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56.最期に

 彼女、イリエさん――魔族は静かにソファに腰を下ろしている。


 ちょこんと、すごく小さく見えた。


 この子が魔族だと言われても、俺は正直信じられないほどに。


「イリエさん……で、いいのかな」


「彼女は正真正銘、村長の娘のイリエさんだよ。中身は魔族だけどね」


 黙ったままのイリエさんの隣で、アルマは呟く。


 彼女は、イリエさんであり魔族である。


 上手く理解できないけど、それが事実だ。


「お前がここを襲った理由は、時計台の破壊で間違いないか?」


 なかなか彼女を敵と認識するのができなかった。


 言葉も、上手く紡ぐことができない。


「はい……ここの時計台が持つ【時を止める】能力を消し去るために、壊しました――」


 イリエさんはそう言いながら、体を震わせていた。


 次第に瞳には涙が溜まっていた。


 震える眼を俺に向けて、顔をぐちゃぐちゃにする。


「人を殺しました。村長を殺しました。全部、全部私がやりました」


 溢れるかのように、イリエさんは次々に言葉を紡いでいく。


 拳をぎゅっと握っている。息は荒い。


「人を殺すなんて、何も感じないはずなのに……!」


「時計台を破壊したことが関係しているんだよね? 僕は生憎と全てを知っているわけではないが、君の姿を見れば何か『呪い』にでもかかったのかなと思っているが」


「呪いです。きっと。時計台を破壊してすぐのことでした。気がついたら、殺したはずの村長の娘になっていたんです」


 殺したはずの村長の娘になっていた……。


 一体、そんな超常現象がありえるのだろうか。


 いや、事実発生しているのだからありえるのだろう。


「その瞬間、脳内に一気に流れてきました。私が殺した人間の、人々たちの思い出が大量に流れ込んできたんです」


「……」


「怖くて仕方がありませんでした。自分は、こんな数々の思い出を破壊したんだ。紡ぐはずだった記憶を破壊したんだって」


 それを聞いたアルマは、ぽんと手を叩いて語る。


「つまり、君が受けた呪いは『人の思い出を知る』というものだったんだろうね。君にとっては、最悪の呪いだったんじゃないかな」


「……だんだんと魔族としての意識が薄れ、気がついたら『イリエ』として生きていました。でも、思い出しました。二人のおかげです」


 イリエさんは苦笑しながら、答える。


「父親を待っていたのは魔族の私じゃなくて、私が殺した『イリエ』だったんです。健気ですよね、いないはずの父親を待っているだなんて」


「本当、人間って馬鹿だな」と。


 彼女はこくりと頷いた後、俺のことを見据える。


「あなたに二つ、お願いがあります」


「どうした?」


「ヴォルガンという魔王軍幹部を殺してください。私に、時計台の破壊を命令したのは彼です」


 魔王軍幹部……!?


 ここで、幹部の名前が出てくるとは思わずに驚いてしまう。


 少し、体に力がこもる。


「とはいえ、彼はもう魔王軍幹部とは言えません。なんせ、『魔王殺し』を企んでいるのですから」


「魔王殺し……ってことは、自分の親玉を殺そうとしているってことか?」


「はい。甘い魔王様の考えに反発した彼は、自らが世界を掴もうとしています。……彼が望む世界は生命の選別。思い通りにいったら、人間や魔族。全ての生命が危険になるでしょう」


 なんだそれ。


 つまり、自分が望む世界を作ろうって考えているってことか?


 それ……かなりヤバくないか。


「ヴォルガンはレイピア王国最北端、エネルの草原の地下洞窟に存在する異空間で計画を進行しているはずです。……これがあれば、異空間への扉を開くことができるはずです」


 彼女は俺に、一つの小さな宝石を渡してくる。


 宝石には、見覚えのある紋章が刻まれていた。


 魔物たちに刻まれていたものだ。


「奇妙な魔物が暴れているのも、魔族たちが暴れているのも、全てはヴォルガンが原因です。彼のせいで、人間が数多く死んでいます」


 そう言って。


「彼を殺してください。これ以上、犠牲を生まないためにも」


「らしいけれど、君は信用するかい?」


 アルマが俺に尋ねてくるが、もちろん俺は頷いた。


 彼女の思いは、しっかりと俺に届いた。


「任せてくれ。絶対に、そいつは俺が止める」


 答えると、彼女は嬉しそうな表情を浮かべる。


 そんな自然な流れで、彼女はこうも言った。


「もう一つのお願いは、私を殺してください」


「え……?」


 耳を疑った。


 彼女は一体、何を言っているんだ?


「私は人の命を奪いすぎました。イリエが刻んだ大切な思い出も、壊してしまいました。私は今、イリエの体で生きていますが、これじゃあ彼女は救われません」


 イリエさん――魔族は言う。


「だって、イリエは父親に会いたがっているんです。だから、父親の下に連れて行ってあげてください」


「いや……お前……そんな、こと」


 ここまで言葉を紡いで、俺は何も言えなくなった。


 彼女は責任を感じている。


 そして、その責任は当然のことだった。


 彼女のしたことは決して許されない。


 イリエさんは俺のことを一瞥した後、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、自分の胸に手のひらを当てる。


 魔方陣が胸に浮かび上がると、彼女の体から力が抜けていく。


 立つこともできずに、魔族はソファにもたれかかった。


「今なら、私を殺せます」


「……いや」


「お願いします」


「……で、でも」


「イリエは死んでます。死んでいるのに、私のせいで今も擬似的に生きているんです。可哀想だと思いませんか?」


 それは。


「あなたしかいないんです。イリエを、父親に会わせてあげてください。そして――私の罪を裁いてください」


「カイルくん。これは君にしかできないよ」


 アルマが俺の肩を叩いて、部屋から出て行った。


 俺と二人だけになる。


「お願い、します」


 彼女も、『彼女』もそれを望んでいる。


 彼女たちの願いを叶えることができるのは、俺だけなんだ。


 だから、俺が責任を持つしかない。


 責任を持って、彼女たちの最期を送り届けるんだ。


 俺は胸に手を当てている、彼女に手のひらを当てた。


「まず、イリエさん。父親に会ったらいっぱい甘えろ。君の幸せを、俺は望んでいる」


 強く、力を込める。


「次に魔族。お前は最低だ。でも、俺は悪い奴には思えなかった」


 息を吸い込み、笑顔を作る。


「ヴォルガンは任せろ。絶対に俺が倒してやる」


「ありがとう、ございます」


 だから。


「ゆっくりと眠れ」

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