72.分かりあえない
「俺と似ている……?」
ヴォルガンが手を伸ばしてきて、俺の肩に触れようとする。
咄嗟に振り払おうとするが、俺の手は簡単にすり抜けてしまった。
どうやら、攻撃は通じないようだ。
『似ている。オレはお前と同じで英雄になりたいんだ』
彼は繰り返すように、大切な言葉かのように英雄という言葉を使っている。
正直、気味が悪い。
何をもって英雄と言っているのか、どうして俺と同じ存在だと言っているのかが分からないでいた。
「ふざけるな! お前は人を殺した。……イリエさ、ま、魔族を巻き込んだ。これのどこが英雄のすることだよ!」
『さすがだカイル。お前は人類が死ぬのを悲しみ、魔族が苦しむのを嘆いた。やっぱりお前はオレと同じだ』
「同じって……どこがだよ」
『世界平和を望んでいるということだよ。少しだけ語らせてくれ。オレはさ、お前と同じで凡人だった。平凡だった』
ヴォルガンと、同じ……。
いや、納得がいかない。
確かに俺は凡人だった。あまりにも凡人で役に立たなくて追放された。
けれど、こいつとは違う。
絶対に。
『だから努力をした。死ぬほど努力をした。血の滲むような努力をした。結果、オレは世界を平和にする力を手に入れたのだよ。素晴らしいとは思わないか?』
「何がだ」
『主人公らしい――まさに英雄らしいとは思わないか? 『凡人』『平凡』『努力』、それらをオレは英雄になるための必須条件だと思っている』
「笑わせるな。しかしてめえは幹部にまで成り上がったようだが、評価は凡人だったらしいじゃないか」
『主人公は――英雄は凡人であるべきだからね。だがね。だが。だが!! オレの努力を、オレの考えを、オレの力を、魔王の野郎は認めなかった!!』
突然ヴォルガンは机を殴り、ぎゅっと拳を握りしめる。
呼吸が浅くなり、目が赤くなっている。
しかしすぐに乾いた笑いを浮かべて、顔を上げた。
『だからオレは勝手にやることにした。オレが手に入れた『魔物や魔族を自由に弄れる』能力を駆使して、最後には魔王をぶっ殺してオレが真の平和を掴む。英雄になるのだよ』
「分かった。お前の荒唐無稽な話は一度、俺の中で飲み込んでやる。その上で質問だ」
そう言って、俺は息を吐く。
「人が死に、魔族が苦しんだとして。それで手に入れたものをお前は平和だって言うのか」
『ならば逆に聞こう。お前は誰の犠牲を生まずに平和を手に入れることができると思っているのか?』
「……それは」
言うと、ヴォルガンはくつくつと笑う。
額を押さえて、笑みを浮かべた。
『分かっているじゃないか。心の中で、理解しているじゃないか』
ヴォルガンは目を見開く。
『やはりお前とは近いものを感じる。きっと、お前とオレは友人になるために生まれたんだ』
言って、手を差し出してきた。
『英雄は平凡であるべきだ。凡人であるべきだ。そして努力をし、そこから抜けだすものだ。君はオレと同じだ」
ヴォルガンはただただ語り続ける。
『平凡な者同士、手を取り合おうじゃないか。さぁ、手を』
問い。
俺は目の前に差し出された手を数秒眺めた後、ふうと息を吐く。
「断ると言ったら?」
『戦争だ』