84.任せてくれ
「ああ……カイル。お前は強いよ」
「別に褒めても遠慮はしないぞ」
「分かっているさ。オレはもう死ぬ。見てみろこの傷、お前の実力だ」
ヴォルガンは苦笑しながら、自分の腹を撫でる。
腹には大きな穴が空いており、赤い液体が本を濡らしていた。
俺は血なんて気にせず、液体の上を歩く。
そしてヴォルガンの目の前に立った。
「オレは……間違っていたのかな。すごく努力したんだけどな」
「間違っているよ。お前は命を弄びすぎた」
「ははは。そうか。そんだけ強いお前が言うんだから正しいんだろうなぁ」
「分かってねえな。強さとかそんなのは関係ないっつうの」
「生憎とオレは自分の信じた正義は曲げない主義だからな。だが、負けた以上お前の正義を認めるしかない」
「はぁ……面倒な野郎だ」
嘆息しながら頭をかき、地面を見る。
真っ赤だ。
もうヴォルガンに残された時間はもう残り少ないだろう。
あともって数分、くらいか。
「……オレはよ。カイル」
「なんだ」
ヴォルガンはゆっくりと俺に手を伸ばす。
彼の目には液体が滲んでいた。
血ではない。
透明な液体だった。
「羨ましいよ。主人公になれるお前が」
「俺は別に……」
「いや、お前は主人公だよ。オレはひねくれちまった」
言いながら、ヴォルガンは大きく息を吐く。
「お前が言っていた通りかもしれないな。オレは英雄じゃなくて、支配者。悪役になろうとしていたのかもしれない」
「否定はしない」
「別に肯定は望んでいないさ」
一人ごちて、ヴォルガンは俺を見据える。
真っ直ぐと見つめてきて、拳を挙げた。
「認める。オレは間違っていた。とんでもない罪を犯してしまった」
それと同時に。
「でも、英雄になりたかったのは本当だ。主人公になりたかった」
だから、とヴォルガンは言う。
「ひねくれたオレの代わりに、お前がちゃんと主人公になってくれ。お前なら、お前たちならなれるだろ?」
「……」
俺は頭を掻き、ちらりとエリサたちの方を見る。
彼女たちは少しばかり悩んだ素振りを見せた後、こくりと頷いた。
「はぁ……任せてくれ。お前の意思は俺が継ぐ。なってやるよ、主人公にさ」
そう言って、初めてヴォルガンに対して拳をぶつけた。
こつん、とぶつかった後。
静かにヴォルガンは拳を下ろした。
俺は彼の最期を見届けた後、大きく息を吐きながら踵を返す。
「帰るぞ。目的は達成した」
「うん」
「は、はい」
本に溢れた部屋を歩いていると、エリサがぼそりと呟いた。
「主人公、かぁ」
呟いて、ごくりと言葉を飲み込んだ。
全く、悪役ってのはどうして面倒な奴らばっかなんだろうな。