68.走るぞ
「……うーん」
「……むむ」
俺たちが走りながら向かっている最中、エリサたちは小首を傾げてむむむと唸る。
明らかに違和感を抱いている様子だった。
何かがおかしい。
きっとそう感じているのだろう。
それは俺も同じだった。
明らかに、急に。
昨日とは一転して状況が変わっている。
「明らかに平和になったな。あんだけ特殊個体が出ていたのに、今日になって突然普通の魔物しか出てこない」
もちろん、ここの土地柄普通の魔物と言っても強力な者がほとんどである。
けれども俺たちにとっては問題にはならない。
問題になってくるのは特殊個体の方である。
昨日は特殊個体とよく遭遇していた。
だが今日になって全くと出会うことがなくなったんだ。
「違和感……がありますね」
「違和感というよりさ、おかしくない? こんなにも突然特殊個体が出現しなくなるなんてある?」
エリサは汗を滲ませて言う。
彼女の言っている通りである。
違和感というより、そもそもおかしい。
明らかな異変が発生している。
「なんか、誘導されてる気分」
「そうですね」
「俺もだ。なんか上手い具合に誘導されている気がする」
誘導……という言葉が正しいかどうかは分からないが、なんとなくそんな気がする。
昨日の一件といい、やっぱりバレたかもしれないな。
「もしもだ。昨日のあれがヴォルガンだったとしたなら、俺たちは「早くこちらへ来い」って誘われているのかもな」
「なにそれ。舐められているわけ?」
「全然余裕……って感じなんですかね」
「その可能性が大いにある。まあそりゃ、ヴォルガンにとっては面倒事はさっさと始末しておきたいところだろうし」
そう考えると、本当に舐められたものである。
しかしながらヴォルガンも俺たちの情報は握っているはずだ。
どれほどの実力を持ち、どのような能力を備えているか。
もちろん、俺の情報も漏れていることだろう。
その上でわざわざ舐めた真似をしていると考えると。
「簡単には倒せそうにないかもな……」
勝てる可能性の方が高いと認識しているわけだ。
だから、さっさと俺たちのことを始末しようとしている。
ヴォルガンの能力は俺たちには分かっていないから……ヤバいかもな。
「仕方がない。ならこっちもこっちでヴォルガンの作戦に乗ってやろう」
「ええ、そうだね」
「はい」
二人に視線を移すと、こくりと深く頷いて見せた。
「正々堂々、正面から殴り合いしてやろう」
舐めた真似をされて、こちらも黙っているわけにはいけない。
必ず、ヴォルガンは倒さなければならない。
「ユイ。あとどれくらいか分かるか」
尋ねると、ユイは周囲をちらりと見る。
「大体走って一時間くらいだと思います」
「了解。んじゃ、エリサに体力増加系のバフを付与してやってくれ」
「分かりました。速攻って感じなんですね」
「ああ。全力で走って向かおう」
ユイはエリサにバフを付与し、そして息を吸い込んだ。
「行くぞ」