73.まだまだこれからだ
『可能ならば戦争はしたくないのだが……お前はオレと仲間にはならないということか?』
「ならない。断じて」
はっきりと答える。
するとヴォルガンは額に手を当てて残念そうな仕草をする。
『そうか。オレたちは二人で英雄になれる、そう思っていたんだけどな』
言いながら、ヴォルガンは立ち上がる。
『お話は終わりだ。それならば、どちらの正義が正しいのか白黒付けよう』
指を弾くと、椅子や机が消え去る。
「わわっ! 壁が消えた!」
「大丈夫ですか!?」
どうやら背後にあった見えない壁も消えたらしく、慌てた様子でエリサたちも駆け寄ってきた。
二人に異常がないことを確認し、俺は目の前のヴォルガンに視線をやる。
『オレは英雄になる男だ。主人公になる男だ。オレのサクセスストーリーの邪魔をする者は誰一人として、容赦しない』
言いながら、ヴォルガンは空中に手を掲げる。
『正々堂々勝負をしよう。どちらの英雄譚が史実なのか証明をしようじゃないか』
刹那、俺の足下に黒い影が忍び寄ってくる。
「なっ……なんだこれ………!」
「私にも……!」
「ちょ、ちょちょちょ!?」
『恐れるな。本当のオレがいるところに案内するだけだ』
影が次第に体をよじ登ってくる。
う、動けない……!
どんどん駆け上がってきて、最後には視界の全てが闇色に染まりかける。
視界が完全に失われる直前、ヴォルガンは静かに語る。
『その前に少しだけ、お前たちの実力を見せてくれ。試させて貰うぞ』
「て、てめえ……!」
声をどうにか出そうとするが、俺の視界は完全に閉ざされた。
◆
「はぁ……はぁ……どこだ、ここ」
気がつく頃には、闇に覆われた世界に立っていた。
どこを見ても暗がりしかない。
ただ、何故か視界ははっきりとしていてある程度の距離までなら床が見える。
「エリサ! ユイ! どこだ!」
辺りを見渡し、声を大にして叫ぶ。
しかし、何も返ってこない。
ただ俺の声が響くのみである。
焦る気持ちを落ち着かせようとした瞬間、脳内に声が響く。
『メーデーメーデーメーデー。聞こえるかな』
「ヴォルガン! お前、何をしやがった!?」
『すまないが、一時的に離れ離れにさせてもらった。彼女たちも英雄になる素質があったからね。実力をしっかりと見てあげないと』
「ふざけるな! 二人は大丈夫なのか!?」
『お前は自分の安全より、仲間の安全を優先するのか。素晴らしいよ、カイル。惚れ惚れする』
脳内に響く声。
『しかし、自分の心配もした方が身のためだと思うぞ』
その言葉が聞こえた瞬間、俺の背後から影が伸びてくる。
次第に影が浮かび上がり、魔物へと変化した。
一瞬で現れた敵。
「なるほどな」
御者さんが言っていた「一瞬で魔物が現れた」というのは、このことだったのだろう。
確かに、一瞬で魔物が現れやがった。
「大方理解した。こいつらをぶっ倒して実力を見せたら、お前の顔面をぶん殴れるわけだな!」
『そういうことだ。実に英雄譚のラストらしいだろう?』
「うっせえ。まだまだこれからだっつうの」
俺はそう言いながら、拳を構える。
「エリサたちなら絶対に大丈夫なはずだ。だから俺は、彼女たちを信じて合流するのみ」
数多の魔物が俺を睨めつけてくる。
恐らく全員が特殊個体。
そして、Aランク以上の魔物だ。
「やってやるよ。かかってこい!」