95.エルフと子ども
魔界開放までの一ヶ月。俺はずっと勇者として魔界や魔族側のスタンスについての説明、魔族がどんな存在なのかということについて、市民たちに伝えるという活動を行っていた。
勇者としての活動……もちろん俺たちは覚悟していたのだが、想像以上に大変なものだった。
とにかく各地に飛び回っていたのだ。ちょっとした旅行感もあったから楽しかったが、とはいえ疲れたのには変わりない。
そして今日、魔界と人間界は繋がった。
「市民たちはある程度理解はしてくれたと思うが……やはり落ち着かない感じだな」
俺たちは正装を身にまとい、街を歩きながらそんなことを呟く。
「そりゃそうでしょ~……魔族は以前まで敵だったんだから」
「ですね。でもでも、皆さん興味は示していそうですよ?」
魔界が繋がったことにより、ちらほら魔族の姿が王都にも見えた。
とはいえ、開放されて当日に出入りする魔族は物好きくらいしかいないだろうが。
「あの魔族は……確かエルフっていう種族だったか。耳が長いから……多分そうだよな?」
俺は街中を不思議そうに歩いている魔族を見て呟く。
俺も魔族側と和解するということで初めて知ったのだが、魔族にも色々と種族がいるらしい。
まだまだ区別は付かないのだが、あの耳の長さは恐らくエルフだろう。
「多分……エルフ……かな? すごいね……なんだかすごく美人さん」
「妖精みたいですね……!」
エリサとユイが目を輝かしながらエルフを眺めている。
確かに俺から見たって、エルフはとても美人に見える。
本当に妖精みたいで、さながら絵本に出てくるお姫様のようだ。
「……とはいえ、みんな少し避けてるな」
人間側はというと、歩いているエルフを見て奇異の目で向けている様子だった。
やはり今まで敵だった存在は恐ろしいのだろう。
俺も俺で色々と『魔族はもう敵じゃない』って説明したんだが、まあそんな上手くはいかないよな。
「よし、ここは俺が話しかける姿を見せてみんなには安心してもらうか」
せっかく人間界に来たのだから、エルフさんにも楽しんで貰いたいし。
なんて考えていたのだが、ユイが俺の腕を握ってきた。
「待ってください。ほら、一人の子どもが」
そう言うので俺も前を見ると、エルフに一人の少年が話しかけようとしていた。
俺たちは様子を窺う形で、じっと少年の動向を見据える。
「……あの! 魔族さんって魔法が得意なんでしょ? 僕見てみたい!」
少し不安そうな表情を少年は浮かべながらも、どこか期待のまなざしでエルフに話しかける。
どうなるか……と思いながら見ていたのだが。
「ふふふ。私で良ければお見せしますよ。これとかどうでしょう?」
そう言って、エルフは水魔法を披露した。手のひらに水の球体を浮かべて、少年に差し出している。
「わぁ! すごい! なにこれ!」
少年は嬉しそうに水魔法を見て喜んでいる様子だった。
その様子を見てか、周囲の人間も少しずつ顔を出し始めている。
「おお……すごいな! おれにも見せてくれるか!」
「私も見てみたいわ!」
次第にエルフの周辺には数多くの人だかりができて、少し困った様子で笑う姿があった。
「案外どうにかなるかもな。やっぱ初めてのものを知るのは怖いが、キッカケがあれば変わってくるんだろう」
俺はそんなことを言いながら息を吐く。
「俺たちがそのキッカケ作りのお手伝いをしなきゃな。エリサ、ユイ」
「もちろんだよ! うん、頑張ろう!」
「私も頑張ります!」
まだまだ問題だらけではあるが、勇者として頑張るしかないだろう。