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夢喰い  作者:
8/8

8

「お客さん、どちらまで?」


 気の良さそうな運転手が、笑顔でこちらを見る。俺は、目を細めてこちらを睨む橘の視線を無視して。


「山城駅までお願いします」


 タクシーが動き出すと、橘が俺の膝辺りをツンとつついた。俺は何事も無いかのように。


「どうした? トイレか?」


 聞くと、橘はムスっとして、小声で。


「どうした? じゃないでしょ! れっきとした犯罪だよ? 前科者だよ? 社会的に終わりだよ?」


 俺は少々めんどくさそうに答える。


「言われなくても分かってるって。でもこれは夢の中だぞ? 何しても問題無いって!」

「それはそうかもだけど、気持ち的な話!」


 橘は真面目な子だとは思うが、昔からこういうところがたまに厄介だったりする。


「罰当たっても知らないからね?」


 俺は橘の発言を適当に聞き流したが、その言葉に少し引っかかる。

 それは、この世界が橘の作り出した世界である前に、夢喰いのバトルフィールドみたいなものだという事だ。つまり、タクシーになんて乗ったら格好の的であり、逃げ場も一切無くなる。

 そう考え始めると、変な汗が身体中からどっと流れてくる。

 今はただ、何も起きないことを願うしかない。俺はひそひそ声で橘に。


「あまり長く乗るのはやめよう。そうだな、この先の大通りまで行けば、走れば間に合うから」

「そうだね。夢喰いが何か仕掛けてきたらまずいもんね」


 やはり橘も考えている事は同じようだ。

 声を掛けようと思い、運転手を見ようとしたその時、突然車のスピードが上がっていく事に気がつく。


 車窓から眺める景色が段々と掠れていく。橘も窓に両手をついて動揺してるようだった。


「ちょっと運転手さん! スピード出し過ぎ....あれ?」


 数秒目を離しただけなのに、運転手の姿が綺麗さっぱりに消えていた。


「どういうこと? ついさっきまでいたのに..」

「やっぱり仕掛けてきたか..」


 運転手がいなくなった事よりも、猛スピードで進む車の中に閉じ込められている事の方が今は問題だ。


「ブレーキを踏んでみよう!」

「車運転出来るの?」


 俺はそのまま運転席に乗り移る。ゲーセンにある車のゲームが好きな事もあり、アクセルとブレーキくらいならなんとか分かる。


 「橘、何かにつかまって!」


 俺はブレーキペダルを力強く踏み込んだ。しかし、車のスピードは一切変わらない。


「くそっ! なんで止まらないんだよ!」


 何度も踏み込んだが、状況は全く変わらなかった。


 だが、幸いな事にここは直線が続く大通りだ。しばらくは何かにぶつかるような事はない。


「ブレーキが効かない。他の策を考えよう」

「そんな..だったら車から飛び降りる?」

「このスピードで飛び降りたら体がバラバラになるぞ?」


 橘が血迷ったのか、突拍子のないこと言い始めた。まあ俺も人のこと言えないが。


「どうやらハンドルは動きそうだ!」


 ハンドルを軽く左右に動かしてみたら車体が左右に動く。なら思い切ってハンドルを切ってみるか? いや、横転して車は止まるかもしれないが無事である保証が無い。橘は頭を抱えながら考え込んでいたが、何かを思いついたのか顔を上げた。


「どこかの草むらに突っ込んで減速させるのは?」

「なるほど」


 悪い考えじゃないかもしれない。草むらじゃなくとも、何か減速できるところがあれば。


「この先に山城公園がある! あそこには池があったはず!」

「そこしかなさそうだな!」


 橘の言う通り、この先の公園にある池なら車一台くらいなら余裕で飛び込めるサイズの池がある。そこに突っ込めば助かるかもしれない。


「橘、舌噛まないように気をつけろよ」


 一度は言ってみたかったセリフだと思いながらも、俺はハンドルを左に切ると、公園を仕切る植木を潰しながら、強引に公園に突っ込んだ。

 衝撃で車が上下に激しく揺れる。橘は後部座席の上にあるレバーを強く握りしめなんとか耐えていた。

 俺もあまりの衝撃に、ハンドルから離れそうになる手を何とか堪える。

 そのまま進み続けると、池が見えてきた。


「橘! 池に突っ込んだタイミングで車から飛び降りるぞ! このまま飛び込んだら車の中に閉じ込められる!」


 水圧で扉が開かなくなるのは、最初の浸水の時に経験済みだ。

 橘が頷いたのを確認して、俺はそのまま池に突っ込む。そして、道を飛び出して車が宙に浮いたタイミングで勢いよく車から飛び降りた。橘も同じタイミングで車から飛び降りる。


 目を瞑っていて状況がイマイチわからないまま、俺は水面に叩きつけられる。強い衝撃を受けて、目を開けた時には、水中で橘の姿がうっすらと見えた。


「ぶはっ..!! 橘! 無事か?!」


 何とか水面に顔を出し、呼吸を確保して橘を呼びかけた。

 すると、橘も数秒後に水面に顔を出した。俺はほっとする。


「何とか..!」


 陸地まで辿り着くと、俺と橘は仰向けで地面にのけぞった。


「何回水浸しになればいいんだ?」

「同感ね、勘弁してよ」

「とにかく無事で良かったよ」

「無賃乗車なんてするからだよ」


 橘の最もな言葉に、俺は鼻で笑う。しかし、タクシーに乗ったのはミスリード過ぎたな。

 池から出ると、俺はすぐさま橘に頭を下げた。


「すまん! 俺のせいだ。タクシーなんて乗るべきじゃなかった」


 橘はムスッとしながらも小さく笑って。


「ほんとだよ。目覚めたらチクるから」

「それは勘弁だな」


 そう言って笑い合う。しかし、不幸中の幸いと言うべきか、かなり目的地までは近づいた。これなら間に合う。


「橘、走れば間に合いそうだ! 急ごう!」

「うん!」


 俺たちは駆け足で駅前の交差点に向かう。夢喰いが必ず何か仕掛けてくるはずだが、とにかく先を急ぐしかない。

 

「にしても、何も起きないね。この感じならこのまま辿り着けるかも」


 走りながら橘が言う。確かに橘の言う通り、今度こそ何も起きる予感がしない。本当に辿り着けるかもしれない。

 俺ははやる気持ちを抑えながら、注意を怠る事なく走り続けた。


 すると、駅前の商店街が見えてくる。目的地の交差点までもうすぐだ。


「橘、これはマジで行けるかも」

「そうみたいだね」


 俺たちはそのまま交差点を目指す。時刻は16時55分。これならちょうど事故が起きるビタの時間で橘のお姉さんと接触出来る。


 そしてついに、交差点に辿り着く。横断歩道の近くに立つ女性を見て、橘が叫んだ。


「お姉ちゃん!! 待って..!!」


 やっぱりあれが橘の姉さん。よし、これなら間に合うぞ。このまま無事に橘のお姉さんに触れれば。

 俺は自信満々にその場で立ち止まる。橘のお姉さんは振り返ると、橘に気付いて目を見開いていた。


「莉亜?! どうしたの?!」


 橘はお姉さんの腕を力強く掴むと、震える声で呟く。


「夢喰い..見つけた..」


 言うと、ちょうど目の前を車が通り過ぎる。それと同時に17時のチャイムが鳴り響く。


「あの時も..こうしてあげられたら...」


 橘は鼻を啜りながら呟く。俺は橘の手を優しく握った。

 そして、意識が遠のいていく感覚を感じて、俺はゆっくり目を瞑る。


 これで終わったんだ...ようやくこの悪夢から解放される...




 俺はゆっくりを目を開けた。


 しかし、起き上がって周囲を確認して、俺は言葉を失う。


「...そんな...嘘だ...」


 俺は膝から崩れ落ちる。なぜなら目の前の光景が最初に目覚めた教室の中だったからだ。つまり俺はまだ夢の中だということ。

 いや...でも、最悪橘さえ目覚めてくれれば...


 しかし、隣には橘の姿もあった。橘も俺と同じように、周囲を確認して絶望する。


「どう..して..? 夢喰いの正体はお姉ちゃんじゃなかったの..?」


 そんなはずはない。確実に夢喰いの正体はお姉さんのはずだ...何か手順が間違っていたか..? まさか..!


 俺には夢喰いの呪縛から解放される方法の中でずっと引っ掛かっている事があった。

 それは、夢を終わらせる事...という言葉だ。夢から目覚める事だと思ったけど、それならわざわざこんな言葉を残す必要がない。

 だとすれば、この言葉の中に重要な意味があるのか..? でも、それが分からない。


 考えていると、橘が突然狼狽え始める。


「どうした? 橘!」

「身体が透けてる...何これ..」


 俺は橘を見て驚愕する。橘の両腕が半透明になっていたのだ。まるで存在が消えかけているみたいに。


「やっぱり..眠っている私の肉体がそろそろ限界なんだ...」

「ま..まだそう決まった訳じゃないだろ? 夢喰いの仕業かもしれないし..」


 庇うように言うと、橘が声を荒げて。


「もう限界なんだよ!! もう..肉体も精神も..限界なんだよ...」

「橘...」


 橘はそう言って涙を流す。肉体以前に、橘の精神はとうに限界を超えていた。夢喰いを見つける事に精一杯で...もっと気にかけてあげるべきだった..

 もはや今の橘の姿を見て、もう少し頑張ろうなんて、そんな気休めの言葉なんて言えるはずも無かった。


「きっと..お姉ちゃんは私の事を恨んでるんだ..だから助けたとしても、この悪夢から抜け出せられないんだ..」


 俺は橘の両肩を力強く掴んで。


「それは違う。あれはお姉さんじゃない、夢喰いなんだ」

「真田君には分かんないよ!! 私の気持ちなんて..!!」


 橘の言葉に、俺は黙り込む。涙ながらにはっきりと言われ、胸の奥が締め付けられるように苦しくなった。

 橘はハッとして。


「ごめん..」

「良いんだ..」

「この悪夢はきっと..私の贖罪なんだよ..姉を救えなかった私への..」


 橘の自責の念が痛いほど伝わる。俺が今橘にしてあげれる事はなんだろうか? いくら探しても、その答えは見つからなかった。


「真田君だって、本当は厄介事に巻き込まれたって思ってるでしょ? 私のせいでメチャクチャになったって..」

「本気でそう思ってんのか?」

「....」

「俺さ、誰かの為に本気になったのなんて初めてなんだ..橘を助ける為にここに来なかったら、俺は今の自分に一生気付かなかったかもしれない。要するに、橘が俺を変えてくれたんだ」


 この気持ちをなんと言えば良いかは分からないけど、とにかく今俺が伝えたい事は伝えられたと思う。

 すると、泣き止みかけていた橘が再び泣き出す。俺は焦って。


「ご..ごめん..! なんかまずい事言った?」

「違うの...嬉しくて..」


 橘は首を大きく横に振る。とりあえずそういう事なら良かった。


「橘、俺はまだまだ全然諦めてないぞ?」

「うん..私も」


 橘は涙を拭うと、力強くスッと立ち上がる。そうだ、まだチャンスはある。ここで諦めるなんてそんな中途半端な事は絶対に出来ない。


「よし、とりあえずここを出よう」


 俺たちは再び気合を入れて学校を出る。


 すると、今度は校庭が、何やら煌びやかに輝いているのが見える。俺と橘はそれを見て目を見合わす。


「あれって...」

「遊園地..だよね..?」


 かなりカオスだが、校庭に遊園地が広がっていた。入り口はライトアップされ、動物のマスコットやら華やかな飾りやらが散りばめられていた。

 次は何をさせるつもりなんだ? 恐怖と興味が入り混じった混沌とした感情を抱えながら、俺たちは恐る恐る中に入った。


「普通に遊園地だよな?」

「うん、特に変わった様子は無いけど」


 メリーゴーランドに観覧車にジェットコースター、見てくれはどう見ても普通の遊園地だ。先に進むにはここに入るしかなかったのだが、普通に出れば良いのか?


「アトラクションは気になるけど、今はそれどころじゃねえよな」

「そ..そうだね..」


 橘はメリーゴーランドに見惚れていたが、俺が言うと、すぐに気持ちを切り替えた。


 俺たちは遊園地の賑やかなBGMと、華やかな装飾を横目に出口を目指す。すると、EXITと書かれた門が見えてくる。


「出口だ! このまま出られそうだな」


 小走りで出口をくぐると、また入場ゲートを通った景色が広がる。ここで俺と橘はため息をつく。


「またこれか..」

「やっぱりそんな単純な話じゃないよね..」


 学校に爆弾が仕掛けられていた時と同じ、またこの空間に閉じ込められたんだろう。


「あの時と同じ仕掛けでは無さそうだな」

「時計は進んでるもんね」


 どこかに何らかの仕掛けがあるんだろうが、まったく見当もつかない。すると、橘が何かを閃いたように。


「もしかして、全部のアトラクションに乗ったら出られるとか!」


 俺はじとりと橘を睨み。


「それ、アトラクション乗りたいだけじゃないのか?」

「そ...そんな訳ないじゃん..!」


 やっぱり図星だな。けど、あり得ないとも言い切れない。俺は小さく笑って。


「よし! 考えてても仕方ない、片っ端からアトラクション乗るか! 違ったとしても何か気付けるかもしれないし!」

「...ほんと??」


 橘は、はやる気持ちを抑え込むように、目をキラキラさせながらこちらを見る。この状況でこんな事を思うのはどうかと思うけど、可愛い。


「そんじゃメリーゴーランドから行こうか!」

「うん!」


 それから、俺たちは一つずつアトラクションに乗る。まさか夢喰いを呼んで橘と遊園地に行けるとは予想もしていなかったが、この瞬間だけは、ずっと続けば良いと正直思ってしまった。


 何個かアトラクションに乗って、次のアトラクションに向かっていると、橘があるものを見つけて。


「ねえ、ピエロがいるよ! 生ピエロだ!」

「ほんとだ。さっきまでどこにも居なかったのにな」


 ピエロは風船を持ちながら、俺たちに手を振っている。橘は小走りでピエロの元へ駆け寄る。

 こう見てると、やっぱり年頃の女の子なんだよな。大人びてるから忘れそうになってたけど、それを見て少しほっこりし.....


 待て...違う..


「橘!! ダメだっ..!!」


 大事な事を忘れていた。ここは夢喰いが作り出した空間だ。このタイミングでピエロが現れるなんて、話がうますぎる。

 俺は必死に橘を追いかけると、ピエロから風船を貰う直前で、橘の腕を掴んだ。


 すると、ピエロが懐からナイフのようなものを取り出して、橘目掛けて振り回した。

 俺は咄嗟に橘の前に立つ。


「真田君っ..!!」


 橘の叫び声が聞こえる。何が起きたのか分からず下を見ると、真っ赤な液体がぼたぼたと垂れている事に気が付く。




 




 

 


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