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悪役令嬢はヒロインが怖くて婚約できない  作者: 佐々木尽左


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進退窮まる

 アスター学園の最上級生になった直後までは順調に進んでいたゲームの世界同様の破滅回避対策ですが、ここに来て一気に怪しくなってきました。二学年生の四人を婚約させて一安心と思っていたら、あろうことかメルヴィン様との関係がかなり微妙になってしまったのです。


 ゲームでの悪役令嬢フェリシアの婚約者は、ヒロインが選択するルートによって変化していました。基本的には二学年の間に家同士の取り決めで決まっていたのです。そこから悪役令嬢らしい意地悪が本格的になるわけですが、わたくしの場合は実家の縁談をせき止めていたので今まで婚約はしておりません。


 後はヒロインさえ抑えればどうにかなると思っていました。手の届く範囲に留めておき、何か不穏な動きがあれば即対処する。そして、ヒロインを攻略対象男性キャラと婚約させることで、わたくしに敵意を向けないようにする。後は、正体のわからない三人目のヒロインとメルヴィン様に注目していれば何とかなると思っていました。


 しかし、まだ甘かったのかもしれません。わたくしが子女同士で集まるのならば、メルヴィン様も殿方同士で集まって話をしますし、行動だってする。こんな当たり前のことを見落としていました。その結果が今の状況です。




 朱い日差しが少しずつ濃くなっていく中、いつもの六人で書類作業をしていました。それぞれ担当する内容が違うので、当然作業が終わる時間も異なります。


 最初に声を上げたのはアーリーンでした。机の上を片付けてから隣へと顔を向けます。


「ジェマ、あとどのくらいで終わりそう?」


「あとこの二枚だけ!」


「それなら、待っているから一緒に帰りましょう」


「すぐに終わらせるからね!」


 友人の言葉にジェマが嬉しそうに答えていました。去年からずっと二人を見ていますが本当に仲が良いですね。


 次いでハミルトン殿が座ったまま背伸びをされました。すぐに体の力を抜くと嬉しそうに叫ばれます。


「よし、終わったぜ!」


「きみはうるさいな。もっと静かに喜びなよ」


「いいじゃないですか。仕事が終わるってのは嬉しいもんなんですから。それより、あとどのくらい残ってるんです?」


「今終わったよ」


「それじゃ帰りますか!」


 言葉そのままに勢い良くハミルトン殿が立ち上がりました。続いてローレンス殿も机の上を片付けて立ち上がり、メルヴィン様とわたくしに顔を向けられます。


「殿下、フェリシア嬢、お先に失礼します」


「会長、副会長、俺も帰りますね!」


「ご苦労様。明日も頼むよ」


「ごきげんよう」


 挨拶を終えるとローレンス殿とハミルトン殿は一旦婚約者の元へと向かわれました。しかし、わずかな言葉を交わしてからすぐに生徒会室を去られます。


 更にその直後、今度はジェマが顔を上げました。それから嬉しそうに声を上げます。


「終わったー!」


「もう、叫ばなくてもいいのに」


「アーリーン様、早く帰りましょう! フェリシア様、王太子様、また明日!」


「それでは失礼します」


 上機嫌な様子のジェマが元気よく挨拶をしてくださると、アーリーンも丁寧に一礼をしてくれました。そうして殿方二人と同じく生徒会室から出てゆきます。


 あの四人が去りますと室内は急に静かになりました。かすかに羊皮紙のかすれる音と道具を使う音のみが耳に入ります。


 このときのわたくしは特にメルヴィン様を意識していませんでした。考えないようにしていたということもありますが、今すぐどうこうなるわけではないので仕事に集中していたのです。


 その甲斐あってか、思ったよりも早く仕事が片付きました。ちらりと窓の外を見ると、学園内の風景が朱く染め上げられていささか寂しく見えます。


「メルヴィン様、こちらの仕事は片付きました。他に何もなければ、今日は失礼させてもらおうかと思いますが」


「ありがとう。やってもらう仕事は今はないな。ところで、少し個人的な話があるのだが、構わないだろうか?」


「はい。どのようなことでしょう?」


 普段とは違って余裕がまったくない眼差しを受けたわたくしも表情を改めました。今までメルヴィン様から様々な相談を受けて参りましたが、個人的なご相談は初めてです。一体どのようなお話なのかと首を傾げました。


 不思議そうにしていますと、メルヴィン様が席から立ち上がってわたくしへと近づいて参ります。そのご様子にいささか気圧されつつもわたくしは座ったまま待ちました。


 そんなわたくしに対して、メルヴィン様がゆっくりと告げられます。


「いつまで自分の勇気が続くかわからないから最初に告げておきたい。フェリシア、私は君のことが好きなんだ。ぜひ、この手を取ってくれないだろうか」


「え?」


「この学園に入学した当初は、変わったご令嬢だな、くらいにしか思っていなかったんだ。というのも、今まで私の周りにいた令嬢はみんな大なり小なり私に媚びていたから、避けられるっていう体験は珍しかったんだ」


 最初のメルヴィン様から離れるという方法からして気を引いていたわけですか。


「その後、しばらくは気持ちに変化がなかったんだけど、君の性的嗜好の疑惑があっただろう? あのときの拗ねた態度を見て自分の気持ちに気付いて。それからは色々と悩んだり、ローレンスやハミルトンにも相談に乗ってもらったりしていたんだ。そうして、あの二人が婚約するのを見て気持ちが固まったんだよ」


 話を聞き終えたわたくしは呆然としました。どうもやることなすことメルヴィン様の気を引いていた模様です。なんてこった。


 ハイスペックイケメンに告白されて嬉しくない子女なんていません。それはわたくしも同じです。しかし、今はそんなのんきなことを言っている場合ではありません。何のイベントも起こさずにどうやって人間不信を克服されたんですか!?


 実はわたくしは転生者で前世でやったゲームの悪役令嬢に生まれ変わっていてこのまま告白を受け入れると破滅するのでお断りしますと説明できたらどんなに楽なことでしょう。いえ、実際説明だけならできますが、確実に理解はしてもらえません。何か良い断り方はないのかと知恵を巡らせてみますが何も思い浮かばない始末。


 単純にゲームの世界の通りにしないようにするのなら断れば良いのでしょうが、ここで厄介なのが未だにその姿がはっきりとしない三人目のヒロインの存在です。もし、断った後に二人が接近でもしようものなら、わたくしは破滅めがけて一直線でしょう。ゲームでの婚約破棄の場面とは違いますが、二人揃ってわたくしの所作を針小棒大にした悪事を追及してくる可能性は充分にあります。しかし、告白を受け入れてもセオリー通りの破滅が待ち構えています。


 これはもしかして詰んだのでは?


 目眩がわたくしを襲いました。ここまで頑張ったのに、こんなにあっさりと終わってしまうものなんですか。しょせん悪役令嬢にはバッドエンドかデッドエンドしか許されないのでしょうか。こんなに善行を積んだのに。


 思わず泣きそうになりました。いえ、少し涙が溢れてしまいました。しかし、我慢です。まだ何か助かる方法があるはずです!


 驚いた表情を浮かべるメルヴィン様を見つめながら、わたくしは尚も考え続けます。


 落ち着きましょう。提示された選択肢は断るか受け入れるかの二つです。断ることについてはメルヴィン様を正体不明のヒロインに走らせる可能性が高いので却下ですが、それなら受け入れるとなるとどうでしょうか?


 既にヒロイン二人は我が手元にいますし、攻略対象男性キャラもこちら側です。それに、一般の子女の皆さんや子弟の一部の方もわたくし側と見て良いでしょう。こうなると、正体不明のヒロインはそう大きなことはできないはず。なんでしたら、取り巻きたちに厳戒態勢で周囲に出回る噂を警戒させても良いでしょう。


 あれ、意外に何とかなるかもしれませんね。ゲームでは常に余計なことを積極的にしていたのでそれが悪事となって重なりましたが、そうであるのなら何もしないのが実は最善なのかもしれない?


 何ということでしょう、メルヴィン様と婚約して何もしないというのが実は正解なのではと気付いたわたくしは衝撃を受けました。まるでゲームのバグ技を見つけた気分ですね。


 これなら、破滅を回避できるかもしれない。


 わたくしはわずかな可能性を見出すことができました。これならば、いけるかもしれません!


 涙目でじっとするわたくしに対して、メルヴィン様が困った様子で声をかけてこられます。


「フェリシア嬢、返事はどうかな」


「はい、喜んで」


 わたくしは差し出された手を取ってうなずきました。未来をたぐり寄せるわずかな望みに賭けます。


 そんなわたくしを見て、メルヴィン様は太陽のような笑顔をなされました。

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