ロゼ 2
「は?」
女は出ようとするが「無銭飲食」の言葉で立ち止まる。
「は?じゃねぇーよ。金も払わず出ていくんだから警察に通報されても仕方ねぇだろ」
女の態度に腹が立ちすぎて言葉遣いが悪くなる。
「あ、お兄さんは自分の分払って仕事に戻っていいよ」
廣瀬がいても役に立たないし邪魔になる。
後は自分がやるからと言って追い出そうとする。
「でも……」
これは自分達の問題なのに他人のロゼに押し付けていいのか迷う。
自分がいても何の力にもなれないし迷惑をかけるだけかもしれないが、いるべきなのではと思い立ち去れない。
それに自分が彼女の分も払えばロゼにも店員にも迷惑をかけずに済む。
いっそそうした方がいいのかもと思い「彼女の分も払います」と言おうとしたら、そんな考えを見透かしたかのようにこう言われた。
「大丈夫だから心配しないで。それにお兄さんのお金はお兄さんが一生懸命働いて稼いだお金でしょう。それを他人が勝手に使おうとするのはおかしいわ。お兄さんが納得して使うんならまだしも、そうじゃないのなら他人のために使うべきじゃない。それはお兄さんのためにも彼女のためにもならないよ」
「……」
ロゼの言葉を聞いていた人は皆その通りだと思った。
「それと彼女の態度からこういうことは一度や二度じゃないと思うのよね。他にも被害者がいるじゃないかな。今ここでお兄さんがそれは間違っていると教え、きちんと自分が食べた物は自分で払うべきって教えることが彼女のためにもなると私は思う。お兄さんはどう思う?」
「僕もそう思います……」
ロゼに言われ会社の同僚や後輩、女性達が言っていたことを思い出す。
相談があると言われ一緒に食事に行ったら会計で「先輩、今日はご馳走様です。とても美味しかったです」と定員の前で言われ、内心「は?」と思いながらも「自分の分は自分で払って」とは言えず毎回奢らされる羽目になると。
何人かは関わるのをやめたらしいが、それでも一部の男性からは可愛いがられているので、その人達からは嫌な女達だと度々顔を合わせると空気が重くなる時がある。
廣瀬は自分がやられたことはないから噂に尾鰭がついているくらいだと思って信じてなかったが、今日女から「相談に乗って欲しいから、一緒に食事をして欲しい」と言われ最初は大して仲良くもないし断ろうとしたが、プロジェクトのことで言われ了承してしまった。
いざ相談を聞こうと思ったら、プロジェクトのこととは関係なく女の先輩達に嫌われて困っているから助けて欲しいと言われ、食事を了承したことを後悔した。
正直に言うと女性陣に嫌われるのは自業自得だと思っていた。
仕事は碌にしないで他人に任せ男達と話す。
そんなの女性陣だけではなく普通に誰だって嫌いになる。
それでもプロジェクトを成功させるために仲良くすべきだと思っていたのに、その気持ちを踏み躙られ噂通りの子なんだなとガッカリした。
「というわけだから、自分が食べた分は自分で払いな。払わなければ通報するからね」
幸い会計待ちは自分だけなので他の人に遠慮する必要はない。
「何なのよ、あんた。大体あんたには関係ないことでしょう。それなのに、一体何様のつもりなのよ」
廣瀬が自分の分だけを払い一緒に払わなかったせいで、自分で払わないといけなくなり腹を立てる。
「確かに、私には関係ないわ。でもね、あんたみたいな女のせいでちゃんとしてる女達が馬鹿にされるのは嫌なの。女は奢ってもらうのを当たり前だと思ってると勘違いされるのは腹立つの。自分の分は自分で払ってる人もいるのに、貴方みたいに勝手なことをするせいで馬鹿にされるのは嫌なの。別に奢られるのが悪いって言ってるわけじゃない。奢りたい人だってこの世にはいる。でもそれはその人が納得して奢るわけでしょ。勝手に決めていいわけじゃない。それに奢りたくない人も奢られたくない人もこの世にはいるの。そんなに奢られるのが好きならそういう人とご飯に行けばいいでしょう」
「……」
女は何も言い返せず顔を真っ赤にしてロゼを睨みつける。
ここまで言っても何も響かないのね、と女に呆れる。
もう放っておこうと思い、相手にするのをやめようとしたら廣瀬の申し訳なさそうな顔が視界に入り気づけば口が勝手に動きこう言っていた。
「それに私何でも屋だから困ってる人がいたらほっとけないの。職業柄ね」
だから貴方が気に病む必要はないと伝えるつもりが、女の息を吹き返してしまう。
「何でも屋」
馬鹿にしたように言う。
女は大手会社の社員。
給料はいい。
それだけで自分は他の女よりも価値は高いと思っている。
それに加えて美貌。
男に告白されるのは当たり前だったし、誰もが羨むイケメンとも付き合ったことがある。
それに比べてロゼは何でも屋。
顔は綺麗でスタイルもいいが総合的に見たらどっちが選ばれるかなんて決まっている。
勝った。
ロゼに対してそう思った。
「そうよ。何かおかしい?」
見下すようなニヤケ面につい我慢出来ずにぷっと笑ってしまう。
「ええ、凄くね」
「どこが?」
「言わなくてもわかるでしょ。もしかして、わからないの?」
「ええ、わからないわ」
どうせ何でも屋と聞いて馬鹿にしているのだろう。
職業だけで女の価値が決まると思っている女の頭の悪さにまた笑いそうになる。
もしロゼの人脈と稼いでる金額を知ったら、どんな態度になるか気にはなるがそんなのでマウントを取るのは人として恥ずかしいのでやめる。
「貴方、馬鹿なのね」
「そうかもね。でも、貴方はもっと馬鹿ね。馬鹿な私に人としてのあり方を言われるんだから」
ニッコリと笑う。
それを聞いた定員がぷっと吹き出すように笑い、すぐに「すみません」と謝る。
女は店員にも笑われ顔を真っ赤にして怒るも何も言い返せず黙り込む。
「ほら、早く払いなさい。自分で食べた物くらい自分で稼いだお金できちんと払う。それが大人でしょ」
「〜っ、払えばいいんでしょ。払えば」
二千円を置きさっさと出ていく。
「(財布は無いと言ってたのに、やっぱ持ってたのね)」
ロゼは嘘をつくなら最後まで突き通せよなと思った。
店員が「お客様、お釣りが」と声をかけるも無視して出ていく。
女が出ていくと店中から拍手が湧き賞賛される。
ロゼは急に恥ずかしくなり会計を済ませ店からさっさと出ようとする店員に「凄くかっこよかったです」と言われ「ありがとう」と返事をしてから出る。
店から出て「やっちゃったー」と後悔する。
ロゼが項垂れていると後ろから「あの、ありがとうございました。お陰で助かりました」と廣瀬からお礼を言われる。
「あ、いえ。寧ろすみません。私のせいでこれまでの関係が台無しになりましたよね」
自分がムカついたからと言って出しゃばるべきではなかったと反省する。
「いえ、元々大して仲良くもなかったですし。プロジェクトでチームを組まされて話すようになったので別に問題ありません」
「あ、そうですか。それならいいんですが」
嘘を言っているようには見えないので本当に仲良くも無いし、関係が悪くなっても困らないのだろう。
笑ってるくらいだから寧ろ喜んでそうだ。
「はい。それで、その……」
「もしかして、依頼ですか?」
さっきロゼが「何でも屋」と言ったときから廣瀬が何かを考え込み、チラチラと視線を送っていたのに気づき何か依頼でもあるのだろうと思った。
「……はい、そうです。助けてもらったばかりでお礼もできてないのに申し訳ないんですが話を聞いてもらえないでしょうか」
「勿論です。遠慮せずに話してください。それとお礼は結構です。私が彼女にムカついたから思ったことを言っただけです。なので、気にしないでください」
「そう言って貰えると助かります。実は私のことではないんですけど……」
「あ、ちょっと待ってください。場所を移しましょう。流石にここでは……」
まだ店の前から大して動いてない。
ここで話すのは店の中にいる人達からも見えているので恥ずかしい。
それに廣瀬の様子からして話しは長くなりそうだ。
「あ、そうですね。少し離れた場所に知る人ぞ知る美味しいケーキが出る喫茶店があるんです。そこに行きましょう」
ケーキの言葉に目を輝かせ「行きましょう」と向かう。




