『自分に関するクイズを出し合う』というレクレーションをクラスで催したところ、氷の女王の異名を持つ雪村さんが、俺のクイズだけ異様に正解してくる!?
「じゃあ次が最後の問題な! 俺の一番好きな戦国武将は誰でしょーか?」
教卓に両手を置いて前のめりになりながら、藤木がクラス中を見渡しながらそう言った。
その途端、「んなもんわかるかよー」とか「藤木って戦国武将に詳しかったっけ?」といった声が、方々から上がる。
「さあさあみんな、書いて書いてー! 俺のことちゃんと見てくれてたら、わかるはずだぜー」
これでもかとウザいドヤ顔をキメながら、ふんぞり返る藤木。
みんな、やれやれといった様子で、手持ちのスケッチブックに答えを書き始めた。
俺がこの高校に入学して、早や二ヶ月。
そろそろみんながどれくらい親しくなったか確かめるためと言って、担任の先生がこうして、『一人三問、自分に関するクイズをみんなで出し合う』というレクレーションを開いたのだが、俺のように未だに友達が一人もいないボッチ男には、ハッキリ言って拷問以外の何物でもない。
そもそも俺はまだ、クラス全員の顔と名前すら一致していないのだ。
そんな状態で答えが当てられるわけがないだろう。
当然今の藤木の問題の答えも、見当もついていない。
だがかといって何も書かないのも、それはそれで忍びないので、俺は適当に『織田信長』と書いた。
「よーし、みんな書き終わったなー? じゃあ一斉に答え、オープン!」
藤木のウザい号令で、みんながスケッチブックを掲げる。
やはり俺と同じく、『織田信長』と書いた人が一番多いようだ。
そんな中、クラスの視線は、俺の隣の席の、雪村朋子さんの答えに集中していた。
そこには今回も――『わかりません』と、達筆で書かれていた。
……お、おぉ。
「あ……そうですか……」
藤木のテンションが露骨に下がった。
まあ、とはいえ、これはしょうがないことだろう。
何せ雪村さんはこれまで出された、クラスメイトの問題全てに対して、『わかりません』しか書いていないのだ。
流石『氷の女王』の異名を持つだけはある。
男女問わず魅了する、絶世の美貌を持っているにもかかわらず、普段は誰かと会話することは滅多になく、いつも教室で一人本を読んでいる様は、まさに氷の女王。
単に友達がいないだけのボッチな俺とは、ある意味真逆の孤高の存在。
それが雪村さんなのである。
「で? 答えは何なんだよ藤木ー?」
「あー、うん。答えは『本多忠勝』! 戦場では一度もかすり傷一つ負わなかったとか、滅茶苦茶カッコイイだろ!?」
ほほう、なかなか渋いチョイスをしてくるな。
藤木と仲のいいやつらの間では有名なネタだったのか、藤木がいつもつるんでいる三人組の男子生徒は、いずれも正解していた。
「よし、では、次は福永の番だな」
「あ、は、はい」
先生に名前を呼ばれ、おずおずと前に出る俺。
クラスメイトたちの冷ややかな視線が、妙に痛い。
そりゃそうだよな。
俺のことなんて、誰一人興味なんかないだろうし。
まあいい。
このために、俺の問題は至って無難なものだけを用意したからな。
「で、では、第一問です。俺の身長は、何センチでしょうか?」
途端、「身長ー?」とか「んー? 170ちょいくらい?」といった声が方々から上がる。
よし、これなら見た目で何となくはわかるし、そこまで大ハズレされることもないだろう。
因みに先日の身体測定で測った時は、俺の身長は173.4センチだった。
みんなが書き終わったであろうタイミングを見計らって、俺は「答えをオープンしてください」と言った。
一斉にスケッチブックが上がる。
やはり『172センチ』とか『173センチ』とかが多い。
そんな中今回のみんなの注目も、雪村さんの答え。
まあ、もちろんまた『わかりません』なんだろうが。
「「「――!!?」」」
が、雪村さんのスケッチブックには、『173.4センチ』と、達筆で書かれていたのであった。
んんんんんんんん????
途端、みんなが「で!? 答えは!?」とでも言いたげな顔で俺をガン見してくる。
「あ、えーと……、答えは『173.4センチ』、です」
「「「……!!」」」
みんなが息を吞みながら、再度雪村さんの答えを確認する。
そこには何度見ても、『173.4センチ』と書かれていた。
「オイ、どういうことだよこれは、福永ァ!?」
藤木が立ち上がって、涙目で俺に抗議してくる。
「い、いや、た、たまたま。たまたまだと思うよ!」
うん、そうだ。
そうに決まってる。
あの雪村さんが、俺のことになんて興味があるわけないんだから。
「そ、そっか、たまたまか。うん、そりゃそうか」
納得したようで、ポスッと腰を下ろす藤木。
よし、今のうちに次の問題にいってしまおう。
「えー、では第二問。俺の体重は何キロでしょうか?」
これまた我ながら無難な問題だと思う。
身長が判明したのだから、それを踏まえれば見た目と合わせて、誰でもある程度は推測できるからな。
因みに身体測定の時は『65.6キロ』だったが、今朝測ったら『65.4キロ』だった。
みんなの答えも、案の定『65キロ』とか『66キロ』とかが大多数を占めている。
そんな中、雪村さんの答えは――。
「「「――!?!?」」」
雪村さんのスケッチブックには、『65.4キロ』と書かれていた――。
そ、そんな――!?
「オイ、福永、答えはッ!?」
藤木が鬼気迫る表情で訊いてくる。
流石に噓をつくわけにもいかないので、「65.4キロ……です」と気まずく呟くと、藤木は「マジかよ……」と真っ白になりながら、天を仰いだ。
ど、どういうことなんだよこれは……。
恐る恐る雪村さんを窺うと、雪村さんはいつもながらこの世のものとは思えないくらいの、無表情ながらも美しいお顔で、じっと俺を見つめていた。
俺の胸が、ドクンと一つ跳ねる。
な、なんで雪村さんは俺の問題だけ、こんな的確に当ててくるんだ……?
「――!」
その時だった。
俺の中に、天啓とも言うべき、一つの仮説が浮かんだ。
いや、まさか……、そんなわけ……。
……よし、一か八か、確かめてみるか。
「で、では、最後の問題です。俺が幼稚園時代に、幼馴染から呼ばれていたあだ名は何でしょう?」
俺は急遽、用意していた問題とは別のものを出題した。
これで俺の仮説が合っているかがわかるはず――。
当然クラスメイトたちは答えがわかるはずもないので、一切ペンすら動かさず、みんなじっと雪村さんの動向を窺っている。
そんな中雪村さんは、淀みなくペンを走らせ、スケッチブックを掲げた。
――そこには『ヤッチョ』と書かれていた。
……嗚呼!
「ふ、福永……、答えは?」
ゴクリと唾を呑みながら、クラスメイトたちが俺の答えを待つ。
俺は深呼吸を一つしてから、「答えは――『ヤッチョ』です」と、ハッキリと言った。
クラス中から、「おぉ……」という感嘆の声が上がる。
「……本当に……、トモちゃんなの?」
俺は震える声で、雪村さんに訊く。
「うん、私だよ、ヤッチョ」
雪村さん――いや、トモちゃんは、春の木漏れ日みたいな笑顔で、そう答えた。
本当に、トモちゃんだったんだ……。
――俺とトモちゃんは、家が隣同士の幼馴染だった。
同じ幼稚園に通っており、いつも一緒に遊んでいた、唯一無二の存在だった。
俺の下の名前は康之なので、トモちゃんからは『ヤッチョ』と呼ばれていた。
……だが、小学校に上がるタイミングで、突如トモちゃんは引っ越してしまい、それきり。
それがまさか、こんな形で再会するとは……。
当時のトモちゃんは、どちらかというとふくよかで、いつもニコニコ笑っている子だったから、今とのあまりのギャップに、今日まで全然気付かなかった。
それに――。
「トモちゃんの名字って、『田中』だったよね?」
それが一番、俺が気付かなかった理由だ。
「うん、小学校に上がるタイミングで、両親が離婚して……。私はお母さんの旧姓に変わったの」
「……そうだったんだ」
そういうことか。
そう考えると、諸々に辻褄が合う。
子どもの頃の俺は気付かなかったけど、トモちゃんの引っ越しの理由は、両親の離婚だったんだ。
そしてトモちゃんの雰囲気が前と全然変わったのも、やはり両親の離婚が理由の一つなのかもしれない……。
「……ごめんね、今まで気付かなくて」
俺は涙をグッと堪えながら、トモちゃんに謝る。
「ううん、いいの。今日気付いてくれたから。私はそれで十分だよ、ヤッチョ」
……嗚呼、トモちゃん!
「うん、それじゃあ、次の出題者は、雪村だな」
クラス中がエモい雰囲気に包まれる中、先生が空気を読んで、そう促した。
「はい」
俺と入れ替わりに、みんなの前に立つトモちゃん。
トモちゃんがどんな問題を出すか、クラス中が固唾を呑んで見守っていると――。
「では問題です。――私が幼稚園時代に好きだった男の子と交わした、約束は何でしょう?」
「「「――!!!!」」」
トモちゃん――!!
クラス中の視線が、俺に集まる。
俺は震える手でスケッチブックに答えを書き、それを掲げた。
そこには、『大人になったら結婚する』と書いてあった。
「フフ、正解です」
トモちゃんのヒマワリみたいな笑顔が咲き誇った。
クラス中から、「うおおおおおおお!!!!」という歓声が上がった。
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2023年10月3日にアイリスNEO様より発売した、『ノベルアンソロジー◆訳あり婚編 訳あり婚なのに愛されモードに突入しました』に収録されております。
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