まじないと魔道具
中世時代のチャーム、所謂お守りというのは、神の力を通して悪しきものから身を守る、というコンセプトで使われる事もありました。
チャームテキスト、また、呪文とも呼べる文字が、北ヨークシャーで見つかった中世時代の十字架の中にあったそうです。中身が刳り抜かれたキリスト像の中二枚の羊皮紙が見つかり、内一つにラテン語で「全てのエルフ(妖精)、悪魔、そして悪しき者」に対し、神の名の元、「夜も昼もこの神のしもべに害を与えるな」と命ずる文字が綴られていました。そしておそらく、おまじないとしての効力を挙げる為に、聖者の名前ややキリストの生涯も書かれていたそうです。また、この呪文(祈り)を唱える時に、どのタイミングで十字を切るのを解り易くする為、文字の合間に十字架(♰)のスケッチも含まれていました。
この様なチャーム・呪文はかなり一般的だったそうです。こういった呪文を書いたり、もしくはチャームの刻まれた素材というのは、様々な不運や困難、病気から守ってくれると広く信じられていたそうです。これらのチャームや呪文というのは、あくまで神の力を通して使われていると信じられていたので、多くの人は魔術を行っているつもりではありませんでした。
文字だけではなく、「保護印」というのもあります。一部の中世時代の建築物の石や木材に、幸運を呼び寄せる、もしくは邪悪なものを遠ざける事を目的とした形や模様が刻まれていたりもします。一番解り易いのが十字型(♰)ですが、今では悪魔学や邪悪な魔術と連想される五芒星(⛥)も、中世イングランドでは「ソロモンの印」として、比較的ポジティブな解釈をしていました。「ソロモンの印」は、旧約聖書のソロモン王の所有する動物と話す能力、及び悪魔を操る能力を与える指輪にちなんでいました。アーサー王の騎士の一人、ガウェイン卿の盾にもこの五芒星が刻まれている(という設定)です。
故に、五芒星は中世時代の落書きにそれなりの頻度で登場します。しかし、もっとよく見かけるのが「デイジーホィール」、ヘキサフォイル(六つの円弧を重ねて出来る図、コンパス一個で可能)です。ハサミ等でも簡単に作れる図だったので、実は一般の家や道具にも度々刻まれます。何故この図が好まれて書かれたのかは残念ながら解りません。しかし、一説ではこれらの様に、線がループし、なぞれば終わりのない図は、邪悪な力を捕らえて閉じ込める、というのがあります。
さて、他者を呪う魔術というのは世界各地で聞く話ですが、勿論中世イングランドも例外ではありません。説明の出来無い突然の死や病、狂気というのは、しばしば魔術と関連付けられました。
人に直接害を与えずとも魔術や呪いで悪さをする人間は他に、飢饉や悪天候を起こすとも考えられていました。魔女裁判の記録にも、所謂呪いの手法がしばしば残されていますが、その一つが蝋人形を用いた呪いです。相手(呪う人)の蝋人形を作った後、針で刺すという簡単なものですが、曰く、頭を刺せば相手は狂い、心臓を刺せば相手は死ぬそうです。
直接害を与えずとも、人の感情を操る魔術もあると考えられていました。惚れ薬や、逆に憎しみを増加させる薬やポーションです。こういった薬は、ヒキガエルの骨を用いて作られた、という話もありました。
他に、不吉の前兆や悪い未来の予言者として考えられていたカラスも、男がオスのカラスの心臓を持ち、女がメスのカラスの心臓を持てば、幸福な結婚生活を送れるという話もあります。
最後に杖やステッキです。魔法の杖と言うのは、何世紀にもわたって魔術師や魔法使いと結びついてきました。何らかの儀式に必要な事もあれば、杖そのものに魔法の力がある場合もあります。「マビノギオン」(西暦1350年~1410年頃)のには、杖で人を動物に変えたウェールズの魔法使いグウィディオンのことが書かれています。
また、中世後期には、杖は宝探しと結びついていたりもします。15世紀にケンブリッジシャーの魔術師ロバート・バーカーは、宝探しの際に使用する魔法の書物やお守り、そして金色の杖を所持していた、と伝えられています。
錬金術に関する文献にも、金属を探すための杖について触れられています。バジル・ヴァレンタインの遺言(西暦1671年)には、「光る棒」、「震える棒」、「優れた棒」を含む7本の棒がに関する記述があります。これらは、地中に埋まっている貴金属の「息」を感知するものだったそうです。
魔法の儀式に関する記録には、特殊な木材で作られ、神秘的なシンボルが記されたロッドや杖についての記述もありました。魔道書…あるいは魔術の手引書とされる『ソロモンの鍵』によると、魔法の杖はハシバミの木で作られ、水星の日(水曜日)の日の出とともに切らなければならない、と説明されているそうです。魔法の杖としての木はハシバミが最も有名ですが、他にも、ナナカマドは家畜を魔女や妖精から守れる、オークは保護や占いに使える、等あります。




