【短編版】王子と小鹿の物語〜王子と初めての出会い〜
甘党探偵月影ましろ〜ボクとブラックでスイーツな日々〜
https://ncode.syosetu.com/n7051ls/
より。
ましろは林檎を家まで送り届けた後に、猛ダッシュで自転車を漕いでアーバン・レジェンドに戻ることになった。途中、信号で少し急ブレーキをかけた際に小動物が目を覚ます。
「あぁヤダヤダ。なんでボクには幼なじみなんて厄介な人物がいるんだろう……」
『幼なじみ?望月来夢のことかい?』
信号待ちの際、頭を抱えているましろを目にした小動物は、モフモフに埋もれている首を傾げた。
『懐かしいね。君が彼女と一緒に物語狩りをしていたのは中学生の時だったっけ?先輩面してましろをよく指導してたよね。まるで先生みたいだった』
「あの時みたいな面倒事はもうこりごりだよ……」
ましろは来夢がイギリスのロンドンに移動配属された途端、今のように物語が成長する前に退治するという方法に切り替えて仕事をしていた。
合わなかった教育法を無理矢理続けさせられた反動だろうか。望月来夢はましろにとっては幼なじみと言うよりは、親や教師じみた苦手な存在でしかない。
「短期配属になったロンドンは妖精やら幽霊やらの物語だらけで毎日毎日、物語狩りに出動させられてた……。あの悪夢が再来するなんて」
世界的に見れば、日本も日本で伝承や民謡など物語が多い地域に入るが、他の国に比べるとそれらは若者の暮らしや人口の減少などの要因で人間の記憶から薄れつつあり、物語自体の展開が弱まるような、現代の子供向けの優しい内容に変えられて伝承されている傾向にある。
「ボクとしてはちょっとだけ物語を狩って、美味しいスイーツが食べられればそれでいいのに」
『でも大きな仕事を解決すれば、本部がましろ専用の報酬として送られてくる珍しい材料で、アーバンや王子が珍しいスイーツを作ってくれるかもよ?』
「でも、今回は大きな物語になる可能性が低かったし、何より彼女がひとりで危険だった」
『それは──まぁ、今回はましろの判断が正しかったかもしれない。けれど、僕らとしてはましろにはなるべく大きな仕事で粒子を回収してもらいたいんだ。それを呉々も忘れないでくれ』
信号が青になる。ましろの声が小さい独り言を気にする人はいない。
『本部の両親も、きっとましろのことを気にして来夢を寄越すように仕向けたんだ。日本のこの御伽街周辺とイギリスのロンドンじゃ、忙しさが段違いなのにわざわざ優秀な彼女を移動配属させるなんて』
「ほんとに余計なお世話だよ!!」
彼女を自分の隣の部屋にしないよう、一足先に帰ってアーバンに頼み込む為、ましろは猛ダッシュで自転車を漕ぎ続けた。
◇◇◇
「ましろさんの部屋の隣が空いてない、ですって?どういうことですの?」
「すまないねぇ。君がいない間、ウチにもましろくん以外の人材が増えてね」
「紬がましろさんの隣の部屋ですの??」
「いや、紬くんではないよ。紬くんは私の隣の部屋だ」
猛ダッシュで自転車を漕いだ甲斐があり、ましろの思い通り、来夢が隣の部屋になることを阻止できた。ほんの数分前までましろの隣の部屋は空き部屋だった為、危ないところだった。
「あの、そんな目鯨立てないでよ。初対面の人にさ……」
「──失礼。私としたことが」
ましろが部屋のドアを少し開ける。廊下ではアーバンと来夢、加えて男にしては少し髪が長く、背の高い青年──にしては声が少々高い──が少々揉めていた。ましろがアーバンに来夢が隣の部屋に来るのは拒否したいと伝えると、アーバンはこの青年に頼み込んで部屋をましろの隣に移動してもらったのだ。勿論ましろも部屋の移動に大急ぎで協力した。明日は筋肉痛になるかもしれない。
「初対面でのご無礼、失礼致しました。私はイギリスからこちらへ移動配属となった望月来夢ですわ。私もましろさんと同じく日本人とイギリス人の両親ですの」
「……初めまして。僕は鵜久森」
鵜久森は突然家主のアーバンに怒りながら自分を指差してきたお嬢様らしき人物に、戸惑いながらも自己紹介をして握手を返した。
「と、いうワケだ。彼がましろくんの隣の部屋なんだ。だから諦めてくれないかな」
「……仕方ありませんわね」
少し考え込んでいたが、来夢は革の手袋を嵌めた手でスーツケースを掴んで鵜久森の隣の空き部屋の鍵を開けて入っていった。
◇◇◇
「ありがとう王子──鵜久森さん」
「出来るだけあの子の前では名前で呼ばないようにね」
ましろの部屋のソファに疲れて項垂れた鵜久森。
鵜久森が部屋を移動する為に出した条件は、親が付けた俗に言うキラキラネームを来夢に名前を黙っておくことだった。
「でもそれは僕とアーバンさんに口止めしただけじゃ、あまり続かないんじゃ……。ほら、まだ買い出しから帰って来てない彼女とか、部屋に籠ってゲームをしてる彼女もいるし」
「そこをどうにかして欲しくて君に再度相談してるんじゃないかぁ!」
アーバンは夜のバー経営の為の料理の仕込みがある。今日はこれ以上迷惑をかけれない。アーバンに席を外してもらった矢先に鵜久森がましろの部屋に相談しに来ていた。
「別に良くないですか王子……。「王子さま」って呼ばれてしまうかもしれないですけど」
「絶対に嫌だ!」
鵜久森は拳をテーブルに打ち付ける。ましろは鵜久森がアーバン・レジェンドに来た時を微かに思い出す。確か、あの時も呼び方で揉めた記憶があるが、結局は普通に名前の方で呼ぶ事に落ち着いた。今回はあの時より嫌がり方が尋常でない。流石にお嬢様に「王子さま」呼びされるのは──
「……別によくないですか?」
「君はあの子からそう呼ばれたいって思う?」
王子さま、と来夢に呼ばれる瞬間を想像したましろはガタガタと震える。
「いいえ!ありえません有り得ない」
「だろ!自分の事だと思って真剣に考えてよましろくん!」
一応、鵜久森はましろよりひと学年上で背も高いが、名前の件になると一転し、繊細な心の持ち主になる。ましろは鵜久森との出会いをぼんやりと思い出した。
「ふふ、なんだかあの日と立場が逆転してますね」
「え?」
月影ましろと鵜久森王子が出会ったきっかけは、10月のとある日、ふらりと立ち寄った公園である物語と遭遇したことによるものだった。
◇◇◇
一人前(?)になってからは殆どの物語を成長前に退治していたましろだったが、御伽公園に現れた物語──後々研究所により『王子と小鹿』と付けられたものは、小動物が気配を中々探知しなかった。小動物──ラプス曰く『人間の気配が多く物語の気配が薄いこともあり、発見が遅れた』とのこと。
おかげで『王子と小鹿』の物語は成長した状態で対面することになった。
『準備はいいかいましろ』
「いいよ。よくないけど」
『どっちなんだい?』
『王子と小鹿』に対面した日はなるべく人気のない平日の日中を選んだ。夜になると気配が全くなくなることも『王子と小鹿』の特徴だった。日中しか領域展開及び顕現はしないらしい。
ましろは御伽話によく出そうな、つばの広い帽子を被った魔法使いの服装をしている。
この服装は本部から派遣された衣装作りを得意とした女性が作り、渡されたもので、回収した物語の粒子を利用して編まれている。
この粒子で編まれた衣装を着ている間は人間の気配が物語と混ざって曖昧になり、物語から敵意を向けられることを避けることが可能だ。
物語粒子要素がない普通の人間には、ましろは御伽高校の制服姿のままに見える。
『王子と小鹿』は発見後にアーバンとその女性が少しずつ調査を続け、繰り返される物語のパターンとその物語に配置されている舞台装置を把握済みだった。
公園の更に人気のない森のほうへ進み、ましろは虚空へ手を伸ばす。革の手袋の指先から波紋が広がり、物語が展開する領域に足を踏み入れる。
「久々だなぁ。こういう衣装を着るのって」
『ましろが成長前に狩るから、毎度彼女が衣装を作る機会がないってぼやいてたよ』
因みに小動物はそのまま。元から物語に出てもおかしくない風貌の為、普通の公園を歩いているかのように魔法使い衣装のましろに着いて来ている。手足が短いのでましろの歩幅の速さに合わせるのに忙しない。
「今回は魔法使いの衣装だから、小道具の杖も用意してくれたね」
『少し言霊が使いやすいんじゃないかい?』
「使いやすいというか、このほうが様になるというか」
ましろが途中で粒子構成を追加してデータを読み込んだ大樹でできた杖を一振りすると、スペルカードが顕れ、小さく炎を舞わす。
「できれば森の中ではあまり使いたくないね。火事になって今回の物語のボスに目をつけられたくないし」
『今回のボスは森に迷い込んだ王子を倒して癒しの魔法を使う小鹿を手に入れる、という展開を一度行ったらしい』
物語は成長過程で領域を展開した──つまり、公園に居る人々を少しずつ取り込んでいくようになる。物語の舞台装置として。
最終的には同じ展開のストーリーを何度も最後まで繰り返すようになる。それまでには何人もの人間を舞台装置として取り込んでいく必要がある為、そうなる前に食い止めるよう各部署に指示を出し、成長した物語を退治して粒子回収を目論んでいる存在が本部だ。
「じゃあ、ボクがその倒されかけた王子を助ければストーリールートが変わってこの物語の大部分を展開、顕現しようとしているボスと対峙出来るのかな?」
『……やっぱり、紬にも同行してもらうべきだったんじゃないか?』
「紬さんはイベントに間に合わないからって徹夜で使い物にならなかったでしょ。寝不足のまま来られたら、まぁ気分的には楽になるけど流石に危ないよ」
ましろはこの衣装を渡した後に爆睡し、ラプスが無理矢理起こそうとしていた女性──九条紬に毛布をかけて部屋を去っていた。
『面倒事が嫌いなくせに、人に優しいじゃないか』
「それは……確かに、紬さんが居れば僕の負担も減るから楽なんだけど、今回は仕方ないよ。別の日にスイーツを奢ってもらおう」
『ちゃっかりしてるなぁ。今回、回収出来そうな粒子の量次第では特別なスイーツの材料が届くかもしれないのに』
「それとこれとは別だよ」
「──君、ちょっといいかな」
「!?」
ましろが紬に奢ってもらうスイーツのことを考えていると、林の茂みの中から人影が現れた。
(ラプスが反応しなかった……?)
基本、物語の舞台装置が接近してきた時にラプスはましろに警戒を促すのだが。
(うん。彼は舞台装置ではない)
「何をヒソヒソと話してる?」
「え!?あー、いえ何も」
舞台装置ではないなら、彼は物語に取り込まれた人間の可能性が高い。
ましろより背が高く、少し長い髪を後ろで一つに束ねて結んでおり、清楚な身なりの服装。村人とは違う上等な織物の衣装だ。それでいて訪ねかたも命令口調。偉い身分かもしれないとましろは一目で分かった。
「少し訪ねたい」
「は、はい。何を……」
「この森で小鹿を見なかったか?群れではなく、1匹でよく泉の付近にいるそうなんだ」
「いえ。僕は──僕とこの小動物はつい先程、この森を訪れたばかりなので」
ラプスがましろの衣装のマントに飛び掛かり、よじ登って肩まで来る。仲の良さそうな魔法使いと使い魔の演出をして、彼の反応を見ることにした。
「君は魔法使いだな」
「ええ。見るからにそうですよ」
「使えている主人は?」
「え!?──ええと、割とフリーな魔法使いです」
ましろがそう答えると、清楚な身なりの青年は怪訝な表情でましろを見るようになった。
「名前を聞いても?」
「は、はい。ベルギーです」
ベルギーチョコワッフルが食べたいと思ってたところで咄嗟に口にした名前だった。ましろの名前を聞くと青年は少し思い悩み、口を開く。
「実は、私はひとりお忍びで小鹿を探している。その小鹿は少々特殊な能力を持っている為、傷付けずに保護することが難しい。誰にも仕えていないのであれば、私と共に同行して小鹿の保護を手伝ってはくれないか?」
「は、はい。よろこんで」
「助かる。報酬もきちんと払うことを約束しよう」
ましろとしては、近くの町で現在進行している展開の情報を探り、行動を決める予定だった為、予想外の展開だ。
しかし、舞台装置に取り込まれた人間と、思わぬ情報が手に入った。彼と同行したほうが好都合だとましろは判断する。
◇◇◇
「それで──その小鹿の特徴は?森には小鹿はお目当てのもの以外にも住んでいるでしょうし……」
「特徴は白と黒、左右色違いの角を持っている。そして、癒しの力を使えるのだそうだ」
「癒しの力?」
ましろが尋ねると青年は再び怪訝そうな表情でましろを見た。
「知らないのか?君たち魔法使いの中では癒しの力を持つ者がいないのでは?」
「あ。すみません、単なるど忘れです。ご心配なく」
なるほど。そういう設定の物語か。
自分の能力が癒しではなくて良かった、とましろは思った。であれば同行中は一切能力を使うことが出来ない。それに加えて敵対心を持った物語に出会した際に、攻撃して追い払う手段も持たないことになる。
「しっ。──いた。あれだよ」
2人と1匹で森の中を突き進んでいると、陽の光が射す小さな泉が前方に見えてきた。左右の角の色が違う小鹿は喉が渇いたようで、泉の水を飲みに来ている。
「君はどんな魔法が使えるんだ」
「ええと、炎系統の魔法が少々」
「森で炎系統の魔法を放つのはマズいな……」
「あ。火力を微量にすることは可能です。こんな風に」
火力がコントロールしやすいように、ましろは回収した物語の極僅かな魔法に関する粒子を凝縮したスペルカードを出現させ、大樹で作られた杖でスペルカードに触れた。陽に照らされた水面をなぞるように小さな炎の道が現れる。
「あっ」
小鹿は水面に上がる炎を見るなり、茂みの向こうに駆け出した。
「今のカード……、はっ!さては君、この物語の舞台装置に取り込まれた人じゃないの??粒子クリアを狙っている敵ってこと!?」
『迂闊だったねましろ。彼はどうやら舞台装置に取り込まれた人間じゃなくて、同業者のようだ』
「ええ!?向こうのラプスはどこにいるのさ!」
ラプスは本部から渡される物語粒子を回収する為の端末のような存在だ。同業者であれば、彼もラプスを連れている筈。物語が展開している領域内で、能力を持つ生物と接触しようとしているなら尚更のこと。
『僕らは型番が違えど、似たような外見のタイプが本部から支給されてる筈なんだけど……。ま、世界は広いし稀に支給されずに活動している──所謂フリーの物語狩りなんて居てもなんらおかしくはない』
ましろの正体に検討がつくなり、彼は飛び退いてましろと距離を取る。スペルカードを顕にし、携えた双剣をクロスさせた。
(双剣使い?マズいなぁ……相手は物理系かぁ。どうしよう)
日本で出会って、ロンドンで数ヶ月間同じ学舎に居た幼なじみが言っていたことをましろは思い出す。
「時には物語よりも、コレを回収しようとする同業者のほうが厄介だと思いますわ」
「ただし、貴方のような腑抜けは別ですけど」と付け加えられた。
こうして学舎を設けて同業者を育成しているのに、矛盾している。
お互い粒子を奪い合うよりも、自分が見習い中のように、部署が違えど手を取って協力し合うべきではないか。
そう言ったましろの意見は大多数の意見の中に紛れて消えていった。何故なら、本部は物語を狩る者達を競い合わせることで強い者が育成出来るという方針の為だ。
まるでスポーツのように競わせるべきだと言う。勝ち負けを決めること自体が苦手なましろにとって、ロンドンでの学舎教育は全く為にならなかった、とまではいかないが、少なくとも穏和な意志だけは変わらなかった。
◆◆◆
「──ボクと同じタイプの人かと思ったのになぁ!」
ましろは青年の繰り出す剣技を大樹で作られた杖の全体に薄らと炎を纏わせて凌いでいる。
「タイプ?魔術を使う君と剣を使う僕とじゃ全然違うだろ!」
同行している間、口調は偉そうだが根は温厚そうな人物だと評価していたましろはその評価を自ら覆した。青年は敵と見做すとやる気を出すタイプで、ましろとは全然違う。
『このままじゃ埒があかないよ』
「言われなくてもわかってるって」
ましろは半ば逃げの姿勢で青年と距離を取る。衣装のポケットに入れていたお菓子がひとつ食べられれば、この場は凌ぎきれる。
「ボス戦までお菓子は食べないつもりだったけど──」
こういう展開なら仕方ない。包装紙を捲り取り出したベルギーチョコを口に入れる。大樹の杖の先端を青年よりも少しズレた角度に向けてスペルを唱えた。
「炎」
先程青年に見せた炎よりも火力が高い炎が大樹の杖から放たれ、青年の背後の森が燃え上がった。
ましろは以前関わった物語の影響を受け、甘いものを食べるとスペルの威力が基本的に向上する体質に変化している。
領域展開された物語から出ることは退治しない限り難しい為、外から持ってきたお菓子は数量限定だ。
因みに領域内に置かれているお菓子などの甘いものは、本部が研究した量子技術とは異なる物質で作られている為、食べても変化がない。
「!待って!!」
炎が森に燃え広がってしまった。予期せぬ自体の最中、青年は左右の角の色が違う小鹿を見逃さなかった。小鹿は炎で焼け落ちた枝で右脚を火傷している。
青年はましろとの闘いを放棄して小鹿の元に走った。炎の中から小鹿を掬い上げ、炎の被害が少ない泉のほうに移動し、衣類の端を破って小鹿の怪我の手当てをする。
「……えーと、もしかして、ボクって、悪役みたいなことしてる?」
『中ボスの悪役魔法使いみたいなことをしてるんじゃないかい?』
「わざとじゃないよ?舞台装置に取り憑かれてもないから、聞き返さないで」
青年が小鹿の手当てをしている最中、ましろとラプスはこそこそと話し合っていた。
「──ごめんね。僕たちが君を怖がらせちゃったみたいだ」
ひそひそと会話するましろとラプスを他所に、落ち着きを取り戻した青年は小鹿に話しかけて謝っている。タイミングは今しかない。
「──すみません、貴方を驚かせてしまって。こんなことするつもりじゃなかったんです」
「……わかった。取り敢えず話しをする場所を変えよう。ここはもう危険だ。水夫たちに火消しの協力を要請しよう」
ましろが謝ると青年からの敵意が和らいだ。青年は小鹿を腕に抱えるとましろについてくるように視線で仰ぐ。
──展開上、仕方なかったこととはいえ、森を燃やしてしまったからには、物語の中心的舞台装置の警戒心を強くしてしまう事態に発展している。
なるべく穏便に済ませたいましろとしても、早くこの炎を消す方法を提供してもらえるのは好都合だった。
炎の能力は使い勝手は良いように見えるが、一度放つと自分では消すことが出来なくなってしまうという欠点がある。仲間に水の能力を使える人材がいれば別だが。
今は物語の展開領域内で済んでいるが、誤って領域展開外で使用などすることがないようにしなくては。
中世ヨーロッパ風の町の宿に移動した2人と2匹。青年は宿の店主に用意してもらった毛布が敷かれた籠に小鹿を入れる。ましろと青年はそれぞれのベッドにぎこちなく腰掛けた。小動物はましろの足元に腰を落ち着かせる。
「ええと……。どこから話せばいいのやら……」
言い淀んで明後日の方向を向いているましろに、助け船を出すかのように青年から口を開いた。
「さっきはごめん。君のことを粒子回収のことしか頭にない奴かと思ってしまって」
「ボクってそんなに悪い人に見えてたの?」
衣装のせいか、普段のましろの当たり障りのない態度のせいか。本当に青年からは怪しげな魔法使いに見えていたようだ。
「本当にごめん。君がこうして落ち着いた場所で話しを聞いてくれる人で助かった。──僕はパーティに恵まれなくってね。必要以上に君を警戒してしまっていた……と思う。少し冷静になった今考えるとね」
青年はましろに謝ると籠の中の小鹿の背をゆっくり撫でる。
「僕はパーティから離脱したフリーの物語退治屋さ。殆ど喧嘩別れで……ラプスはパーティが持っていったから僕は持っていないんだ」
「ラプス無しでどうやって粒子回収をされてるんですか?」
「僕の目的は本部や他の物語狩り達のようや粒子回収じゃない。物語に取り込まれた人たちを展開領域から助け出すのが目的なんだ」
粒子回収──つまり、名誉や報酬が目的ではない。青年は小鹿の黒い瞳を憐れみの表情で覗き込んだ。
「この小鹿、この物語に引き摺り込まれた女の子なんだ。僕が時々公園にゴミ拾いに来ていた時、スマホの充電器を持ってないか聞かれたのがきっかけで知り合っただけなんだけど」
「そうだったんですね。こちらにはラプスが居るのに、発見が遅れてすみません」
「いや、気にしないで。……彼女は黒と白のツインテールで目立ってたし、僕が出会った人の中では印象深かったから。偶々彼女が物語の領域展開に入っていくのを目撃したから発見が早かっただけのことさ」
青年の話によれば、彼女は物語の中の『雷が鳴る雨の日に願いの泉付近で、小鹿になってしまった癒しの魔法使い』の役に取り込まれ、舞台装置にされてしまったようだ。
「僕は一度物語が完全にストーリーを終わらせるのを見たんだ。どうやらその魔法使いは、自分の使う癒しの魔法を目当てに争いが起きることに悩んで、動物になることを願ったそうだ」
(──と、言うことは)
少し戦闘をしただけでは青年の実力は測れなかったが、直接話した雰囲気では、物語狩りにはある程度慣れている人物だとましろは評価し、目を輝かせる。
「もしかして!この物語のラスボス、もう倒しちゃったりしてませんか!?」
「ん?──ああ。それは勿論さ!一度完結を見届けたんだ。ラスボスは王子の父親の王様だったよ!僕は王子役として潜り込んで彼女を探して救うタイミングを伺ってたんだ」
ましろが聞くと青年は胸を張り、自身の活躍を語り出した。しかし、ましろが目を輝かせているのはラスボスを自分が倒す手間が省けた上に、青年がラプスを持っていない為、粒子回収はましろが持っているラプスがすることになりそうだという棚から牡丹餅によるものだった。
「じゃあ、彼女の怪我が完治すれば──」
ましろが呟くと同時に、小鹿は籠から身を乗り出した。飛び出て床に爪音を鳴らす。脚の火傷は綺麗に完治していた。
「あ、癒しの能力ですね!早く治ったよかった」
ましろが手を伸ばして撫でようとすると、小鹿は青年の後ろに隠れて警戒し始める。
「怪我させちゃって、ほんとにごめんね。わざとじゃないんだ」
手を合わせて平謝りするましろに、小鹿は警戒心を緩めてましろの髪を咥えて引っ張る。
「いたっ」
髪を放すと小鹿の彼女はそっぽを向いた。どうやらこれで許してくれるらしい。
小鹿の彼女は青年に向き直るとしっぽを振って殆ど体当たり気味に抱き付いた。
「っ!?」
硬い角が当たるが青年は痛みを我慢して小鹿の彼女を抱きしめた。彼女が蹄を鳴らした途端、空間の歪みが波紋により広がる。
「どうやら、今回の任務はこれで解決のようだ。粒子の回収量が普段より期待出来そうで何より」
「え!?ちょっと待って、これで終わりっ!?色々これまで心の準備をしてきたのにっ!?」
「心の準備って、一体なんの──」
波紋が広がった空間は突如、ガラスの破片のように砕け散った。ラプスが光の粒子の膜で3人を覆うと同時にガラスの破片に分解された物語の粒子を吸い込んでいく。
ラプスが全ての破片──領域展開されていた粒子を呑み込むと、元の風景──公園の側に広がる森の中に戻っていた。
「こんなにお腹いっぱいになるまで粒子を食べれたのは久々だ」
「やめてよその言い方。物語が成長する前に退治してるだけなのに、まるでボクが小動物を虐待してる風に聞こえが悪いよ」
ましろと小動物が口喧嘩を繰り広げている間、青年は元の制服姿に戻った少女に寄り添っていた。
「……ど、どうしよう、これから……」
物語の領域展開を壊す──つまりは終わらせるのに相応しい結末に必要な行動を色々と、時折心臓をバクバクさせながら早期から覚悟していたのだが、その必要はなくなった。
代わりに必要になったのは、元の姿に戻った彼女への現状の説明だった。
◇◇◇
「あの時も宿でこうして2人でベッドに寄りかかったりして話してましたもんねー」
鵜久森が今寄りかかっているのはソファだが。
ましろがクッションを抱えてベッドの上でゆらゆらと揺れているところで部屋のドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「お邪魔するよー」
噂をすればなんとやら。ましろの部屋に入ってきたのは、黒と白のツインテールの彼女──小鹿綺羅々《こじかきらら》だった。
「うぐ、やっぱりましろの部屋に居た」
綺羅々《きらら》は口を尖らせ、どうして部屋を変えたのかを鵜久森に尋ねてきた。
「うぐ、なんで部屋変えたの?」
「え、えーと、これには深いわけがあるような、ないような……」
「またましろのせい?うぐの部屋が遠くなったせいで、うぐとゲームする時間に2分くらい影響するんだけど」
助けた彼女はゲームが大好きな少女だった。背が低いのでましろたちはてっきり1年生かと思っていたが、実は3年生。鵜久森と同い年だ。
「ましろ、うぐ借りてくからね」
「いたっ」
ましろの手の甲を抓り、綺羅々は鵜久森に歩み寄り腕を引っ張る。
「ましろくん!さっきのお願い事、ちゃんと頼んだからね」
少し焦りながらも鵜久森は綺羅々《きらら》について行く。鵜久森はあまりゲームが得意ではない筈だが、毎回彼女に連行されて満更ではない表情をする。
「それは紬さんにも頼んだほうがいいんじゃないかなぁ」
彼を「王子くん」呼びする人物で真っ先に浮かぶのは買い物中の九条紬だ。次にアーバンや小動物。アーバンにはましろより先に頼み込んでいるだろう。ましろは滅多に王子とは呼ばない。
綺羅々《きらら》は最初の頃こそ王子呼びだったが、毎回鵜久森が微妙な表情で対応していたせいか、空気を読んで次第に「うぐ」と呼ぶようになった。
(呼び方か……。そういえば)
ましろはぼんやりと思う。自分はいつから幼なじみに名前で呼ばれるようになったっけ。




