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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

魔女のいなくなった世界

作者: 成若小意

 運が悪いことに、異世界に落ちてしまったようだ。巨大な蟻地獄のような黒い渦を抜けて、私は今までいたところとはまるで異なる世界にやってきてしまった。


 さらに運が悪いことに、ここは治安がいいようにはとても思えない。荒れた土地。枯れた木々。崩れた建物。


 荒廃とした世界だ。


 先程の爆発のせいで、そのわずかな木々や建物すらも爆心地からきれいに放射線を描くように外側に倒れている。これからどうすればいいのか途方に暮れていると、野犬の鳴き声までしてきた。


 どうにか石を使って追い払う。


 ふと物陰から音がして、振り向く。そこには人が隠れていた。こちらを伺うようにしてそっと警戒しながらも、出てくる決心をしたようだ。


 人がいたのはいいが、どんな人物かわからない。こちらも警戒しながら、しかしこんなところで一人でいても仕方がないので、いい人であることを願いながらこちらからも一歩踏み出す。


 しかし願いは叶わず、重そうな銃を向けられた。






 出てきた男は中肉中背。髪を清潔に短く刈り込み、造りはさわやかそうな顔立ちをしているが眉間にしわが寄って険しい表情をしている。銃を下ろす気配もない。この世界は今までいたところとまるで異なり、どうやら人と人が奪い合いをする世界らしい。


 最悪だ。


 銃口を向けられて、こちらにできることは何もない。ただ敵意がないと思ってもらいたくて、とりあえず手を上げて笑ってみせる。


「無害ですよ」と。


 ここで一人でいても何もできることはない。銃を向けるような野蛮人だけれど、一人でいるよりかはマシだ。敵ではないと思ってもらって、他に人がいるところまでなんとか連れて行ってもらおう。そう考えた。







「無害、か。こんなところで何をしてたんだ」


 怪しまれるのは当然だ。空から落ちてきましたよ、なんて通じるわけがない。その証拠に、男は銃を下ろす様子はないし、その目は疑念に満ちている。


 いる場所がおかしいとはいえ、私のように何も持っていない年若い女に対してもここまで警戒心を見せるということは、それほど治安の悪い地域ということかもしれない。


「記憶が……ないのです」


 とりあえず、ここに来たとき訳のわからない状態になったのは確かなので、まるで嘘というわけではない。細かい説明もせずに済む。とりあえず今この場を乗り切るのが大切だ。変に怪しまれて撃たれるのは嫌だ。痛い思いはしたくない。


「……」


 完全に信じた訳ではないようだが、少し何か考えてはくれているようだった。


「なにか企んでいるわけではないな?」


 疑り深い人間だ。信じてくれてもいいではないか。そう思いながら、


「気がついたらここにいたのです」


 そう正直に話した。


 すると男は考える時の癖なのだろうか、左下に目をやり、ちょっと考えたあと銃を下ろした。


「悪かった。国営軍本部から厳戒態勢令が出ているのは知っているだろ? それなのにこんなところにウロウロしているのがいたから警戒した」


 厳戒態勢令とはなんだろう? 今は非常事態なのかしら。それに、国営軍とはなんとも物騒な言葉。でもこの男は知っていて当たり前な口ぶりをしている。それなら知っているフリをしなければ。また疑われたはくない。


 ……しかし、ボロが出てしまってもいけない。先程の記憶喪失の設定をこのまま使わせてもらうことにしよう。我ながらいい設定を考えついたものだと思う。


「ごめんなさい。それも記憶になくて……。外に出ては行けなかったのですね」


「……そうだ。とりあえず移動するぞ」






「あなたはここで何をしていたのですか?」


 そう男に尋ねてみた。こんなところにいる私もおかしいが、この男も同じくおかしい。


「……俺は魔女を探していた」


 それで私を見たときに警戒してしまったのか。さらに男は国営軍の軍人だという。その中でも魔女狩部隊に最近編入されてしまったそうだ。


「魔女がいるのですか?」


「それも忘れたのか?」


「え……と。そうです」


 ボロが出ないようにしないと。それでも、情報を集めなければならない。


「魔女とは?」


「3年位前から魔女からの攻撃を受けているだろ。ああ、それも知らないのか。最初は他国からの攻撃かと皆思ってたんだがな」


 男の話によるとこの世界には魔法なんてものはなく、突然の空中からの砲撃のような攻撃に驚愕したのだそうだ。


「これからどこへ行くのですか? 魔女探しは?」


「探すのはもうやめるよ」


「なぜですか?」


 そう尋ねると、男は笑みを浮かべた。どこかぎこちなく、うさん臭さが零れている。






 男が言うには、魔女狩部隊は独身者が選ばれるそうだ。彼は嫌で嫌で仕方がないとも言っていた。恐ろしい魔女に会うなんて嫌だ。そもそも正体不明な魔女を見つけ出すなんてほぼ不可能に思えた、と。それなのに厳重警戒地域に目的を果たすまで滞在しなければならないらしい。


「外れくじを引いた気持ちだ。そもそも妻子がいる奴なんて生物的な目的を一つ果たしているんだからもういいだろう。俺はこれからだ。十分幸せな奴らが生き残って、不幸な俺みたいなやつが不幸な目に合うなんて馬鹿げている」


「口が悪いですね。あなた人に嫌われているのではないですか?」


「どうせ長生きできない。本音で話して何が悪い」


 その後も男は頭を抱えながらグチグチと口の悪いことを話していた。この男について行こうとしたのは失敗かもしれない。しかし、他に選択肢がないので仕方がない。そう思っていると、男が突然こちらを向いた。


「決めた。君に提案をしたいことがあるんだ。俺の恋人、いや、婚約者のふりをしてくれないか?」


「ええ!?」


 唐突なる申し出に驚いてしまう。


「君にとっても悪い事ではないと思うよ。こんな所にいたのだから、このさき君はどこかしらで調査される。運が悪ければ強制収容だ。しかも記憶がないのだろう。そんな怪しげな人物は調査も厳しくなる」


 男にそう言われて、なるほどと思う。


「婚約者がいるだけでも魔女狩部隊から離れられるのですね?」


「賢いな。そういうことだ。」


 悪くないかもしれない。本当にこんな男と結婚するのであれば嫌だけれど、婚約者でしかもフリだ。この地に馴染むにしても一緒にいれば行動がしやすいかもしれない。


「わかったわ。婚約者のフリをします」






 男は携帯食料を持っていたので、爆心地から移動して二人で廃屋に入り食事を摂ることにした。


 建物に入るときに戸を開けておいてくれたり、さりげなく座る場所に上着を敷いてくれたりと、男は意外な面を見せた。この調子なら、婚約者としてしばらく一緒にいても楽しいかもしれない。


「それで。これからどこへ行くのですか?」


 目的地をまだ聞いていなかった。できればこの男の所属する軍本部に行きたい。人が多くいるところの方がこれから先何かといいだろう。


「軍の本部へ行くのですか?」そう聞いてみた。


「いや、行かない。というか、行けない」


 予想外の返答に困惑する。なぜ行けないのかしら。それは困る。何のためにこんな男と行動を共にしていると思っているのか。


「俺は軍を裏切ってしまってな。行くに行けないんだ」


 最悪だ。つまり私は今裏切り者と一緒にいる。






 計画を変更しなくてはいけない。この男と一緒にいても裏切り者として拘束されるだけだろう。何とかしてこの男のそばを離れなければ。


 そうこうしているうちに日が暮れた。そしてそのまま、たまたま廃屋にあったベッドに寝ることになった。部屋が分かれていたのでそれぞれ別の部屋で眠る。この隙に逃げ出すしかない。


 そっと静かに移動していたはずなのに、抜け出そうと思っていた窓の外に男が立っていた。そして、


「銃は怖くないのか?」


 またしても銃を向けられた。なんてひどい男だ。







 ◇◇◇(冒頭に戻る)

 最悪だ。

 俺の所属する軍の部隊が壊滅した。魔女狩部隊に抜擢されてからこうなることも予想していたが、思っていた以上に凄惨な状況だ。


 しかも、()()()()()()()()()()()


 何が起きたのかわからないが、轟音とともに建物がなぎ倒されていた。俺は運よく強固な建物の裏にいたので無事だったが、仲間は皆吹き飛ばされた。


 もうここから動きたくなかったが、そっと音がした方を覗いてみる。そこには女と、空想の生物図鑑に出てくるような()()()()()がいた。女は何をどうやったのか、廃屋の一部を魔法のように――いや、あれが魔法か――魔法を使ってケルベロスを追い払っていた。


 どうやってもここから逃げ出せるとは思えなかった。物音ひとつで気が付くだろう。何ならもう気が付いているかもしれない。


 こんなものが役に立つとは思えなかったが、震える手で相棒のマスケット銃を握り女に向ける。


 するとどうだ。女は笑いやがった。






 不幸中の幸いというべきか、それとも不幸の始まりというべきか。女は俺をすぐどうこうしようというわけではないようだった。何なら『無害ですよ』と言い、しらばっくれている。こんな状況なのに。


 爆心地、何が起きたのかは知らないが正に爆発が起こったかのような場所の真ん中で、一人微笑んで立つ女がまともなわけがない。にもかかわらず自分は記憶喪失の無害な女だと主張する。それで押し通せると思っている時点でおかしな人物に間違いなかった。


 女の容姿は綺麗は綺麗だ。妖艶とでもいうのか。印象としては全体的に黒い。しっとりとした黒髪に黒いワンピース。わずかに見える肌は異様に白い小さな顔と小さな手の部分だけ。それでも俺はその姿を間近で見て総毛だった。


 しかし、とりあえず俺は一時的に命拾いしたようだ。女は何を考えているか分からないが、俺と行動を共にするつもりのようで一般人のふりをし続けた。俺が魔女狩部隊にいるという話を出しても、だ。俺から情報を引き出そうというのか? そうとも疑う。怖くて怖くてたまらないが、このままこの魔女を野放しにするわけにはいかない。


 何とか話を続けて女を引き留める。ここで妙案が浮かぶ。女に婚約者になってもらうという案を出す。説得する際一部分正直に話をして、信ぴょう性を持たせる。詐欺の手口として、真実に少し嘘を混ぜるという方法があるそうだが、そんな感じだ。女はその話に乗ってきた。


 蟒蛇うわばみの口に自ら飛び込んだ気分だ。






 腹をくくって、場所を変える。色々と情報を引き出す必要があった。女と同行することになったのは良かったが、これで俺は軍部の規約違反をしたことになってしまう。


 軍からの命令は『魔女を見つけ次第即捕縛。それが困難であれば即報告』というものだった。俺は恐怖のあまり捕縛なんてできなかったし、報告する隙も無い。そして魔女と行動を共にするのだから、いまのところ裏切り者に違いなかった。


 しかも、女はどことなく軍の本部に興味を示しているようだった。何をする気なのか。軍の本部に不意打ちで攻撃をされてはたまらない。たまたま見かけた廃屋で別室になったことをいいことに、計画を練った。


 今すぐには軍に行けないが、機を見て最終的に軍本部に連れていくべきなのだろう。しかしそれは今じゃない。罠を張っておいてもらわなければならない。


 女にバレないように軍の連中に罠を張ってもらう。そして準備出来次第俺にタイミングを合わせて合図を伝えてもらう。隙が全く無い魔女のそばでどうやって仲間に連絡を取るか。考えた末素直にメールを使った。






 携帯をしまうと、ベランダ側から気配がした。慌てて外に出る。ここで逃げられてしまったら、俺が一方的に情報を与えただけで逃げられた形になってしまう。逃がすわけにはいかない。必死で銃を構える。


 なのにまた笑っていやがる。素朴に疑問に思った。こんなおもちゃなんて魔女にいったい何の効果があるんだ?


「銃は怖くないのか?」


 すると女は俺を鼻で笑った。





 ◇◇◇

「銃は怖くないのか?」なんて男に言われたが、怖くはない。でも痛いものは痛い。


 思わず笑ってしまったが、こんなところで一人放置されてもつまらない。面白いところに連れて行ってもらいたいので、もう少し猫を被ることにする。


「銃で脅すなんてひどい人ですね」


「逃げられては困るからな」


「軍の裏切り者なんかと一緒にいるのはいやです」


 嘘ではない。少し真実を混ぜてみると人は信じやすいのだ。


「裏切者とはいっても、完全に犯罪者なわけではない。仲のいい奴に取り次いでもらって、何とか減免してもらう予定だ。なに、そんな決定的に悪いことをしたわけではない。だがまだ時期が悪いだけだ」


「そうなの?」


 それならいい。もう少しこの男で遊ぶのも楽しそうだ。所々警戒心があるようなので胡散臭いと思ってしまったが、瞳の奥に純粋さを感じる。すれている人間と遊んでも面白くない。


「あなたを誤解していたわ。いい人なのね」


 これも本心。





 ◇◇◇

 この女はどこまで俺が信じていると思っているのか。もしかして俺がこいつを魔女と気づいていることにすでに気づいているのかもしれないが、それを明白にしてしまってはこの関係は崩れてしまう。とにかくお互いが気が付いていない状況を維持しなければならない。


 銃を突き付けられた状況で『いい人なのね』なんて言っている時点でおかしいのだが、この女にとってはごまかすのはどうでもいい事なのか、それとも人間らしさというのがわかっていないのか。どちらでもいいが、この状況を継続する。


「とりあえず、明日はたくさん移動する。早めに寝るぞ」


 そう言って部屋に戻る。するとタイミングよく携帯にメールが入る。


『罠設置完了。()()()()()()へ集合』






「趣味の悪い場所を集合場所にしたな」


 魔女と荒れ地を抜け、汽車に乗り、何とか集合場所にたどり着いた。そしてメールを送った相手に文句を言った。


「わかりやすいかと思ってな、ニムト」


 その相手というのはルドルフ。背が高く胸板が厚く髪型はその名の通りウルフのようだ。何かと俺のことを目の敵にしており、今回もこの作戦から俺を排除しようとしている。


 ちなみに集合場所は俺の元彼女エウェスと俺が最初と最後のデートをした思い出の場所だ。そんなエウェスはいまではルドルフの妻だったりする。


 そしてここはコベルト(ヘリコプター)の発着所のある魔法省の支所だ。


「まさかこんな案になるとは」

 コベルト説明を少し離れたところで受けている魔女を横目に、ルドルフと話をする。


「俺も驚いた」


 ルドルフも今回ばかりは素直に驚きを見せていた。


「作戦メンバーから俺を外そうとしていたようだが、これは俺がいなければ話にならない」


 ルドルフは納得いかないような顔をしていたが、俺がいないと計画が進まないこともわかっているようではある。こいつのおかげで罠を張ることができた。癪に障るが感謝しよう。






 ◆◆◆

 ニムトから連絡を受け取ったときは驚愕した。魔女と遭遇したという。しかもその魔女を連れて移動中だとのことだ。


 あのくそ野郎(ニムト)は困難な状況でも必ず何かを成し遂げてくる。あいつの部隊が全滅したと一報が入ったとき、それをエウェスに伝える気にはならなかった。あいつを心配するエウェスを見たくなかったというのもあるが、どうせしれっと帰ってくるだろうと思っていたからだ。まさか、魔女連れだなんて思いもしなかったが。


 とりあえず魔法省の奴らにメールの内容を伝えることにした。魔女を捕まえるのが悲願だったわれら国軍ではあるが、肝心の捕まえた後の対策がなんとも心もとないものだった。


 その対策というのは、新設の魔法省に丸投げというものだ。方々に散った、物理学やらなんやらの専門課程を履修した大学院上がりの若手省庁職員たち。その若手たちをかき集めて突貫工事で作ったのが魔法省だ。お偉い方はその責任を丸っと若手に押し付けたということだ。





 ◇◇◇

「は? 突き落とせ?」


「はい、そうです。ニムト様。魔女を突き落としてください」


 魔女をコベルトから突き落とせ。そう言ったのは新設魔法省の職員。彼はひょろっとしていてとても頼りなく見えた。顔色も青白いし、落ち着きなく手元の資料をめくったりしている。大丈夫か? 人類の命運がかかった作戦だぞ。と不安になる。


 魔法省はそれ程までに人材に枯渇しているのか。この少年もどうせかき集めてこられたのだろうと思い、もともとの専門を聞いてみたら『物理です』と答えていた。


 物理学が魔法に何かできるのか? 甚だ疑問だ。そう思い、どのような作戦にするのかと聞いたら、先程のやり取りのようになったというわけだ。


 意味がよくわからないので詳細を聞いてみる。するとやはり物理学ではどうにもならなかったということだ。


 その他の職員も量子力学や天文学、はたまた統計学などと多分野の人間が集まった。しかし付け焼き刃の、しかも寄せ集めの魔法省の人間がどう考えようと、稀代の魔法使いに太刀打ちできるわけがない。


 そこで頭をひねって考え出したのが、そもそも魔女が落ちてきた穴そのものを使ってしまえばいいのではないかという案だった。そこからケルベロスも落ちてきたわけだし、今でもたまに未知の生き物が落ちてきている。つまり、まだ異世界とつながっていそうだと魔法省の人間は考えた。


 確かに魔女が出現したエリアの上空には、今尚巨大な漏斗状の渦となって顕在している。


 そこから先も結構な力技だ。コベルトにどうにか魔女をのせて、そのまま魔女の穴の上まで行き、突き落とすのだと言う。


 そんな()だらけの計画、よく承認が取れたものだと思ったが、国営軍本部からは二つ返事で承認されたとのこと。


「その計画はなにかこう……、魔法を解析して干渉する方法を見つけただとか、そんな感じなのか?」


「いえ、単に魔女の落ちてきた穴の再利用です」


「そこに魔法的要素があったりとかはしないのか? 科学的根拠は? 物理的に落とすだけで?」


「はい、物理です」


 その返答を聞いて、俺は片手で目を覆った。確かにこれ以上の方法は今のところ思いつかない。しかし、さすがに雑すぎだ。こんな案を出したやつが何を考えていたのか丸一日かけて問いただしたい。






 俺が魔法省の職員と作戦会議をしている間、問題の魔女には豪華な食事を出すと言って誘い出し、魔法省用食堂で食事をしてもらっておいた。魔女刈部隊の後援部である魔法省で魔女が食事。カオスとしか言えない。事情を知る職員たちのうろたえぶりが見ものだった。


 今はおとなしくしているとはいえ、この先何をやらかすのかわからない。早いところこの世界から退室していただきたいところだ。


「腹くくるしかないな」そうつぶやき、魔女をコベルト乗り場へ誘い出す。まずは食堂からの退出だ。意外と食事が気に入ったようで、後ろ髪惹かれながら魔女は退出していた。






 ルドルフはいまだにあまり納得していないような顔をしていたが、この作戦にこの世界の命運がかかっている。一人の男の小さな感情になんか構っている暇はないので早速コベルトに乗り込む準備をする。


「今回はこの乗り物に乗るのね、ニムト」


「ああ、ルイン。そうだよ。落ちないように気を付けて」


 ここに到着する前にようやくお互い名乗った名前を呼ぶ。婚約者だというのに名前を知らないというわけにはいかない。魔女に名前を知らせるなんて嫌だったが本名を伝える。偽名だと作戦を知らないものに聞かれたら面倒なことになるので仕方がない。


 恋人のようにふるまいながらコベルトに乗る。地獄の空中飛行への一歩を踏みいれた。








 ◇◇◇

「国営軍本部に行くためにコベルトに乗る必要がある」ニムトが廃屋を出るときにそう言った。コベルトとは頭に羽の付いた空を飛ぶ乗り物だそうだ。その前に汽車にも乗った。これは前の世界にもあったが、それよりも高速で移動できた。


 おいしい食事ができたので、面倒な移動をしたかいがあった。このままここでもいいかと思えたがやはり移動するとニムトは言う。行った先でもおいしいものが食べれると良いと思い、しぶしぶ移動する。


 コベルトは先程見たのでわかっていたが、軍用なので片側の扉が開いたまま飛ぶそうだ。


「ルイン。外を見たいのはわかるが、危ないので扉のある方に寄っていてくれ」


 飛び立った後、ニムトにそう言われる。この男に気遣われるのはむず痒いが嬉しい気持ちもする。この男と婚約者か。それも楽しいかもしれない。そんなことを思いながら、決して乗り心地がいいとは言えない遊飛行を楽しんだ。


 しばらくするとあることに気が付く。このコベルトはどうやら私が落ちてきた穴に向かっているようだ。

 

 この世界をのぞき見していた時身を乗り出しすぎてうっかり落ちてしまった穴。本当にこの方角を進めば国営軍あそびばに行けるのだろうか?


 そう尋ねようとニムトを見た瞬間、体当たりされた。

 

 狭いヘリの中。壁際に寄るように気遣われているのかと思っていたが、どうやらそれも油断を誘うための罠だったようだ。扉に細工がしてあったようでも脆くも扉はニムトと私ごと外へ吹き飛んだ。


 ――だまされた!


 一人で落ちるのはつまらない。ニムトの袖もがっしりと掴んで道連れにする。落ち行く先は巨大な漏斗型の穴の真上。


「生き延びたいのではなかったのですか?」

 ニムトにそう尋ねる。既婚者が死ねばいいと言っていたではないか。


「生きるさ!」

 ニムトはそう言い、おもむろに上着を引きちぎるように脱ぎ去る。

 そして中に仕込んでいたのか、帯剣していると思わせていたものはパラグライダーのような物だった。ニムトはそれを開き、ひとり魔女の穴から逃れていった。





 ◇◇◇

 魔女が居なくなった世界というのは良い。

 晴れやかな気分だ。


 俺は軍の本部へ報告し、祝杯をあげ、ふらつく足取りで家に帰りながらそう思う。


 家に帰れば誰もいない寂しい状況だが、それでも()()()()という幸せをかみしめる


 そういえばルインは初めに魔法を使ったのみで、それ以降使った様子はなかった。そもそも何の目的でこの世界に来たのだろう。もしかしたら、本当に普通の人間のようにふるまいたかっただけなのかもしれない。直接的に被害を被ったわけではなかったので、平和ボケのように彼女の人となりを良いように思い出す。しかし、居なくなってしまった人間のことを考えても仕方ないと頭を振って記憶を追い出す。


 日常を取り戻せた。ようやくだ。三年かかった。家の鍵を取り出しながらそう振り返る。なかなか家にも帰ることができなかったこの厄災の日々。これからは平穏な日々を送れるだろう。


 そう思いながら扉を開ける。すると暗闇から声がした。






「おかえり」

読んでいただきありがとうございます。


このお話をどのようにして書いたのか、エッセイにしましたので『魔女のいなくなった世界 執筆裏話〜どうやって書いた?〜』も興味がありましたら覗いてみてください。下のリンクから移動できます。

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