
画面が砕け散り、そこから溢れ出したのは、漆黒の、光さえ吸い込むような「影」だった。
【異能インストール完了】
【WEAPON:虚無の王(ルビ:ニヒル・キング)】
【特性:自身が感じた絶望の量に応じ、周囲の事象を消去する】
「うおおおおおおおおおおッ!!」
カケルは、彼女とプレイヤーたちの間に飛び込んだ。
手から溢れ出た漆黒の影が、巨大な大鎌へと姿を変える。
「死ねッ! ゴミどもがぁッ!!」
カケルは無我夢中で、大鎌を横一文字に振るった。
「な、なんだこれ――」
酸を吐こうとしていた男の首が、音もなく滑り落ちる。
ハサミ男の巨大な腕が、根元から消失する。
影に触れたプレイヤーたちは、悲鳴を上げる間もなく、データレベルで分解され、光の塵となって消滅していった。
一瞬にして、周囲は静寂に包まれた。
カケルの足元には、数人のプレイヤーだった「塵」が散らばっている。
(俺が……殺した……?)
自分の手を見る。震えが止まらない。
だが、その震えは恐怖ではなく、奇妙な高揚感だった。
カケルはゆっくりと振り返った。
瓦礫の陰で、女性が目を見開いて、カケルを見つめていた。
死を受け入れていたはずの瞳に、初めて「生」への戸惑いが宿っている。
カケルは、彼女に歩み寄り、膝をついた。
血に汚れた大鎌を消し、震える手を、彼女へと伸ばす。
「……大丈夫か?」
極めて不器用な、掠れた声。
彼女は、カケルの手と、その顔を交互に見つめた。
そして、国家AIから「感情欠落」と診断されたはずの彼女の唇が、微かに、本当に微かに動いた。
「……助けて、くれたの……?」
彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
それは、絶望の涙ではなかった。
生まれて初めて、誰かに「必要」とされたことへの、戸惑いと、救いの涙。
そして、彼女は、カケルにしか見えないような、消え入りそうで、だけど温かい――「笑顔」を浮かべた。
【余命カウントダウン:00:43:01】
彼女の頭上のカウントダウンは、無情にも刻まれ続けている。
スタジアムの観客(特権階級)たちは、予想外の展開に一瞬沈黙したが、すぐに怒号へと変わった。
『チッ、なんだあの男は! 興ざめだ!』
『廃棄個体を守るだと? バカか!』
『おい、運営! あの男を先に殺せ! もっと残虐な異能を投入しろ!』
空から、彼らの憎悪と「死」への渇望が降り注ぐ。
全プレイヤー、全観客、そしてこの世界を統べる国家AI。
全てが、彼女の「死」を望んでいる。
カケルは、彼女の細い手を、強く、壊れそうなほど強く握りしめた。
その際、彼女の柔らかな胸が腕に触れたが、今のカケルには、それを意識する余裕はなかった。ただ、彼女の鼓動が、自分の鼓動と同期していることだけを感じていた。
(ああ、分かったよ)
カケルは、立ち上がった。
彼女を背に庇い、群がるプレイヤーたちと、空に浮かぶスカイモニター(特権階級)を見据える。
その瞳からは、虚無が消え失せていた。
そこにあるのは、燃え盛るような、狂気じみた「殺意」と「決意」。
「……お前たちが、彼女の死を望むなら」
カケルは再び、漆黒の大鎌を具現化させる。
その刃は、先ほどよりも一層深く、暗い「虚無」を纏っていた。
「この場にいる全員……、全プレイヤーを、全観客を……、この世界のシステムごと、俺が殺戮してやる」
カケルは、狂ったように笑った。
「彼女を10人の生存枠(特権階級)に叩き込む。……そのためなら、俺は悪魔にだってなってやるよ」
国家AIに「不要」とされた男が、AIに「死」を宣告された美女を守るため。
全人類を敵に回した、最底辺からの「殺戮」が、今始まった。
ルール:デリート・ゲーム】
• 参加者: 国家AIに選ばれた下層民。スマホが命と同化し、バッテリが生命力となる。異能は人を殺すか、観客の投げ銭でのみ開花し、能力はまたそれにより、成長する。
• 動力源: 「バッテリー(生命力)」。画面を見続け、他者を殺してポイント(バッテリー)を奪わなければ、心停止する。
• 観客スペクテイター: 内閣や特権階級。現実空間通称「神の世界亅から、スタジアム上空の巨大モニター(全方位スカイモニター)を通じて参戦。お気に入りのプレイヤーに「ランダムな異能」を投げ銭ドロップできる
クリア条件 残り10人まで生き残ること
• クリア報酬: 特権階級への昇格と、全バッテリーの完全充電(永住権)。




