80.これ以上は
「オレはね、遠慮という言葉が嫌いなんだ」
そう言いながら、ヴォルガンが腕を振るう。
すると魔族たちは瞬時に移動し、俺を囲うようにして位置を取る。
横だけではない。
縦方向、三百六十度完全に包囲されている。
「確かに遠慮がないな」
避けることができるかと問うてきた癖に、避けさせる余裕は与えないってか。
遠慮という言葉が嫌いというだけある。
遠慮なんて微塵も感じない戦法だ。
一切合切躊躇なく全力でこちらに攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
「魔族数十人からの一方的な攻撃。お前ならどうにかしてくれるだろう?」
全く、期待されるのは嫌いなんだ。
しかしだ。
ともあれこいつの喋り方。
人との関わり方。
それらがどうも人間味があって調子が乗らない。
勘弁してほしいところだ。
「さて」
俺がそう言うと、ヴォルガンはにやりと笑う。
「考え事をする、か」
「察してくれたか」
こんな絶体絶命な状況下で、俺は『余計なこと』を考えていた。
つまりどういうことか。
オッサンを舐められちゃ困るってことだ。
「面白い。全員、やれ」
ヴォルガンの声と共に、魔族たちは魔法を放つ。
一方的な暴力。
一方的な蹂躙。
それらの言葉が相応しいであろう攻撃だ。
普通の人間ならば跡形もなく消えていたところだろう。
何度も言う。
俺が普通の人間だったらだ。
「はは、ギリセーフ」
ぐっと足で地面を踏みしめ、ヴォルガンの方を見据える。
「生き残ったか……さすがだよ。カイル」
ヴォルガンは拍手をしながら、笑顔を浮かべる。
額から流れる汗を拭い、彼は何度も拍手を続ける。
「お互い強いな。あまりにも強すぎる」
意味ありげに呟き続け、ふうと息を吐いた。
そして、手を差し出してくる。
「これ以上の争い事は無駄だろう。これを踏まえた上でもう一度聞かせてくれ。オレと友人にならないか」
ちらりと視線を俺の後ろにやる。
「彼女たちも強いな。ずっと観測していたが、魔物たちをしっかりと倒している」
エリサとユイのことを言っているのだろう。
俺も背後を見ると、二人の姿が見えた。
ふと目が合うと、俺にグットサインを送ってくる。
ともあれそれくらいの余裕はあるらしい。
心配はどうやら杞憂だったようだ。
「最強同士がこれ以上争っても時間の無駄だ。なあカイル。オレと友人になろう。一緒に世界を平和にするんだ」
「なぁ」
俺は嘆息しながら前を見る。
息を大きく吐いて、相手を見据える。
「確かに俺たちは強すぎる。いや、自分のことを最強だなんて一度として思ったことはないし思わないようにしている。けれど、俺とお前との実力差は近いかもしれない」
言いながら、睨めつける。
「俺は友人になるつもりもない。最後の最後までお前を潰す気でいる」
構える。
拳が軋む。
「証明するんだろう? どっちが本物の英雄譚かを」
そう言うと、ヴォルガンは苦笑した。
なんとも言えない表情を浮かべて、静かに笑う。
「ははは、そうか。そうだよな。分かっているよ。これは戦争だもんな」
彼は額に手を当てて、肩を揺らして乾いた笑いをする。
しかし、すぐに落ち着いたようでゆっくりとこちらを見た。
「今回お前の実力を見て分かったよ。戦いたくないなぁ……カイル」
「遠慮すんのは嫌いなんだろ? 本気出せよヴォルガン」