犯罪に走る動機が男なのはどうすれば避けられるのだろう?
現代の日本に近い設定です。
自分の意思ではないのに屋上のフェンスの向こう側に立たされていた。
横でクツクツ笑うのは同じクラスの御手洗珈乃香。
御手洗珈乃香が嬉しそうに私の項を掴んだまま「ほら、飛んでみろよ」と私を落とそうとする。
私は後ろ手で必死にフェンスを掴んで子供がするように大きく頭を横に振る。
「やめて!!やめてよっ!」
「ちょ、暴れるなっ!」
御手洗珈乃香が私の力に負けて足元がふらつく。
「樫田!飛べよ!!お前なんか生きてる価値なんかないんだからさぁ!」
逗子杏菜、この子が始まりだった。
中学2年のゴールデンウイークが終わって直ぐの頃、逗子杏菜の机にぶつかった。
態とではなくて手にしていたハンカチを落としそうになって、ハンカチをお手玉のようにして掴み取った時、お尻を突き出すような格好になって、お尻で逗子杏菜の机に当たってしまった。
席についていた逗子杏菜にすぐに謝った。
「あっ、ごめん!」
「うん。いいよ。いいよ」
笑顔でそう言ってくれたのにその後から態度が豹変した。
翌朝学校に来ると机とイスが倒れていた。
男子が暴れて倒したのかと最初は思った。
その時はそれくらいに思っていたので特別気にもかけず机を起こして席についた。
昼の休憩になって友人の朋愛と学食へ行く。
昼食が終わるとクラス関係なく仲の良い友だちが集まって、バレーボールをすることが多かった。
その日もバレーボールをしていた。
朋愛がトイレに行くと言って先にバレーボールを切り上げて輪から離れて行った。
予鈴が鳴ってボールをボールを片付けて喋りながら教室に戻ると、朋愛が廊下で騒いでいた。
「真生!逗子たちが!」
「逗子さんがどうしたの?」
「真生の机や鞄の中身を・・・」
カチャリと鍵が開く音がした。
本鈴のチャイムが鳴り、扉も開いて逗子さんと仲の良い5人がこちらを見てニヤニヤしていた。
朋愛が私の手を握る。
教室に入ると、また私の机が倒れていて今度は鞄の中身までぶちまけられていた。
朋愛が言うには教室に入ろうとすると、逗子杏菜が私の机や鞄の中身をぶちまけるところだったそうだ。
朋愛が逗子杏菜を咎めると逗子杏菜の友人の御手洗珈乃香に教室から締め出されたのだと告げてきた。
私は先生が来るまで机を起こすこともせず朋愛と手を繋いだまま先生が来るのを待った。
逗子杏菜とその友人たちは突っ立っている私の姿を見てクスクス笑ったけれど、教師が来て倒れた机とイス、散らばった教科書やノートを見て騒ぎ始めた。
学年主任の先生が呼ばれ話し合いという犯人探しが始まった。
やったのは逗子杏菜だと朋愛が証言してクラスの何人かも朋愛に同意した。
みんなの前で逗子杏菜の謝罪を受け二度としないと私と学年主任の先生に誓って机とイスを起こして鞄の中身を机の上に積み上げた。
誰もがその謝罪に心はこもっていないと解ったけれど、学年主任の先生はその場はそれで納得した。
教師としてするべきことはした。ということなのだろうか。
それからは机を倒されることと鞄の中身をぶちまけられることはなくなった。
その代わり逗子杏菜の周りにいる子たちが私にぶつかってくるようになった。
「あ!ごっめ〜んねぇ〜〜わざとじゃないの〜許してね〜」
そう言いながら毎日何度も何度もぶつかってくる。
当たりがきついときは尻餅をつくことも何度かあった。
私は時間と誰がぶつかってきたかノートに書き留めて3日後に担任に相談した。
担任は直ぐ対応してくれてぶつかってくることはなくなった。
それからはいたちごっこだった。
嫌がらせをされて、担任に言いつけて、また新たな嫌がらせを受ける。
持ち物が無くなるようになり、その犯人は逗子杏菜たちだと思ったけれど今度はうまくやっているのか、証拠はなく紛失したものを担任に報告する以外どうしようもなかった。
嫌がらせは収まらず、教科書などいろんな物が無くなっていった。
その日は体育の授業が終わって教室に戻ると制服一式が無くなっていた。
その日は1日授業は行われず、クラス全員で私の制服探しとなった。
けれど制服も、他の紛失物も見つからなかった。
学校に親が呼ばれ、制服を紛失したことを告げられ、私が虐めにあっていることが伝えられた。
担任と校長が他の中学校に移ってはどうかと提案してきて、長い話し合いの末、私と親はそれを受け入れることにした。
ただし逗子杏菜たちの行いを内申書に記載することを条件にした。
私が住む地域では小中学校に選択制度というものがあるらしく、地域によってその制度がないところもあるらしいけど、私はその制度が使える状況だったので幸運だったのだと思う。
本来は入学時に選ぶものだけれど事情が事情なので適用できた。
実際のところ今通っている中学より、学区は違うけれど隣の区の中学のほうが家からは近かったし、校則も緩い学校だったので新しい制服と共に気持ちを切り替えて通うことにした。
「樫田真生です。よろしくお願いします」
緊張して挨拶して先生がいなくなると何人かが私の机を取り囲んだ。
正直に前の学校であったことを伝える。
後からバレてコソコソ噂されるのが嫌だった。
みんな「災難だったね」と言って普通に接してくれた。
新しい学校ではイジメに合うこともなく楽しく通うことができるようになった。
それと転校がきっかけで元の中学校の榎田君に告白されて付き合うことになった。
クラスが違ったために榎田君は私が転校しなけれなならないほどのイジメにあっていることを知らず「転校に驚いた」と家にまで来てくれた。
榎田慧悟君はちょっとだけモテる。
サッカー部でフィールドを走る姿は格好良かった。
3人に告白されたことがあるって教えてくれた。
その中に逗子杏菜の名前があることに少しヒヤリとした。
断った時にほかに好きな子がいるからと断ったらしい。
相手は誰かとしつこく聞かれたけれどそれには答えなかったと聞いてホッとした。
榎田君に逗子杏菜が転校することになった原因だと告げた。
憤ってくれた榎田君はちょっと私を守ってくれる人みたいで嬉しかった。
それから榎田君との関係も順調で、新しい学校でも友達ができた。
3年になって受験一色になった。
榎田君と同じ学校に行こうとなんとなく約束した。
3年の後半になってお母さんが元の中学に電話をかけてくれた。
逗子杏菜とその友人たちの行く学校を教えてもらうために。
個人情報なので教えられないが、私が行く高校なら教えられると言って逗子杏菜たちが行かない学校を教えてくれた。
教えてもらった学校の中から学校を選んだ。
選んだ学校名を榎田君に伝えると、同じ学校を選んでくれて受験を乗り切ろうと約束した。
時折一緒に勉強して灰色の中学3年生を無事卒業できて、榎田君と同じ高校に通えるようになった。
入学式を終えてクラス分けを見ているとそこに榎田君の名前を見つけ、私の名前も見つけることができた。
朋愛も偶然同じ学校を選んだのだけれど、残念なことにクラスは別れてしまった。
「真生、本当に榎田君と付き合っているだね〜まだ続いているとは思わなかったよ」
榎田君と一緒にいるところを見て朋愛が「まだ続いているとは」と感心していた。
朋愛が逗子杏菜たちの行った高校を教えてくれた。
逗子杏菜のグループの全員が同じ学校で、私立のあまり評判の良い学校ではなかった。
成績はそれなりに良かったらしいのだけれど、内申が悪すぎて受け入れてもらえる学校がなかったそうだ。合格できそうな学校がそこか、もっとランクの低い学校しかなかったらしい。
新しい友人たちにも馴染むことができて楽しい高校生活が始まった。
榎田君はサッカー部には入らないと言った。
「プロになりたいわけじゃないし、高校生を楽しみたいんだ」
「ちょっと残念。フィールドを走る榎田君格好良かったのに」
「そう言われると悩むな。真生はクラブどうするんだ?」
「文化部なんだけど図書部に入ろうかと思って」
「本好きだもんな」
「じゃぁ、俺も図書部にするよ」
「えっ!いいの?」
「ああ。バイトも複数人募集かけているところに一緒に行こうぜ」
「いいね!どんなバイトがあるかな〜?」
「帰りコンビニ寄っていこうぜ」
「うん」
あっさりと自宅の駅に近いカラオケ店のバイトが決まって比較的榎田君と重なるシフトに振り分けられた。
毎日が楽しくて飛ぶように時間は流れていく。
夏休みなり、図書部は開店休業状態で行きたいものだけが行く方式になり、私と榎田君はバイトに精を出すことにした。
夏休みも終盤になり、この日は榎田君と朝から1日のバイトだった。
その日は朝から忙しくてあと少しで上がりになる頃、カラオケの待ち時間が1時間以上ある状態だった。
バイト先のカラオケ店はお客さんのメールを登録してくれたら店内で待つことなく、10分前になったらメールでお知らせするというサービスを行っていた。
私は裏方で、榎田君はカウンターに立っていた。
新たにやってきたお客さんに説明する榎田君の声が聞こえた。
そしてお客さんらしき声も。
その声はどこかで聞いたことのある声で、聞きたくない声だった。
「榎田君、ここでバイトしてるんだ〜シフト教えてよ。会いに来るからさ〜ってか私もここでバイトしようかな」
「バイト募集してねえよ。それに逗子がバイトするなら俺が辞めるわ」
「榎田さぁ〜なんか私にはつれないよね?」
「お前が嫌いだからな」
「ええぇ〜〜なんで?ちょっと傷ついたんだけど」
「嫌いなものは嫌いなんだから仕方ねえだろ。次のお客さんに迷惑だからさっさとどけ」
「お客さんにそんな口聞いていいと思ってんの?」
「ほらな、そういうところが嫌いなんだよ。お客様、時間になったらメールを送りますので」
「・・・・・・」
裏にいた私にはそれ以降の声は聞こえなくて、私と榎田君の上がりの時間になった。
榎田君に促されて早々にバイトから上がる。
「逗子さん来てたよね・・・?」
「ああ。だから早く帰ろう」
「うん」
榎田君と一緒に私の家に帰り、一緒に勉強をする。
榎田君の家は両親共働きで1人で食事をすることが多いとお母さんが聞いてから家に来ると夕飯を食べて帰ることが週に1〜2度ある。
今日は夕飯を食べて帰る日で、一緒に食卓を囲む。
食事の後もちょっとだけ勉強して榎田君は帰っていった。
二学期が始まって通常授業に戻った日、榎田君と校門へ向かって歩いているとそこには逗子杏菜が立っていた。
榎田君に引っ張られて慌てて校舎へと戻る。
「裏門側に回って帰ろうぜ」
「見られなかったかな?」
「どうだろう・・・」
「逗子さん、今でも榎田くんのこと好きなのかな?」
「俺には解らねぇよ」
「そうだよね。ごめん」
「あやまんな。俺の気持ちは変わってないから」
「うん。私も」
後ろが気になって時々振り返りながら駅まで早足で歩いて電車に乗り込んだ。
それから榎田君の周りに逗子杏菜がしょっちゅう現れるようになった。
榎田君は強く拒否しているけれど逗子杏菜は堪えない。
とうとうバイト先で警察沙汰になった。
店長が逗子さんのつきまといに腹を立て警察に連絡したのだった。
話は大きくなり、榎田君と店長も警察に連れて行かれて帰って来なかった。
スマホがピコンと鳴って榎田君からのLINEが届いた。
{いま警察からの帰り道}
{遅くまでかかったんだね}
{逗子と俺の親も呼び出された}
{大事になった感じ?}
{まぁな。
逗子の親が接近禁止?にするからって言ってた}
{逗子さんが言うこと聞くかな?}
{どうかな・・・
まぁ、暫く様子見だよ}
{そうだね。気をつけて帰って}
{ああ}
それから、逗子杏菜は現れなかった。
ホッとして日常が戻ったような気がしていた。
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「どういう事?」
榎田と樫田が同じ学校な挙げ句に付き合ってる?!
「ありえないんだけど!」
「ちらっと聞いただけなんだけど・・・中学の時転校して直ぐに付き合うことになったらしいよ」
珈乃香が憎々しげに私に告げる。
珈乃香も榎田が好きだった?
爪を噛み、足を揺すっている。
「本当にありえないんだけど!!」
樫田のせいで私の成績にみあう学校が選べず、こんな底辺高校に通うことになったっていうのに!!
「杏菜、もう手を出すのやめときなって。人生潰すことになるよ」
「巴菜!うるさいよ!」
上水流巴菜は私たちのグループでも一番の臆病者でこの学校で1人でトイレにもいけないほど怯えている。
私も1人で行動するのは怖い。
校則だけはやたらと厳しいのに、生徒の質は男女共とても悪い。
目が合うと難癖をつけられる。
入学したての頃は逆らっていたけれど一学期が終わる頃には私たちは学校の中でも弱者の扱いだった。
いままで弱者になどなったことがなかったので本当に悔しくてたまらないけれど、この学校では小さくならないと登校すら叶わなくなる。
榎田のことを今でも好きかと聞かれたら首を傾げるけれど、会えばやはり好みの男で好きだなと思う。
高校生になって体が大きくなっていてあの手に触れられたいと思った。
なのに榎田は樫田に触れていた。
手を繋いで、学校だけでは飽き足らずバイトまで一緒で、挙げ句に樫田の家へと入っていった。
出てくるまでに4時間以上経っていて、帰り際慣れた様子でキスをした。
本当にありえない。
私の鬱屈は樫田へと向かっていくのを止められなかった。
樫田のせいで底辺高校に行かなけれならず小さくなって生きているのに、樫田は高校生活を笑顔で送っていて挙げ句に榎田と付き合っているなんて。
許せるわけがなかった。
4つ上の従兄弟に頼んで車を出してもらう。
グズグズ言うから子供の頃の弱みを盾に言うことをきかせた。
何日も樫田の後をつけて樫田が一人になるのを待った。
毎日毎日榎田が樫田についていて一人になることが本当にない。
朝の通学なら捕まえられるかと思って朝早くから樫田の家の前で待っている榎田が迎えに来た。
本当にありえないんだけど!
「樫田さん本当に一人になることがないね〜」
二艘舟英麗華が空気を読まずに発言する。
「英麗華うるさい」
「杏奈はいつもそれだね〜。樫田さんを捕まえたら今度こそ年少行きだね〜」
「鬱陶しいから語尾伸ばすなって言ってるだろ!」
「ご機嫌斜めだね〜樫田さん殺すつもり?私いち抜けしたいんだけど〜」
「逃げる気?」
「杏菜、あんたさ〜樫田さんを転校させたかもしれないけど、樫田さんに一度も勝てていないじゃない」
「転校させたんだから私の勝ちじゃない!!」
「転校したことで榎田と付き合うことになって〜、私たちは底辺高校しか行けなくなったじゃない〜」
「煩い!五月蝿い!!」
「でも杏菜、これ以上はやばいよ。やるなら一人でやってよ。従兄弟さん、車停めて」
車が停まると、私と珈乃香以外はみんな降りていった。
「珈乃香は降りなくていいの?」
「私も樫田は気に入らないから・・・」
「ふん!あんたも榎田が好きなんでしょう?」
「ち、違うわよっ!!」
それから樫田が一人になるのを付け回して5日目にやっと一人になった。
珈乃香が車から降りて樫田に声を掛ける。
樫田が2〜3歩後退りすると珈乃香が距離を詰めて樫田の腕を掴んだ。
従兄弟にお前も行ってこいとシートの背を蹴り飛ばしてやる。
珈乃香と従兄弟に掴まれて樫田は車に乗せられた。
「久しぶり。樫田」
「逗子さん・・・」
「あんた一人捕まえるのに凄く時間がかかったよ」
「今更なんの用なの?」
「お礼がしたくて。是非とも一度私達の学校に来てもらいたいのよ」
「どうして私が?意味が解らないわ」
「私たちはあんたのせいでド底辺の学校しか行けなかったんだよ!」
「自業自得って言わない?」
「この状況で強気だね?」
怯えている樫田の顔に愉悦を感じた。
私が通う私立高校が遠くに見える。
逃げた5人に屋上で待つようにLINEを送る。
樫田の口にガムテープを貼ってナイフで脅して静かにさせる。
嫌がる樫田を脅しながら学校の屋上まで歩かせる。
「ひどい学校でしょ?見た目もひどいけど、中身はもっとひどいんだよ。この学校からの進学率も就職率も本当にひどいものよ。ここから這い上がることがどれだけ大変か知ってる?」
樫田は何も答えない。まぁ、答えられないんだけどね。
屋上のドアを開けると5人がすでに待っていて、私は笑顔で樫田を見せてやった。
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逗子杏菜が持つナイフは果物ナイフで、これが刺さった程度では死にはしないんじゃないかと思いたい。
痛い思いはするかもしれないけど、屋上に行く前に逃げたほうがいいと思うけれど、恐怖に縮こまった体は思うように動かない。
ナイフの先にせっつかれて逗子杏菜に言われるがまま足が勝手に動く。
校舎の最上階に連れて行かれると逗子さんグループの他の子たちが待ち構えていた。
私、本当に殺されるんじゃないよね?
なんとかして警察に電話できない?
逗子杏菜の視線は私から離れるけれど、御手洗珈乃香はずっと私を見ていて視線が外れない。
屋上の扉が開くと對比地陽恵、太鼓地沙友里、上水流巴菜、太刀掛和心二艘舟英麗華が私が来るのを待ち構えていた。
逗子杏菜が「同窓会だね」と言って声を上げて笑っている。
御手洗珈乃香は私の項を片手で押さえて、もう片方の手でナイフを受け取る。
逗子杏菜は屋上の扉が開かないように落ちていたチェーンを拾い上げて扉と扉の横を這っているパイプにチェーンを通して南京錠をかける。
御手洗珈乃香がナイフを持つ手で私の口元のガムテープを一気に剥がした。
「痛いっ!!」
「五月蝿いね。早く歩きなよ」
誘導される場所のフェンスは人が1人通れるだけ切り取られている。
フェンスをくぐらされて御手洗珈乃香もフェンスの向こう側へとやってくる。
フェンスの穴から遠ざかるように歩かされて、御手洗珈乃香をどうにかしないとフェンスの内側には戻れなくなった。
入戸野聖子が「私たちを巻き込まないでよ!!」と逗子杏菜に詰め寄ると逗子杏菜は胸元のポケットからカッターを取り出して入戸野聖子に向けて横薙ぎに払った。
カッターは入戸野聖子の手に当たって血が伝い落ちるのがっ見える。
叫び声と咎める声が上がるけれど逗子杏菜は「五月蝿い。今更あんたたちを逃さないよ。私たちは同罪なんだから」
「同罪なんかじゃないよ〜私たちは呼び出されて来てみたら樫田さんを誘拐してきた杏菜と珈乃香に驚いているんだもん。それに聖子まで切られたんだから、被害者だよ〜樫田さんも証言してね。私たちが被害者だって」
全員の視線が私に向いたけれど私は何が正解か解らないので返事できなかった。
逗子杏菜が切れて二艘舟英麗華に斬りかかる。
「この裏切り者!」
「私たちは犯罪者になりたくないんだよ〜。杏菜のイジメに加担しただけでここまで人生落ちぶれたんだよ〜?私たちの恨みが杏菜に向くと考えなかったのかな〜?」
逗子杏菜が他の子たちを見回した。
「決して私たちは杏菜の味方じゃないからね!!」
同様のことを5人が口々に言い放つ。
「あんたたちも許さないからねっ!珈乃香!まずは樫田から落としてっ!」
御手洗珈乃香が嬉しそうに私の項を掴んだまま「ほら、飛んでみろよ」と私を落とそうとする。
私は後ろ手で必死にフェンスを掴んで、子供がするように大きく頭を横に振る。
「やめて!!やめてよっ!」
「ちょ、暴れるなっ!」
御手洗珈乃香が私の力に負けて足元がふらつく。
「樫田!飛べよ!!お前なんか生きてる価値なんかないんだからさぁ!」
逗子杏菜が叫ぶ。
「私が何をしたって言うのよ!何もしてないでしょう!!」
御手洗珈乃香が私の耳元で囁くから、叫んでいる逗子杏菜の声が聞こえなくなった。
「榎田と付き合うからこんな目に合うんだよ」
「冗談でしょう?」
声が震えた。
「まさか男に振られてこんなことをしているの?」
「五月蝿い!!」
一人の子は逗子杏菜たちとは全く関係ない子だったから教えてくれなかった。
でも榎田君は御手洗珈乃香から中学の時に告白された一人だと教えてくれていた。
トンと突き飛ばされた。
私は後ろ手にフェンスを掴んでいたので落ちることはなかったけれど、フェンスを掴んでいなかったら落とされる勢いがあった。
「今、本気だったよね?」
「死ねって言ってるだろう!」
御手洗珈乃香を私も押した。
御手洗珈乃香は足元をふらつかせて背後へと倒れた。
落ちることなくフェンスと20cm程の壁の間に挟まった。
落ちればよかったのに。そんなふうに思いつつ私は御手洗珈乃香がいるのとは反対方向に足を進めた。
ぐるっと一周したらフェンスの穴からフェンスの内側に戻れるかもしれないと思った。
御手洗珈乃香の唸り声と怨嗟の声が聞こえて場所を考えずに私に向かって走り寄って来る。
誰かが御手洗珈乃香に向かって叫ぶ。
「危ないから走るの止めなさい!!」
「あっ・・・危ない!!」
「珈乃香!!」
御手洗珈乃香は足を踏み外して体が校舎の外側へと傾いで行く。
ゆっくりスローモーションのように。
御手洗珈乃香は般若のようなような顔から驚きに代わり、恐怖へと移り変わって見えなくなった。
私はとにかくフェンスの内側に戻りたくて来た方向に戻って、フェンスの穴をくぐることができた。
震える膝で立っていられなくなってへたり込む。
スマホを取り出そうとしてスマホを落とす。
落としたまま110番をタップすると直ぐに繋がる。
スマホの向こう側でなにか言っているけれどそれには答えられず頭に浮かんだ言葉を紡ぎ出す。
「誘拐されてナイフで脅されて、屋上から飛び降りろって言われて、足を踏み外した御手洗さんが落ちた!助けて!!もう一人いるの!!」
「おまえっーーー!!!」
逗子杏菜が私にカッターを向けて迫ってくる。
「助けて!!助けて!!」
「殺してやる殺してやるーー!!」
「いやっ!止めて!」
私はスマホを握りしめて立ち上がって逗子杏菜から遠ざかろうと足を動かす。
他の5人は遠巻きにそれをただ見ているだけ。
スマホの向こうからなにか声がするけどそれに返事する余裕はない。
私の状況を伝えることしかできない。
「カッターを持った逗子杏菜に追いかけ回されて・・・ここは〇〇高校校舎屋上。助けて!!扉には南京錠が掛けられていて階段から入れないのっ!」
設置されたベンチを挟んでクルクル逃げ回る。
逗子杏菜がベンチの上に立ち上がってベンチの背を乗り越えて私の方に飛び降りてきた。
私はまたベンチを挟んで逃げ回る。
息が苦しい。
「お願い。早く来て。殺される。犯人は他にも5人いる。對比地陽恵、太鼓地沙友里、上水流巴菜、太刀掛和心、二艘舟英麗華!!」
「違うわ!!私たちは犯人じゃないわ!!」
遠くから太鼓地沙友里が叫んだが電話の向こうには聞こえないだろう。
また逗子杏菜がベンチの上に立つ。私は力一杯逗子杏菜を突き飛ばした。
ベンチから逗子杏菜が背中から落ちていく。
強くお尻から落ちて背中をぶつける。
その反動でカッターが手から離れた。
カッターを拾い上げて、スカートのポケットに入れる。
急いで誰も居ないところへと逃げる。
震える手と息が切れる声でスマホを耳に当てる。
「カッターは取り上げました。でもまだなにか持っているかもしれません」
『そちらに向かっていますから、もう少し頑張って!!」
「扉に南京錠が掛けられているので階段から入ってこれないかもしれません」
遠くからこちらに向かってくるサイレンの音が聞こえる。
それをこんなに心強いと思ったのは初めてだった。
早く来て!早く!早く!!
ヘリコプターの音がして見上げると直ぐ真上にいて、TVドラマのように全身真っ黒な人たちがヘリコプターからロープを伝って降りてきた。
それを見て私は立っていられなくなって、その場にへたり込んだ。
それからは大騒ぎになった。
何十台ものパトカーや車が校庭に止まる。
救急車も来ていた。
御手洗珈乃香は生きていた。
ただ一生歩けないだろうと教えてもらった。
長い長い事情聴取が何度も繰り返され、他の5人は被害者だと言ったけれど、計画当初犯人側にいたことが逗子杏菜の従兄弟、逗子衛一が証言した為に犯人の一味として勾留された。
残念なことにそれほど大きな罪には問えないだろうということだった。
ただ高校は全員退学になった。
私は暫く被害者としてTVや記者に追いかけ回されることになった。
母は母方の、父は父方の兄弟の家に暫く世話になることになった。
私も高校の近くに住んでいる父方の祖父の家にお世話になることになった。
高校にも記者が取り巻いたが、学校側が対処してくれた。
バイトは辞めることにした。
登下校は榎田君が付き添ってくれている。
祖父の家で時間のあるときは一緒に勉強している。
祖父母はそれを穏やかな目で見ていてくれる。
時折夢を見て飛び起きるけれど、それ以外は日常が戻ってきた。
1ヶ月もすると別の大きな事件が起きて私と両親は自宅へ戻ることが出来るようになった。
バイトは店長の計らいで戻れることになった。
榎田君と同じシフトのときは榎田くんが送ってくれて、シフトが違うときは両親のどちらかが迎えに来てくれる。
2年生の2学期になる頃には事件はなかったかのようになった。
逗子杏菜と御手洗珈乃香は4年の実刑。
他の5人と逗子衛一は1年6ヶ月の実刑。と判決がおりた。
両親は不服を申し立てると言っていたけれど、私はもう関わりたくないからそれでいいと両親に伝えた。
両親は民事裁判を起こしていて、それも示談となった。
私は17歳で二千万を超える貯金ができた。
それが私が受けた被害に見合うのか見合わないのかは解らない。
現代日本と言い切れないのが、裁判の判決内容が正しいかわからないのと、民事裁判で8人相手に示談で2000万円を超える金額がもらえるか解らなかったからです。
学校選択制は実在します。
ただ実施している地域がどれくらいあるのかも知りません。
学年途中で選択できるのかちょっと解りませんでした。