98.魔王国
「少し話は変わりますが……魔界の境界を超えるのが恐らく夕方頃になります。朝も早かったですし、私のことは気にせずゆっくりお休みください」
「すみません色々と……お言葉に甘えさせていただきます」
魔界の境界を越える……と言っても、何か別世界に行くわけではない。
言うなれば国境と一緒で、ここから先が魔族が住んでいる場所……それが魔界と言われている。
これが特別な空間を通して繋ぐ必要がある……と言った形であれば和解したとしてもこうして交流するのはかなり難しいことだっただろう。
「私も少し休もうかな……椅子もふわふわでなんだか眠くなってきちゃった……」
「わたしは起きてます! 寝るわけにはいきません! こんなファンタジー技術を前にして意識を失うなんて愚かです!」
「ユイも少しは寝てみたら? ふわふわで最高だよ?」
「寝ません! 嫌です! わたしは絶対に! 永遠に! 永久に! 未来永劫起きています!」
……元気だなこの子は。
確か今日なんて前日の準備もあってほとんど寝られていないのに。
俺も若い頃は寝ずに本を読んだりはしていたが、今はもう無理だもんな。
寝ないと翌日干からびている。
実際俺は今、元気は出そうとしているが眠たくて仕方がない。
「んじゃ俺とエリサは寝るわ……まあ楽しんでくれ」
「全く! 仕方がありませんね! ぷんぷん!」
頬を膨らましながらも、彼女はすぐに窓の外を見て楽しそうにしていた。
しかし、魔界は一体どんな場所なのだろうか。
これほど技術力が高いのだ。少しというか、かなり楽しみである。
まあ……いいか。着いてからのお楽しみってことで、ここは一休みすることにしよう。
◆
「起きてください! もうっ! どれだけ寝ているんですか二人とも!」
うーん……なんかユイの声が聞こえる……うるさいなぁ……もう少し寝ていたい……。
「あと五分だけ……」
「ダメです!」
「なら十分……」
「なんで伸びるんですか! エリサはもう起きていますよ!」
「ああ……?」
薄目で見てみると、エリサはユイの隣でドヤ顔を浮かべていた。
いや、なんでドヤ顔なんだよ。
「ふふふ……私はふわふわを前にしても起きたよ! ダメだねカイルくんは! やれやれだぜ!」
「エリサ! ここは一つカイルにビシッと言ってやってください!」
そう言われてエリサは、更にドヤ顔に深みを見せる。
「ビシッ!!」
「あがっ!?」
突然平手打ちをしてきたので、俺は困惑しながらエリサを見た。
ビシッと言ってやれって言われて、こいつ俺にビシッという擬音とともに殴りかかってきたんだが。
「えぇ……」
ユイも思わず困惑してしまっているよ。
俺もかなり困惑してるけど、ユイの方が更に困惑している感じだよマジで。
「あ、あれ……? ダメだった……?」
「お前あとでしばくからな」
「ええ!? ごめんって!!」
俺はエリサにしばく宣言を出し、ぐっと伸びをした。
すると、運転席に座っていた魔族がくすくすと笑いながら俺たちを見ていることに気がつく。
「あ……すみません騒がしくて……」
「いいんですよ。仲が良いのは素晴らしいことです。それはそうと、もう魔界は超えて――『魔王国』に着きましたよ」