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「真田! 真田! おいっ! 真田っ!!」
学校の休み時間、高倉に何度も名前を呼ばれ、机にもたれかかって眠っていた体を勢いよく起き上げた。
「やべぇ寝てた」
「お前最近大丈夫か? ほぼ毎日授業中寝てるけど」
「ちょっと寝不足でさ」
「夜通しエッチな動画見てんじゃねえの?」
「それはお前だろ」
そんなくだらない話をしながら笑っていると、この生活に終わりが来てしまうのではないかと、最近よく思うようになった。それでもそう思う自分を押し殺すように、笑ってなんとか誤魔化していた。
実は昨日、ついに夢喰いの解き方に大きな進展があったのである。
でも、それはつまり、俺が再び夢喰いを呼び出す事へのカウントダウンの始まりでもあった。
放課後、下駄箱で上履きを履き替えていると、高倉が俺の背中を叩いた。片足立ちだった俺はバランスを崩して下駄箱に頭をぶつける。
「痛えよ! 天才の頭に傷でも付いたらどうすんだ?」
「どうせ暇だろ? 付き合えよ!」
珍しく高倉が遊びに誘って来た。大体俺から誘う事が多かったので多少驚いたが、最近遊んでいない事もあって、俺は高倉に付き合う事にした。
駅前のハンバーガー屋に行くと、俺はベーコンレタスバーガーのセットを注文する。いつも挑戦しようと思ってはいても、結局こいつを注文してしまう。
高倉はカップの蓋を取ると、氷ごとコーラをごくごくと飲んでいた。バリバリと氷を噛み砕きながら、俺をじっと見つめて。
「そんで? なんか悩んでんのか?」
突拍子も無い質問に、戸惑いながらも答える。
「え? いや、別に大した事じゃねえよ?」
「ふーん」
高倉はじとりとこちらを見つめる。どうも俺の返答に納得がいっていないみたいだ。さすがに高校に入ってから初めて出来た親友は、簡単に俺の心を見透かしてしまう。俺は負けを認めるように、本音をこぼした。
「大事な勝負があるんだ。それも、負けは絶対に許されない。本当に自分に出来るのかって今でも不安でさ、なんつーか、怖いんだよ」
2度と目を覚まさないかもしれないし。俺はその言葉を言いかけてやめた。山本さんに夢喰いに関する事は他言無用って言われてるし、高倉に余計な心配をかけたくない。
高倉は、コーラを飲み干すと、いきなり握り拳を俺に差し出した。
「ジャンケンポンッ!!」
突然早口で言われ、俺は咄嗟にグーを出した。高倉の手を見ると、チョキを出していた。高倉は悔しがりながら、財布の中身を確認する。
「くっそぉ〜、負けたぁ。今回は俺の奢りだな」
「高倉から仕掛けといて負けてんじゃねえか」
笑いながら答えると、高倉は席を立ち上がって。
「負けねえよ? お前は絶対に負けない。今のジャンケンが証明しただろ?」
親友の言葉というのは不思議なもので、何の根拠がなくても、本当にそんな気になってしまう。
高倉の言葉に、思わず泣きそうになったが、グッと堪えた。
高倉と別れて、俺は山本さんのいる事務所へ向かった。駅から近いし、丁度よかった。
雑居ビルのコンクリートで出来た薄暗い階段を上り、中に入る。
「こんにちわ〜」
山本さんは相変わらず無愛想で、まるで顎で返事をするみたいに、俺をソファーに座らせた。
「気になる情報が入ったんだ。アメリカのオハイオ州の脳科学の研究者が夢喰いを実際に試した時の話だ。お前も一応その1人になる訳だが、お前が見た夢はどんな夢だった?」
「えーと..俺が見たのは、俺が思い描いてた理想の高校生活を送ってる夢でした。可愛い女の子と付き合って、放課後みんなでカラオケ行ったりとか」
「高校生らしい夢だな」
山本さんはニヤつきながら言う。俺は少し顔を赤くしながら、ムスっとして山本さんを睨む。
「別に馬鹿にした訳じゃないさ。要は、夢喰いを呼び出すと、自分の頭の中で考えていた願望を夢で見ることができる。アメリカの研究者もノーベル賞を受賞した夢を見たそうだ」
「橘も言ってました。しかもそれが現実になるって...まあそれは嘘だったみたいですけど」
「都市伝説に尾鰭が付いたんだろう。そんなくだらない話を流すやつがいるから、みんな試してしまうんだ。お前みたいに」
山本さんの言葉に返す言葉が見つからず、俺は苦笑いで誤魔化した。
「というか真田、どうしてそこまで彼女を助けたい?」
「それは、彼女が助けてくれたからです」
言うと、山本さんは目を細めてニヤリと笑みを浮かべてこちらを見つめて。
「本当にそうか? お前ら幼馴染なんだろ? だったら助けるのは必然じゃねえか? あんだけ美人な子だし、俺がお前だったら放っておけないかもな」
「からかわないで下さいよ。本当に何にも無いですから」
「はいはい悪かったよ。そんなマジになんなよ」
山本さんの意地悪な所だけは今だに好きになれない。でも、山本さんの言っている事を真っ向に否定出来ないというか、確かにそれだけが理由じゃないのは自分でも分かっていた。ただ、その理由が自分にも分からない。まるで何か大事な事を忘れているみたいに。
「冗談はさておき、重要なのはここからだ。この前話した、夢喰いの解き方の話は覚えてるな?」
「はい、囚われる前に夢だと気づくか、夢喰いを見つけて、夢を終わらせる...でしたよね?」
「そう。その夢喰いの見つけ方なんだが、見つけるのは案外簡単かもしれないって話だ」
「本当ですか?」
「ああ、夢喰いを使ったという研究者は実際にそれを試して夢喰いを解いている」
「一体何を試したんですか?」
俺は固唾を飲んで、山本さんの言葉を待った。
「対象者の夢に大きく関係した存在が夢喰いである可能性が高い。その研究者は当時の恩師が夢喰いだったそうだ」
つまり、橘の夢に大きく関係した人物...夢の中で会った時は死んだ姉に会いたくてと言っていた...て事はまさか?
「橘のお姉さん?」
言うと、山本さんは大きく頷いた。だったら話は早い。お姉さんを見つけ出せば良いじゃないか。俺ははやる気持ちを抑えて。
「だったら簡単な話じゃないですか! 早いところ夢喰いを呼びましょう!」
しかし、山本さんは待ったをかけるように、俺の肩を強めに掴んで。
「落ち着け、まだ話は終わってねえ。問題なのはここからだ」
「他に何かあるんですか?」
「術を解く為の儀式が必要なんだ」
「儀式..?」
儀式って、十字架でも持って祈ったりするのか? 魔法陣みたいなところの上で。
「夢喰いに触れながら『夢喰い見つけた』と唱えるんだ」
「え?」
「なんだ? 不満か?」
「いや、思ってたの違ったというか、もっと仰々しいやつなのかと」
山本さんはクスクスと息を漏らす。
「お前はアニメの見過ぎなんだよ。どうせオタクに優しいギャルがいると思ってんだろ?」
「思ってないですよ!」
でも、そうだとしたらむしろ問題が無いと思うのだが、誰にでも出来ることだし、既に夢喰いの正体は分かっている。
しかし、山本さんは険しい顔つきに変わった。
「問題なのは、その夢喰いに触れる事だ。詳しい事は情報が少な過ぎて分からないが、夢喰いは人間に触れられる事を最も嫌う、何をしてでも、どんな手を使ってでも阻止をしてくる。そして何より、お前は夢に囚われる前に彼女を助ける必要がある。次囚われたらもうチャンスは無いだろう」
「何をしてくるんですか?」
「それは知らん。だが、一つだけ言えるのは、相手は夢喰い、人の夢を司る神霊だ。必ずお前の弱みに漬け込んで欺こうとしてくる」
山本さんはじっと俺を見つめて言う。視線から伝わる緊迫感は嫌と言うほど伝わってくる。考えてみれば相手は人間じゃない、神霊だ。そう思うほど、さっきまでの威勢が小さくなっていく。
それに気付いたのか、山本さんは、突然俺の胸元に拳を突きつけた。
「そこで大事になってくるのが精神力だ。今みたいに気後れしてると、間違いなくその隙を突いてくる」
「精神力...」
言っている事は分かるが、精神力と言われてもピンと来ない。メンタル的な話だとは思うが、果たして夢喰いを呼んだ状態で、まともなメンタルでいられるのだろうか。
「まあ単純な話、自分を信じろって事だ。どんな勝負事だって、自分を信じない奴に勝機は無い」
自分を信じろ。くさい言葉というか、映画やアニメでよく聞く言葉だ。でも、今の自分にはこの言葉がどれだけ大事なのかはっきりと分かる。
山本さんは、俺の頭に優しく手を乗せた。
「お前なら大丈夫だ、俺が言うから間違いない。お前が居なきゃ、俺は前に進めなかったんだから」
高倉と言い、山本さんと言い、担任と言い、どうしてこうも簡単に、目の前にあった分厚い壁みたいなのをぶち壊していくのだろうか。まるで自分が世界を救うヒーローにでもなれるんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
けど、自分を信じてくれている人がいるのに、当の本人が自分を信じられないようじゃダメだ。だから俺は信じる、俺を。
山本さんに深々と頭を下げて、事務所を出た。山本さんの俺を見つめる眼差しは、試合前に選手達をコートへ見送る監督の眼差しによく似ていた。
その夜、俺は自室で山本さんと書いた夢喰い対策のメモをじっと眺めていた。
ようやく1時間弱時間が経っている事に気付き、俺は大きく深呼吸をした。息を吐くと、時計の秒針の音だけが耳に響いた。
数分して、俺は突拍子も無くリビングに降りた。
「あら、こんな時間にあんたがリビングに来るなんて珍し」
「まあ、たまにはそういう日があってもいいかなって」
母さんは物珍しそうにこちらをじっと見つめる。今日は父さんもリビングでビールを飲んでいた。そいえば今日は定時の日か。
「あのさ、俺って優等生って訳でもないしさ、愛嬌も無いし、出来損ないかもしれないけど、それでもこの家族で良かったって思ってる..っていうか..まあその..感謝してる..」
照れ臭くて最後の方は声が小さくなったけど、これだけは伝えておきたくて、スラスラと言葉が出てきた。
すると、母さんが俺の額に手を当てて。
「あんたやっぱり熱でもあるんじゃないの? 病院行く?」
そう言った母さんの瞳は少し涙ぐんでいるように見えた。まるで涙を隠すみたいに、俺の額から手を離さなかった。
「幸鷹。父さんも母さんも優香も、お前の事を出来損ないだなんて思った事は一度も無い。自分の行いに悔いを残さないように、真っ当に生きてくれてるだけで十分だ」
「父さん..ありがとう」
いつも寡黙な父さんが口を開いた。こんなにしっかり言葉を聞いたのは何日ぶりだろうか。自分の行いに悔いを残さない。今の俺にはこの言葉がストレートに突き刺さった。
それから、俺は妹の部屋をノックした。優香の気怠そうな返事が聞こえてきたので、俺は扉を開けた。
「ごめんな急に」
「もしかして恋バナの話マジなの?」
妹はベッドから飛び起きると、目を開いて俺を見る。珍しく動揺しているように見えた。
「そんなに驚くか?」
「べ..別に驚いてないんだけど? キモッて思っただけ」
「はいはい。なあ優香、週末一緒にお出かけでもしないか?」
「は? 無理なんだけど」
予想通りの回答に特に驚くことは無かった。でも、先の未来が少しでも明るければ妙に頑張れそうな気がして、思わず言ってしまった。
「まあそうだよな! じゃあおやすみ」
言って、部屋を出ようとすると、優香は突然何かを思い出したように。
「あーでも! カラコンが無いから買いに行かないとなぁ..あ、お兄ちゃんが買ってくれるなら一緒に行ってあげてもいいけど..」
「いや、机の上に置いてあるやつじゃないのか?」
言うと、妹は顔を真っ赤にして俺を強引に部屋から出した。
「うっさい!! 文句言うなら行かないから! おやすみ!」
勢いよく扉が閉まる。俺は扉越しに。
「じゃあ週末ね!」
部屋に戻ると、俺は前と同じように夢喰いの儀式を手順通りに行っていくが、手の震えが止まらない。
弱気になっている自分を押し殺すように、俺は震える手を何度も握り締め、ベッドに横たわった。何が起こるか分からないし、俺がまた目を覚ます保証は無い。
だけど、彼女を助けると決めた以上、俺はもう立ち止まる訳にはいかない。
俺は大きく深呼吸して、目を瞑った。




