61.多分
「たっく……本当に早速だな!」
俺たちは馬車から飛び降りて、デスバードの群れを確認する。
正面。数メートル先。
そこには、五体のデスバードの群れがいた。
額には見覚えのある紋章が刻まれていて、相変わらず意識がはっきりとしていない様子だった。
つまりは、こいつらはヴォルガンの支配下にある魔物というわけだ。
……まさか俺たちに感づいたのか?
嫌な汗が伝う。
こっちはこそこそと忍びながらヴォルガンに攻め入ろうとしていたのに、向こうには筒抜けだったのか?
「いや、まだ判断するところじゃないな」
この辺りはちょうどエネル草原と分類され始める場所。
可能性として、この草原に立ち入った者には攻撃するように仕向けているのかもしれない。
「エリサ! ユイ! 殲滅するぞ!」
「もちろん!」
「分かりました!」
俺の声が合図となり、二人は武器を握る。
「相手は特殊個体だ! 耐性だったり能力だったり持ってたりするかもしれないから、慎重に行くぞ!」
彼女たちはどちらかと言えば後衛職である。
また、能力値も鑑みたら俺が先陣を切った方がいい。
一番犠牲になっても、被害は生まないのが自分だからだ。
もういい加減、特殊個体とも戦いすぎて慣れた。
まずこいつらにするべきことは一つしかない。
「思い切り――殴る!」
足に力を込め、地面を蹴り飛ばす。
一瞬にして加速した体は風を切り、真っ直ぐとデスバードへと向かう。
「はぁっ!!」
大抵の人間、魔物、魔族では認識できないであろう速度で接近した俺は拳を押し込んだ。
轟音が響き、空間が震える。
顔を上げると、攻撃したデスバードは完全に消滅していた。
「一体目!」
少なくとも、こいつは物理に弱かったらしい。
十分だ。
五体いる状態で一体倒せただけでも、十分な功績といえる。
ならば俺がやることは一つだ。
「――はっ!」
続けて二体目へと攻撃すること。
少しでもエリサたちへの負担を軽減し、彼女たちに情報を提供する。
それが先陣を切った俺の役割なのだから。
体勢を立て直し、くるりと回転して二体目に回し蹴りを狙う。
「……っ」
が、俺の攻撃は空を切った。
さっきまでいたはずのデスバードは目の前にいなくて、一瞬動揺してしまう。
見事隙を見せてしまった俺は背後から攻撃を喰らい、エリサたちの方に吹き飛ばされていく。
「だ、大丈夫!?」
「怪我はないですか!?」
ジャストで二人が俺をキャッチして、ゆさゆさと揺さぶってくる。
ただでさえ吹き飛ばされて気持ちが悪いのに勘弁してほしいぜ……と思いながらも、俺はグッドサインを送った。
「問題ない。魔物なんかに、化け物だって言われてる俺が負けるわけねえだろ」
俺は汚れを払いながら立ち上がり、残った四体の魔物を見て嘆息する。
「特殊個体が出てくるなら、耐性や能力も統一してほしいものなんだけどな」
まあ、それはさすがに俺たちに都合が良すぎるか。
なんならここは敵が存在する拠点付近なのである。
これくらい強めの魔物を設置している方が自然だ。
「エリサ、ユイ。お前らの出番だ」
俺はにやりと笑い、腕を組む。
「四体のうち、一体はめっちゃ速い。多分特殊能力の一つだろう」
「確かに速かったね……!」
「あれはヤバかったです……!」
彼女たちが頷くのを確認した後、話を続ける。
「エリサ、ユイ。あいつら全体に弓と魔法の雨を降らせてやれ」
「は!?」
「え!?」
これはエリサたちを信頼しての作戦である。
彼女たちの実力を信じているからこそのお願いだ。
普通の人にお願いなんてした日には、その場で頭を疑われるだろう。
四体の敵全体を攻撃する。
なんなら、少なくとも一体はすげえ速度で動くということを鑑みるとかなり広範囲で仕掛けなければならないだろう。
かなり難しいことだ。
「できるか?」
「……やってみる!」
「……分かりました!」
しかし、彼女たちならイエスと言ってくれると信じていた。
なぜなら彼女たちは、俺と一緒で無茶をする性格だからだ。
まだまだパーティを組んで短いけれど、彼女たちのことを多く知ってきたつもりである。
こっちは長年生きてきたんだ。
人を見る目だけには自信がある。
こいつらは俺が見る限り、無茶をしても問題ないタイプだ。
なんなら、自らがそれを望む傾向があったりする。
「よーし! 魔法、やっちゃうよ!」
「わたしも!」
エリサが杖を空高く掲げると、大きな魔方陣が浮かび上がってくる。
ユイの手に握られている矢は緑色に光り輝き、幾重もの数へと変化していた。
見た限り、多分無茶をしている。
が――無理じゃない。
不可能じゃない範囲の無茶だ。
いや、無茶という言い方が悪いかもしれない。
チャレンジしている、という表現が近い。
己が持つ能力を最大まで発揮しようとしている。
「《多重火球》!!」
「《翡翠の雨》!!
彼女たちの声が重なる。
同時に、二人の攻撃がデスバードに降り注いだ。
炎と翡翠が草原に広がる。
まさに雨のようにデスバードの周辺に降り注いだ。
「三体撃破、か。残り一体! ナイスだ二人とも!」
「うわぁ……」
「こんなのできるんですね……」
「いや、自分で自分に対してドン引きしてどうすんだよ」
二人は自分が発動した技に困惑している様子だった。
手のひらを見て、お互いの顔を見てを交互に繰り返している。
まあ、無理はないか。
自分の限界にチャレンジして、なんか乗り越えれたらそりゃびっくりする。
というか、なんとなく――気合いで乗り越えられる時点でこいつら化け物だな。
俺に化け物だなんて言う癖に、自分たちもすげえじゃねえか。
「二人とも、とりあえず自分たちの力に自信を持ってくれ! んで、こっからは俺に任せろ!」
「わ、分かった!」
「お願いします!」
二人の肩を叩いた後、一歩前に出る。
拳をポキポキと鳴らしながら、デスバードへと歩いて行く。
「さて。お前は魔法や貫通ダメージが無効だったわけだ」
ふわふわと浮いているデスバードは心なしか狼狽えているように見えた。
まあ、この特殊個体には恐らく意識なんてないが。
とはいえ。
それらの攻撃が無効だった相手に対して、有効な攻撃方法。
「さすがに無敵……なんて技はできないだろうしよ」
ぐっと腕を引き、相手を見据える。
「一発殴らせて貰うぞ!」
残された選択肢は物理攻撃だ。
俺は躊躇せず残り一体のデスバードに攻撃を与える。
デスバードの顔面が歪み、地面に激突する。
土煙を上げながら吹き飛んでいき、最後には消滅した。
「討伐完了っと」
息を吐いて、拳を払う。
「さっすが!」
「かっこよかったです!」
「あまり褒めないでくれ。オッサンは褒められるのには慣れていないんだ」
抱きついてきた二人の頭に手を置く。
全く、この子たちは相変わらず距離感がバグっているよな。
俺みたいなオッサンにこんなベタベタする女の子なんて、そうそういない。
万が一いたら犯罪の匂いしかしないしな。
まあ……この二人は無自覚ってのを知ってるから俺は別にいいんだけど。
「二人もナイスファイトだった。前より強くなったんじゃないか?」
「へへ! 多少は強くなったかもね!」
「ですです! わたしたちも成長しますので!」
「いいことだ。オッサン嬉しいよ」
俺のおかげ……なんて大層なことは言えないけれど、少しでも自分が二人の成長に役立ったのなら嬉しい。
この子たちにとって、何かのキッカケになるくらいでオッサンは十分だ。
……まあ、キッカケというのがいちいち物騒なものばかりだけれど。
「よし、それじゃあ馬車に戻ろう。御者さんを待たせるわけにはいかないからな」
「そうですね! 安心してもらわないと!」
「ですです!」
俺たちはそう言いながら、くるりと踵を返した。
馬車が止まっていた方向へと向いた。
「あれ?」
「え、ええ?」
しかし、俺たちが向いた方向に馬車は止まっていなかった。
少し勘違いしたかもと思い、周囲を見渡した。
が、どこにも馬車の姿がない。
「……っ!」
慌てて観察していると、馬車が止まっていたであろう跡を見つけた。
急いで駆け寄り、跡を注視する。
……動いていない。
「これ、やられたかもな」
御者さんが怯えて逃げたというのも考えたが、それは違う。
なぜなら、馬車は間違いなくここに止まっていて。
そして、ここから動いていないからだ。
「御者さん……なんて言ってたっけ」
「ええ? なんのこと?」
「あれだよ。デスバードがどうやって現れたかって」
尋ねると、エリサが慌てて答えた。
「最初からいたんじゃなくて、突然現れたって言ってたよ?」
何もなかったところに、突然現れた……か。
もしも一部の魔族が自分の思い通り、好きなところにワープできると仮定すれば、だが。
そんな馬鹿げた能力を持っているとするならば。
「多分、御者さんは襲撃された」