5.少し控えめなパンチ
「俺様が誰か知って話しかけてんのかぁ!? ああ!?」
「……知ってるさ。魔族さんだろ?」
俺は魔族の肩を何度も叩きながら、ため息を吐く。
「カイルさん……!」
「受付嬢さんは隠れてて。お金は出さなくてもいいですから」
「ちょ! おいてめえ! 何勝手に言ってんだ!」
俺の発言に苛立ちを覚えたのか、魔族が胸ぐらを掴んでくる。
やはり相手は魔族ということもあって、力は強い。
簡単に俺の体は宙に浮かび、首が締められる。
「ダメだわこいつ。今ここで見せしめとして殺すわ」
言いながら、魔族はどこからともなくナイフを取り出す。
ナイフには魔法が付与されているようだ。
見たところ《殺傷上昇》《一撃強化》のバフがかかっている。
こんなの食らったら、簡単に天国行きだ。
「カイル!! さすがにこれ、不味いんじゃない!?」
「ほ、本当に大丈夫なんですか!?」
あちゃ……さすがに仲間に心配をかけるのはよくないな。
オッサンの心配なんてしなくてもいいんだけど、彼女たちは優しいから真剣に心配をしてしまうだろう。
そりゃよくない。
若いのに、不安なことが増えるのはダメだ。
「死ね! 人間風情が――」
「すぅぅぅ……」
俺は空気を肺の中に吸い込む。
深呼吸、時間がゆっくりになるのを感じる。
相手の動きはとろい。
俺の方が数倍上手だ。
「少し控えめなパンチ」
「は――」
瞬間、爆音がギルド内に響き渡る。
俺が放った拳は魔族の体に直撃。
一瞬の内に放たれた一撃に魔族は耐えることができず、その場から吹き飛んでいく。
「うがぁぁぁぁぁぁあ!?」
地面には魔族が持っていたナイフだけが静かに転がる。
俺はナイフを回収し、そっとカウンターに乗せた。
「すみません受付嬢さん。ギルドの中、散らかしちゃいました」
「だ、大丈夫です! ありがとうございますっ!」
刹那、ギルド内から歓声が上がる。
「うおおおお! さすがはカイルだぜ!」
「俺らが誇る最強の男だ!」
「魔族をワンパンしやがったぞ!!」
「ははは……ありがとう」
俺は適当に会釈をしながら、魔族の方へと歩く。
「さて、魔族さんはっと」
「ひえええええ!!」
「あっ、逃げた」
俺が近づこうとした瞬間に、転移魔法を発動してその場から消えた。
ああ……捕獲しておいた方がよかったんだけどな。
仕方ない。ひとまずは何も起こらなくてよかったってことにするか。
俺はふうと息を吐きながら、エリサたちの下へ向かう。
「ごめん。心配かけちゃって」
「魔族を一撃で倒した!? ねね、今一撃で倒したよね!?」
「魔族って……討伐ランクはSですよ! それを一撃で……!?」
「あ、ごめん。驚かせちゃったよな」
俺はあまり人前で力を見せるのは控えていた。
今回ばかりは仕方なかったが、やっぱり驚かせちゃったかな。
「驚きまくりだよ! Sランクの相手でも一撃で倒すって噂、本当だったんだ……!」
「エリサさん、わたし言いましたよね! あの噂は絶対本当だって! 本当だったですよね!」
「うん! 本当だった! やっぱり噂通りの人だよ!」
「やばいです! 超パネエです!」
「ってうお!?」
興奮が収まらなかったのか、急に二人が抱きついてきた。
そして、俺の胸の中で相変わらずハイテンションではしゃいでいる。
「こ、困ったな……。これ、セクハラにならないよな……」
俺の頭の中は、これがセクハラにならないのか心配でいっぱいだった。