汗っかきの少女
「あなた、また髪留めがグッチョリよ」
慣れたようにデリラはすぐに目を逸らした。
「汗だから汚くないわよ」
キャンデラはハンカチで汗を拭った。
そのハンカチも既にひどく濡れていた。
キャンデラ…いや、キャンドル。
クラスメイトだけでなく校内中からそう呼ばれていたので、そう呼ぼう。キャンドル。
「オーダーするよ、ピンク・ガジェット校の蝋燭は君だけだ、キャンドル!」
男子学生が理科のろうそくを折ってキャンドルに投げ捨てた。
「なにもかもが嫌よ」
「(また校舎裏で泣くのかしら…?)そうね」
デリラは冷めたままだ。
デリラは友達のような、しかし間違いなく他人だ。
校舎裏でキャンドルは母の写真に額を擦らせてくしゃっと顔を歪めた。
大事な写真は汗で濡れた。
キャンドルは母親を少し前に亡くしていた。
キャンドルは生まれつき多汗症だったため、汗が絶えない。
そのせいでいじめられていたが新学期は特にひどい。
特にいじめの常習は男子学生のピアース。
蝋燭を投げた後彼がリグレーガムを噛んでいる姿を思い出した。
「ガムなんて噛んじゃいけないのよ?
ルールを守らない子は嫌いよ!
それが子供なら尚更だわ、子供だから許されることなんてないもの」
「変なバンドが流行っているものね?
性の銃たち?私も嫌いよ」
追ってきたデリラは囁いた。
彼女も世間に流されてレコードを買いに行く予定だったのだが。
「シドもベルセンを歌にするなんてね?毒ガス室なんて」
「デリラよく知ってるわね、もうあなたそれってファンじゃないのかしら」
デリラは口を滑らせた。
「キャンド…キャンデラ。私クラシックギターの音が嫌いよ、おまけに安いポップドラムの音が加わるともっと嫌い、とても聴けないのよ」
「いいのよ、もう私をほっといて」
キャンドルは教室へと早足で歩いた。
(誰も信用できないわ)
新学期に「五月はものみな新たに」を歌わなければならない。
歌唱を評価されるために一人ずつステージで歌うのだ。
「ペンデュラムには出るのー?」
遠くからデリラの声がしたが知らんぷりをした。
(ちゃんと歌唱会って呼ぶべきだわ。
ペンデュラム?おふざけも過ぎると間違いよ)
歌唱会は来週に迫っていた。
音痴なキャンドルにとって最悪のイベントだった。
しかし子供の頭というのは世界が狭く、逃げ場がないものなのだ。