7
「どうやら、閉じ込められたみたいだな」
「そう考えるしかなさそうだね。降りてダメなら上がってみる?」
橘の言う通りに、俺たちは3階へ上がる。しかし、またも2階の廊下に戻ってきた。降りても上がってもダメなら他にどうしたらいいんだ。
「最悪、廊下の窓から飛び降りるしかないかもな。2階なら死にはしないだろ」
「本気? まあまあ高さあるけど」
でも他に手段が無い。何か仕掛けがあれば別だが、どう見ても普通の学校の廊下だ。おそらくタイムリミットまでここから出さないつもりだろう。
別の案を考えていると、突然橘が俺の肩を叩く。
「ねえ、なにか変な音聞こえない..?」
橘に言われ耳をすましてみると、確かに何かのブザーのような、ピッという電子音のようなものがまるで秒針を刻むように一定のリズムで鳴っていることに気付く。俺はかなり嫌な予感を感じて。
「なあ、俺が思ってるやつじゃないよな?」
「多分私も同じ事考えてる」
俺と橘はおそるおそる音の鳴る方へ足を進める。2-1の教室の中に入ると、掃除道具入れの前で足が止まった。
「ここだ。開けるよ」
俺はゴクリと唾を呑み込むと、橘を見つめた。橘もゆっくりと頷いたのを確認して、俺は勢いよく掃除道具入れを開けた。
そして、中にあるものを見て、頭を抱える。
「やっぱりだ...」
「夢喰いは..完全に私たちを消すつもりなんだ..」
視界に入ったのは、予想していた通り、無数の配線に包まれたドス黒い金属物だった。正面には赤文字で時間が表示されている。そう、爆弾だ。それも映画やドラマでよく見るようなザ・爆弾。ここまで見え見えの展開と恐怖に、もはや笑いすら込み上げてくる。
「赤と青の配線があったらもう完璧だな」
「全部黒だね」
爆弾のタイマーに表示されている時間を見ると、残り時間は20分29秒、俺たちに残された時間はたったこれだけ。俺は橘の腕を掴んで教室を飛び出した。
「ちょ..ちょっと真田君? 何するつもり?」
廊下の窓をこじ開けようとする俺を見て、橘が心配そうにこちらを見つめる。でも、もうこれしか方法は無いんだ。
「飛び降りよう。どうせ爆発したら俺たちは死ぬんだ」
「まだ時間はある! もう少し考えてみよ?ね?」
気が動転していたのか、橘が何を言っているのか分からなかった。俺は無心に窓の鍵を外す。
しかし、いくら窓を開けようとしても、まるで何かに固定されているかのようにびくともしない。
「くっそ..! なんで開かないんだよ..!!」
「真田君! 落ち着いて! 冷静にならないと、夢喰いの思うつぼだよ!」
橘が俺の腕を強めに掴んだ。ここでようやく橘の声が鮮明に聞こえて、俺は窓から手を離し、荒くなった呼吸を整えた。
「ごめん、そうだよな」
「うん、おそらく私たちはこの廊下に閉じ込められてる」
「つまり、出る方法は無いって事か...」
言うと、橘は首を横に振って。
「いや、逆に言えば、必ずここから抜け出す手段があるって事だと思う。私が1人の時もそうだったけど、いつも何らかの仕掛けがあったよ、まるで私を弄んでるみたいに」
「ほんと?」
確かに、路面が急勾配になった時も、浸水した時も助かる手段はあった。本気で俺たちを仕留めたいなら、こんな回りくどい事はしないはずだ。橘の言う通り、夢喰いはこれをゲームみたいに楽しんでやがるんだ。
夢喰いの手のひらで転がされているのが癪だった俺は、拳を力いっぱいに握り締めて。
「そっちがその気なら、とことんやってやろうじゃないか」
「真田君? なんか燃えてる?」
「橘、こうなったらさ、俺たちの底力を見せつけてやろう」
言うと、橘は鋭い目つきで俺を見つめて頷く。
「まずは仕掛けがないか探そう」
「そうだね、今のところ考えつくのは別の出口があるとかかな?」
俺と橘は教室を見渡して、ほぼ同時のタイミングで。
「掃除道具入れ!!」
この空間で扉があるのはそこだけだ。夢喰いならそんな下らない仕掛けをしても不思議じゃない。俺と橘は手分けして2階にある掃除道具入れを片っ端から開け始めた。
しかし、いくら開けても中はただ掃除道具が入っているだけだった。次の教室へ向かおうと廊下に出ると、隣の教室から橘が出てくる。
「こっちはダメだ。橘の方はどうだった?」
「こっちもダメ。普通の掃除道具入れだった」
さっきまで心の中で燃えていた炎が、水でもかけられたかのように一瞬にして消える。俺は拳の側面で廊下の壁を殴りつけた。
「くっそ..他にどうしたらいいって言うんだよ...」
勢いよく殴りつけた為、左手がジンジンと痛む。その痛みを感じながら、さっきまで息巻いていた自分に虫唾が走った。
「結局、俺なんてこの程度なんだ。橘を助けに来たとかほざいといてこのザマだ。笑えるよな」
言って、俺は薄ら笑いする。
その時、右頬に強い衝撃を感じる。その衝撃は鼓膜まで伝わり、周囲の音が聞こえづらくなる。
橘の方を見ると、剣幕な顔つきで左手を振り切っていた。ここでようやく、俺は橘にビンタされたことに気付いた。
「真田君は何も分かってないよ!!」
ビンタされた事もあり、橘の言葉に腹が立った俺も、言葉で反撃する。
「分かってないのは橘の方だろ?! 橘の肉体があとどれだけ持つかも分からないのに、どうしてそんな風にしてられるんだ! 意味分かんねえよ!!」
頬に痛みを感じながら、まっすぐ橘を睨み返すと、橘は落胆するように小さくため息をついた。
「やっぱり何も分かってない。真田君は私が助かればそれでいいと思ってるんだ」
「それのどこがおかしいんだよ」
橘の言っている事が理解出来なかった。俺は橘を助ける為に来たんだ。それのどこが間違っているのか、微塵も理解出来なかった。橘はそんな俺を睨み返して。
「一緒にここから出るんでしょ? どうしてそうやって自分1人で背負い込むの?」
「橘...」
橘の一言で、さっきの言葉の意味を理解した俺は、自分自身に落胆する。そんな中、橘は続けて口を開く。
「私は自分だけ助かろうなんて思ってないよ。真田君と一緒じゃないと嫌だよ? だから、真田君が苦しいなら私も苦しむし、越えられない壁があるなら、一緒に乗り越える」
橘の言葉がまるで追い討ちをかけるかのように、俺の心に突き刺さる。俺は本当に何も分かってなかったんだと、自分に腹が立って頭を掻きむしった。
「何やってんだ俺は...分かってなかったのは俺の方じゃないか..」
呟くと、橘が俺の右手を両手で包み込んだ。そして優しい声で語りかけた。
「分かってくれたならいいの。ただ、1人で抱え込むのはもうこれっきりにして」
「ごめん、ほんとにごめん..」
弱気になっていた自分に嫌気がさした俺は、橘をまっすぐ見つめて。
「橘、俺をもう1発殴ってくれ」
言うと、橘は迷う事なく、即座に俺の右頬にビンタをした。しかもさっきより強い為、激しい痛みが右頬に広がった。
「躊躇わないのな」
「頼まれたから」
普通は少し躊躇しても良いんじゃないかとは思うが、橘は見た目とは裏腹に中々勢いのある性格だったと、ビンタを頼んだ自分に後悔した。
でも、今の一撃で目が覚めたというか、気が引き締まった。
「仕切り直そう。ところで爆弾のタイマーはあと何分だ?」
そうだ。喧嘩をしてて大事な事を忘れかけていたが、この廊下には爆弾が仕掛けられていた。おそらくもう時間も無いだろう。
「あと4分23秒だね..」
まずい事にもう時間が無い。気合いは入れたものの、解決の糸口は見つかっていない。考えろ俺。
そこで俺は教室の時計を見る。残り4分って事は、爆発する時刻は....ん?
「どういう事だ?」
その時、俺はある違和感に気付く。確か最初時間を見た時は14時頃のはずだったが、時計の現時刻が全く変わっていない。
そんなはずはない。そもそも爆弾のタイマーが進んでいる時点で確実に時間は進んでいるはず。時計が壊れているのか?
「橘、時計を見て」
「あれ? 時間が進んでない?」
橘も異変に気付くと、教卓に上がって時計を外し始める。
「電池が切れてるのかな?」
「いや、もしかしたらこの時計に何か仕掛けがあるのかもしれない」
俺がそう思うのには確かな理由があった。何故なら、他の教室の時計も全て同じように止まっていたからである。全ての教室の時計がまとめて止まるなんて、偶然にしては話がうますぎる気がする。
「考え方を変えてみるんだ。そもそも俺たちがこの空間に閉じ込められてる訳じゃないとしたら、他に何が考えられる?」
聞くと、橘は目を瞑りながら考え込む。そして、数秒してから、大きく目を見開いた。
「タイムループ...時間..!!」
さすがは橘だと感心しながらも、俺は橘に。
「それだ! そもそも時間が進んでいないんだ! それなら時計が止まっているのにも納得がいく!」
時間が進んでいないから、俺たちが先へ進もうとしたところで、行き着く場所は同じ。言わば、この空間だけ時間が止まっているんだ。
ただ、問題なのはどうやって時間を動かすか。超能力者でもない限り、止まった時間を動かす事なんて出来ないだろう。
考えていると、橘がぼそっと呟く。
「時間なんて概念が無ければいいのに..そしたらそもそもループしないから..」
同感だ。時間がこの状況をややこしくしている。タイマーは動いているのに、時間は止まっている。考えれば考えほど訳が分からなくなって....
いや、待てよ...もしも、時間を止めているのがあの時計のせいだとしたら? タイマーは動いているという事は時間は確かに進んでいる。でもあの時計が止まっている事でこの空間の時間が止まっているとしたら?
「橘! 教室中の時計を片っ端からぶっ壊そう!! 俺はあっちの教室から行く!」
「ちょ..え? 急にどうしたの?」
「もう時間が無い! これでダメなら俺たちの負けだ!」
「とにかくやるしかなさそうだね! 分かった!」
橘の両肩を力強く掴むと、橘は戸惑いながらも教室の時計を床に投げつけた。
もうこれしか思いつかない。時計がこの空間の時間を操っているのなら、その時計を無くす事で時間が動き出すんじゃないかという強引な考えだが、どのみちもうここは俺たちもろとも吹き飛ぶ。俺は迷わず各教室の時計を壊した。
そしてついに最後の時計がバラバラに散らばる。俺と橘はすぐさま一階の階段へ走った。
「爆破まであと30秒だ! 急ごう!」
これでまた2階に戻ってきたら...そんなネガティブな気持ちが頭をよぎりながらも、俺と橘は必死に走り続けた。
そしていよいよ階段を下り始める。俺は無我夢中で下る。さっきまでよぎっていた負の感情は、とうに出口を目指す事だけになっていた。
すると、思いが届いたのか、下駄箱が見えてくる。俺は走りながらも橘に笑顔を見せて。
「出口だ! このまま外に出よう!!」
ちょうど外に出たところで、激しい轟音と爆風とともに、学校が爆発する。衝撃で俺と橘は数メートル吹き飛んだ。
プロムナードに倒れ込んだまま、崩れていく学校を呆然と眺める。
橘の無事を確認すると、なんとか倒れながらも、俺と同じように学校を眺めていた。
「俺たちもああなるところだったな..」
「笑えない冗談だよそれ」
息を切らしながら見つめ合うと、安堵と恐怖が入り混じるカオスな感情が押し寄せてくる。
「まだ手が震えてるよ」
「私も、でもお互い無事で良かったね」
立ち上がると、震える手を何とか抑えて、橘に手を差し伸べた。
「1人じゃダメだった。ありがとう」
生まれてからというもの、一度も言ったことない言葉だと思いながらも、俺は橘を見つめた。
橘は小さく笑うと、俺の手を掴んで。
「私たちなら、きっと大丈夫」
「うん、そうだな。きっと大丈夫」
ひとまず学校は出られたものの、これでようやくスタート地点に立ったわけで、橘のお姉さんの所へ一刻も早く向かわなければいけない。
「達成感に浸ってる余裕はなさそうだな。お姉さんのところへ急ごう」
「そうみたいだね」
橘は頷いたが、見た所かなり疲弊している。爆弾だのタイムループだのと連続で非現実的な事が起きれば、精神的に疲れるのも無理はないだろう。
しかし時刻は15時20分。1時間40分後以内に駅前の交差点に辿り着く必要がある。おそらく走って向かってもギリギリ間に合うか間に合わないかくらいだろう。
「タクシーを使おう。じゃなきゃ間に合わない」
「お金持ってるの?」
橘の質問に、俺はニヤリと意味深に笑みを浮かべて。
「無賃乗車って知ってるか?」
「本気?」
橘は苦笑いを浮かべる。でもこれは夢の中だ。何をしたって現実に影響するわけじゃない。だったらこの状況を存分に使わせてもらうしかないだろう。俺は半ば強引に、橘を連れてタクシーを拾いに向かった。




