52.魔族は
「おっと失礼。僕は『もしも』と言ってしまったね! 僕は生憎と断言するのが苦手なんだ! すまない!」
アルマはぺこりと頭を下げて、再度繰り返す。
「この村の時計台には秘密がある」
秘密……ってなんだよ。
これが本当に魔族と関係があるのだろうか。
しかしながら、彼の言い方的に時計台に何やら謎があるような感じだ。
正直胡散臭い。
けれども彼が言っていることはどこか現実味があった。
リアリティと言うべきか。
まあ、俺みたいなオッサンがリアリティを語るのは違う気がするけど。
歳食っちまったら、涙もろくなるのと同じだ。
「秘密と言ったが、伝説とも言った。つまりは何か不可思議なことがあるわけだけれど、それでは胸が儚いお嬢さん! 答えてみて!」
「儚くはないです! ちゃんとここにあります! 見えますか!? ここ!? ここです!? 見えますかぁ!?」
バンバンと胸を叩きながら、キレ気味でユイが椅子から立ち上がる。
今にでもアルマに襲いかかろうとしていたので、俺は慌てて彼女の肩を掴んだ。
「カイルさんは分かりますよね!? ありますよねここに!?」
え、それ俺に聞く?
オッサンに聞いちゃダメだろそれ。
俺は苦笑しながら、ちょうどいい言い訳を探す。
ちらりとアルマを一瞥するが、
「僕は待つよ! その辺りの責任は持たない主義なんだ!」
逃げやがったこいつ。
俺は嘆息しながらユイに語りかける。
「ご立派!」
「はい!」
満面の笑みを浮かべるユイ。
これで本当によかったんだな……。
「それで、時計台ですが……伝説と言うと、何やら魔法や数式では断言できないようなこと……になってくるのでしょうか?」
「そうだね! 人類が持つ技術をもってしても解明できないものだ! ともあれ、焦らしても仕方がない! 時計台の秘密を語ろう!」
アルマが指を弾くと、手のひらに時計が出現した。
針は動いていない。
「この村の時計台は『時を止める』能力を持っている……というと君たちは驚くかね?」
「と、時を止める……?」
「なにそれ?」
「むー……まさに伝説といった感じですね」
俺たち三人、全員首を傾げた。
なんせ時を止めるだなんて、普通はできない。
人類が魔法を扱えるようになって何百年と経ったが、時を止める魔法なんて空想上のものと語られている。
つまりは、人類がどんなに頑張っても実現できない。
『空想上』の能力であるものが、あの壊れた時計台にあるって言うのか?
「そう驚かないでくれ! しかしある程度は驚いていい! だって事実だからね!」
そんなこと本当にありえるのか?
信じられない。
想像ができない。
「信じられないといった様子だね。それじゃあ、一つ君たちに聞こう。魔族はどうしてこんな『辺境』の『何もない村』を襲った? それでは、カイルくん。答えられるかい?」
俺に回答権が与えられる。
……魔族がどうしてこんな村を襲ったのか。
考えてみるが、全くと言っていいほど想像ができなかった。
そもそも、ここへ来るまでの間でも『どうしてこんな村が襲われたのか』と考えていたくらいなのだ。
俺には、分からない。
けれど、彼が言っている時計台の秘密が本当だったと仮定する。
「『時計台』の能力を危惧したから……?」
恐る恐る答えると、アルマはにっこりと笑う。
「ほらね。納得いったでしょ?」
確かにそうだ。
ありえない話だが、もし人類側に『時を止める』技術があるのならば、魔族側は一番危惧するはずだ。
そんなものを使われたら、勝てる見込みなんてほぼないだろう。
「魔族はどうしてこんな村を襲ったのか! 理由は『時計台の破壊』が目的だったからだ!」
時計台が保持する能力を無くすため、この村を襲撃した。
「で、でも。それなら魔族側の作戦は成功したってことじゃない?」
エリサが焦った様子で声を上げる。
「目的だった時計台の破壊は完了したわけだし……もしかして魔族は拠点に帰ったんじゃ」
「そうです! これじゃあ完全に逃げられちゃってるじゃないですか!」
言われてみれば、その通りである。
魔族側の目的は完遂している。
この村を襲撃する理由ももうない。
けれど、アルマは語る。
「少し思わないかい? 『時を止める』だなんて、さながら神がかった能力を持っている時計台を破壊したんだ」
神がかった。
いや、本当に神の力と言ってもいいといえる。
「そんな物を破壊したら、それ相応の罰が下るとは思わないかね?」
「罰……」
俺が小さく口ずさむと、アルマはこくりと頷く。
「時計とは『人の思い出を刻む』ものだ。数多くの思い出を刻み続けている」
そんな物を壊す。
派手な言い方をすれば、人の思い出を壊したとも言える。
「さて、魔族がどこで消えたかだったね。魔族は時計台を破壊した直後に、時計台で消えたよ」
「そ……それじゃあ時計台にある魔力の痕跡を」
「その必要はない」
「え?」
変な声が出てしまう。
彼は一体何が言いたいんだ?
「君がやろうとしていることは知っている。あの医者の能力を使って魔族の居場所を探ろうとしているんだろう?」
「クソ医者のことを知っているのか?」
「ああ。彼、有名だからね」
そう言いながら、アルマは笑う。
「『リリット村内部』『時計台を破壊し、人を殺した魔族』それで試してみるといいさ!」
「は……? それって――」
その条件って、さながら。
「魔族は今も、この村のどこかにいる」
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