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「ごちそうさまでした」
「もう食べないの? 体調でも悪い?」
いつもなら丼にギュウギュウに詰め込まれた白米を2杯は食べるのに、今日は丼の半分も食べなかった俺を見て母親が心配そうに見つめる。変に気を遣われるのも嫌だったので、帰り道にコンビニで買い食いをしたと言って自室へ戻った。
どうして食事が喉を通らないのか、それは自分でも分かっていた。
けど、俺に出来る事はあるんだろうか。
こんな時、きっと映画やアニメの主人公なら迷わず彼女を救おうとするだろう。でも俺は違う。ただの男子高校生Aだ。行動力なんて皆無だし、大いなる力だって持ってない。
その時、誰かが部屋をノックする。
「優香? どうした?」
聞くと、妹はもじもじとしながらやっとのことで言葉を発した。
「な..なんかあったの?」
「なんで?」
「ご飯..全然食べてなかったし..」
一応妹なりに心配してくれてるのか? 照れながらもそう言ってくれた妹を見て、俺は小さく笑った。
「ありがとう。少し考え事しててさ」
「めずらし..好きな人でも出来た?」
「恋バナ聞いてくれるの?」
冗談で聞くと、妹は吹き出すように笑いながら、手を大きく横に張って。
「いやないない! お兄ちゃんと恋バナとかマジでありえないから!」
「にいちゃんだって恋の一つや二つするんだぞ?」
「きっも! やっぱちゃんとキモくて安心したわ!」
妹のリアクションに俺も思わず声をあげて笑う。それからしばらく2人で笑い合って、妹は気が済んだのか扉の方へ歩いていく。
「おーい、恋バナは?」
「だからありえないって、じゃあおやすみ」
こんなに妹と話したのはいつぶりだろうか。部屋を出て行こうとする妹を見て少し寂しさを感じていると、妹は扉の前でぴたりと止まって。
「お兄ちゃんのこと嫌いだけど、弱気なお兄ちゃんはもっと嫌いだから」
言って、妹は部屋を出ていく。ディスりなのか慰めなのかは分からないけど、妹の言葉で少し肩の荷が降りたというか、気が楽になった気がした。
翌日、俺は担任に届け物をする事を思い出して、職員室へ向かった。綾子さんに渡された封筒を渡していなかったのである。
「失礼します。谷口先生はどちらに?」
言うと、ニヤニヤしながら担任の谷口先生がこちらに寄ってくる。
「なになに? ラブレター? 三十路の独身女にそれを渡すのは罪深いよ?」
「違いますよ..これ、橘さんのお母さんが谷口先生に渡してくださいって」
「あーこれね! ありがと! 橘さんはどうだった?」
先生の問いに、俺は思わず言葉を詰まらせる。
「ま..まあ元気そうでは無かったです..」
「そっか..」
先生は声のトーンを少し落として答えた。すると今度は俺の方をじっと見つめて。
「それで? 君は?」
「え? 俺ですか?」
「他に何か話したい事があるんじゃないの?」
的を射抜かれた返答に、俺は思わず戸惑う。というかこの人はどこまで俺の心を読んでるんだ?
「ど..どうして分かったんですか?」
「担任を舐めちゃいけないよ? 君がこんな朝早くから学校に来るなんておかしいでしょ?誰でも分かるよ。それもわざわざ職員室まで来ちゃって?」
まるで裸まで見られているような気分になって、顔に火がついたように熱くなる。真っ赤になっているのが手に取るように分かる。ここまでお見通しなら、もう隠す必要もない。
「助けたい人がいるんです。でも、どうしたら良いのか分からないっていうか..お節介なのかなって..別に助けて欲しいなんて言われてないし...それに俺なんかに助けられるかも分からないし...」
「ふーん..」
ただ相槌をするだけの先生に戸惑いながらも、俺は言葉を続けた。
「いや..だから..その..」
言葉に詰まったところで、ようやく担任が口を開いた。
「さっきからさ、君は誰に言い訳してるの?」
「..え?」
「誰が聞いても口実を作っているようにしか聞こえないよ? そもそも誰かを助けたいという気持ちに理由なんているのかな? 君が助けたいと思ったのなら、それで充分じゃない? 今君が生きているのは、君の人生だろ?」
その時、俺は彼女が助けてくれたあの夢の事を思い出す。橘が俺を助けてくれた事に、きっと理由なんて無かったんだ..それを、必死に探そうとしていた俺はあまりにもナンセンスというか、情けないにも程がある。
「先生、ありがとうございます。俺、吹っ切れました」
「それでこそ真田くん! 人生ってのはさ、自己中くらいが丁度良いんだよ。誰かの為に何かをしたいっていうのもさ、結局は自分の為なんだから」
「はい! 失礼します!」
先生に別れを告げ、俺は教室へ戻った。そうとなれば、放課後やる事は1つだ。
放課後、俺は橘の入院する病院へ向かった。でも、今日は橘に用があるわけじゃない。
綾子さんが言っていた、橘のお見舞いに来ていると言う人物..その人なら何か知っているかもしれない。
俺はしばらく橘の病室の近くにある待合室で誰か来るのを待っていた。
すると、黒いコートにフードを被った如何にも怪しげな男が花を持って橘の病室に入っていく事に気付いた。俺もすかさず病室に入る。
「あの! すいません!」
言うと、男はこちらを振り返る。見た目は自分より一回りくらいは歳上に見えた。仏頂面に無精髭が怪しさを増強させる。
「何?」
男は不機嫌そうにこちらを睨む。良い大人が子供に向ける態度なのか、と少しこちらも苛立ちを覚えたが、なんとか堪えて。
「どなたですか? 僕は彼女の同級生ですけど」
「あーそう、俺はちょっとした顔見知りだ。別に怪しい者じゃない」
その見た目で言うか? とも思ったが、この人なら何かを知っているかもしれない。下手に怒らせたらここに来た意味がない。
「そうなんですね。実は、彼女の身に何が起きているのか気になって..何か知りませんか?」
聞くと、男は俺から視線をずらした。まるで何かを知っているようだ。
しかし、男は無視してそのまま部屋を出ようとする。俺は、思わず男の腕を掴んで。
「夢喰いって知ってますか!」
その言葉で、男は明らかに動揺する。やっぱり何か知っているんだ。
「いつもここに来て、彼女に謝っているんですよね? 何か知ってるからじゃないんですか?」
じっと睨み言うと、男は小さくため息をついて。
「ちょっと着いて来い」
それから、男は何も言わず、俺も無言でただ着いていった。
すると、街中にある小さなビルの前で男が止まる。看板には占いと書かれている。
「ここが俺の店だ。入れ」
男は顎を使って俺をビルの一室に入るように指示した。どうもこの人は苦手だ。
部屋に入ると、木製の古い机や椅子が置かれた事務所みたいな所だと分かる。机の上に置かれた水晶でこの場所をなんとなく察して。
「占い師なんですか?」
男は黒のコートを脱ぐと、革のソファーに放り投げた。
「そうだ。俺の名前は山本 周助。占い事務所をやってる」
「真田幸鷹です..あの」
俺の言葉を遮るように山本さんが。
「んで? どうして夢喰いの事を知ってる? どこで知った?」
「橘の残したメモに書いてあったので..」
言うと、それまで落ち着いていた山本さんが、鬼の形相で俺を睨みつけ、声を荒げた。
「まさか...試したのか?!」
「いや..」
山本さんの勢いに言葉を詰まらせると、山本さんはさっきの冷静さを取り戻して。
「いや、それはないか..仮に試したとしたらお前がここにいる訳が無い」
俺は半分頭を下げながら、苦笑を浮かべて。
「それなんですけど..実は試したんです..」
「はぁ?! どうやって抜け出した?!」
山本さんは目を見開いて、声を荒げて言う。俺は素直に起きたことを全て話した。
「それで、俺の前に橘が現れて..君はまだ間に合うって..夢だと気づかせてくれたんです..」
話すと、山本さんは下を俯き、さっきまで荒げていた声が、まるで力が無くなったかのように小さくなった。
「俺がちゃんと管理しときゃ良かったんだ..」
「どういうことですか?」
「以前、彼女が俺のところに占いに来たんだ。姉を亡くしてから、未来に希望が持てないって、その時だ、少し目を離した隙に、知人に貰った書物の場所が変わってて、すぐに分かったよ。彼女の仕業だって」
「それが..夢喰いの..」
「そう。あれは禁忌術だ。素人の手に渡れば取り返しのつかない事になる。それなのに俺は..」
山本さんは机を強く叩くと、唇を噛み締めた。悔しさが痛いほど伝わってくる。そんな山本さんを見て、俺は疑問を投げかけた。
「けど..そんなに危ないものをわざわざ持っておく必要はあるんですか? そもそも存在させなければ、誰も試したりはしないはずじゃ..」
「あれは元々、とある部族が五穀豊穣を願って始めた降霊術なんだ。願ったものを夢で見て、それが現実になる事を願ってな。それが派生して、いつからか夢で見たら現実になるとか言うくだらない噂が広がったんだ。使い方さえ間違えなければ、誰も犠牲になったりはしない」
「そんな..」
まさかそんな背景があったとは。でも、今は彼女を助ける方法があるのか知る事が先決だ。
「ところで、夢喰いに囚われた人を助ける事は出来るんでしょうか?」
山本さんは数秒黙ってから。
「それを知ってどうする?」
「それは..」
「彼女を助けようと思ってるなら大間違いだな」
「どうしてそんなこと言い切れるんですか?」
山本さんの発言に納得がいかなかった俺は、少しムキになる。すると、山本さんは俺のすぐそばまで歩いて、目前まで顔を近づけて。
「だったらお前、自分が助けた相手が無駄死にしたらどう思う?」
「それは..嫌です..でも死ぬと決まった訳じゃないですよね」
「そうだろ? お前は今同じ事をしようとしてるんだ。いいか?彼女を助ける為にはもう一度夢喰いを呼ぶ必要がある。それがどういう意味か分かるよな?」
山本さんの言葉に何も言い返す事が出来ない自分に不甲斐なさを覚えながらも、俺は沸々と言葉が沸き上がってくる。
確かに、もう一度夢喰いを呼んだら、俺はもう2度と目を覚ます事は出来ないかもしれない。だけどこれだけはどうしても言いたい。
「俺は、無駄死にするつもりはありません。彼女が助けを求めていなくとも..余計なお世話でも、俺は彼女を助けたいんです」
山本さんを真っ直ぐ見つめて、俺は言いたい事を全て言った。
山本さんは数秒黙って俺を睨むと、突然高笑いをして。
「これだからガキは苦手なんだよなぁ..命知らずで、思い立ったら居ても立っても居られなくなる。まぁ、大人からしたら羨ましくもあるんだけどな」
突然笑った山本さんを見て、ホッとする。見た目はあれだけど、なんだかんだ協力してくれる優しい人なんだと、俺は尊敬の眼差しで山本さんを見つめた。
「だが、ダメだ。何処の馬の骨かも分からないガキに危ない橋を渡らせる訳にはいかない」
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。俺は思わずため息を漏らす。
「そもそも解ける保証が無い。降霊術は霊や神霊を呼び出す儀式だ。手順通り儀式を行ったとしても、素人なら無事に終われるかなんてのは分からない」
「そんな..」
下を俯いていると、山本さんが俺の肩に手を置いた。
「これで分かったろ? 子どもはお家で勉強でもしてな」
まるで小学生みたいな扱いをしてくる山本さんに苛立ちを覚え始める。言ってももう高校1年生だ、大人と差し支えないだろ。
「俺の事を心配して言ってくれてるんですよね? だったら大丈夫です! 責任は俺にありますから!」
「そう簡単に割り切れるか! それで失敗されたらたまったもんじゃない! それに、これは俺の責任でもあるんだ」
「じゃあ、山本さんが夢喰いを呼び出すんですか?」
聞くと、山本さんは突然黙り込んだ。さっきまでの威勢はどこにいったのだろうか。
「成人になると、夢喰いを呼び出す事が出来なくなるんだ」
「...え? て事は..未成年しか呼び出せないんですか?」
山本さんは小さく頷く。でも、そうだとしたら一つの疑問が浮かび上がる。
「じゃあ誰が夢喰いを呼び出すんですか? あてはあるんですよね?」
「それは..まあ何とかする!」
今の答え方はあてが無いと捉えていいだろう。山本さんの声色が明らかに動揺している。
俺は山本さんに追い討ちをかけるように、鋭い眼差しで見つめた。山本さんも俺を数秒じっと睨んでから、頭を掻きむしる素振りを見せた。
「あーくそ! どうなっても知らねえぞ!」
俺の意志が伝わったのか、山本さんは半ば不満ながらにも、本棚を漁り始めた。俺は笑顔を見せながら深くお辞儀をする。
「ありがとうございます!」
山本さんは一冊の分厚い本を手に取ると、放り投げるように机の上に置いた。
「そいつにあらゆる降霊術の解き方が載っている。当然夢喰いの事もな。最近やっとのことで知り合いのツテを辿って手に入れた」
渡された分厚い冊子には、付箋が何枚も付けられていた。付箋を一枚ずつ確かめていくと、夢喰いについて書かれてあるページを見つける。そこには蛍光ペンであちこちにマーキングがしてあった。これだけ見たら、山本さんが如何に橘を助けたいのか、聞かなくても分かった。
きっと山本さんは、助けたいのに助けられない、そんなどうしようもないもどかしさを抱えているんだろう。その証拠にずっと左手を力強く握ったままだ。そんな山本さんを見て。
「山本さん、俺も橘を助けたい気持ちは同じです。力を貸しては頂けませんか?」
聞くと、山本さんは鋭い眼差しで俺を見つめて。
「お前がそうしたいなら好きにすれば良い。その代わり、やるからにはお前まで道連れにするつもりは毛頭ない。絶対に彼女と2人で戻ってきてもらう」
「山本さん..ありがとうございます!!」
深々と頭を下げると、山本さんは小さく舌打ちをして。
「ったく..だから子どもは嫌いなんだ」
言うと、山本さんは冊子の夢喰いのページを指さして。
「いいか? 夢喰いの術を解く方法は2つだ。一つは、夢に囚われる前に夢だと気付く事。お前が戻って来れたのはこれが理由だ。そして二つ目は、夢喰いを見つけ出し、夢を終わらせる事だ。既に囚われてしまっている彼女を助けるにはこの方法しかないから、実質この一つだけだな」
「夢喰いを見つける..生物なんですか?」
「そこが書かれていないから俺にも分からない。ただ、夢喰いは人に取り憑く神霊だ。おそらく人間を器にしているはず」
「人に化けてるって事ですか?」
「化けてるというよりかは、実在する人に紛れていると思う」
人に紛れる。つまり、この世界の何億と存在する人間の中から夢喰いを見つけるって事なのか? そんなのあまりにも無謀じゃないか..?
「だとしたら..宝くじ当てるなんてレベルじゃないですよ..
小さめの声で呟くと、山本さんが突然、俺に強めのデコピンをした。俺は額を抑えながら痛がっていると、山本さんは俺の目前まで顔を近づけて。
「今、弱気になっただろ? さっき俺が言った事忘れた訳じゃねえよな? お前1人で戦う訳じゃないんだ、勘違いすんな」
「はい..そうですね」
「いいか? 必ず夢喰いを見つけ出す術はあるはずだ。なにも運で見つけろって言ってる訳じゃない。必ず俺が手掛かりを見つけてやる」
山本さんの言葉に、さっきまでのしかかっていた重荷が軽くなった気がした。この人は無愛想で印象は悪いけど、根は優しい人なのだと、さっきまでの自分を改めたくなった。
俺は両手で自分の頬を強めに叩くと、さっきまで暗雲を振り払うように声を大きくした。
「必ず方法はありますよね! というか見つけます!」
「調子が戻ったようだな少年。この勝負、お前にかかってるんだからな」
俺は大きく頷いた。




