44.多分俺は勇気を得た
オッサンという生物は名前の通り、長い時を生きている。
すべからく偉大な人間ではなく、ただ適等に生きたオッサンたちがほとんどだけど。
俺はどちらかというと、残念ながら適等に生きたオッサンに属すると思う。
何故なら適等に生きてきた自覚があるからだ。
十年前にパーティーを追放されて、俺は何も考えずに生きてきた。
もちろん死ぬかもとは思った。
だが、コツコツとやっていたら知らないうちにSランクの魔物をワンパンしていたのだから仕方がない。
とはいえ。
こんなにも長々と語ったわけだが、この語りは全てこの一言に集約する。
「俺……女性の家、入るの初めてだ」
俺は小さな声で、二人にバレない程度に呟いた。
そうなのである。
俺、カイルは三十年生きてきて女性に縁がなかった。
いや、確かにチャンスはあったと思う。
だが……俺はあまり関わらないようにしていた。
だってこんなオッサンに関わってくる女性なんて怪しさぷんぷんだろ。
絶対詐欺にあう。
あるいは裏社会の怖いお兄さんたちに殺される。
「カイル? どうしたの?」
「どうされました?」
「いや……入っていいのか?」
玄関の扉を開いた二人は、不思議そうに俺の方を眺めてきている。
「いいよ! 狭い部屋だけどね」
「どうぞどうぞ!」
おそるおそる、俺は中へと入る。
うわぁ……すげえ。
なんか感動。
確かにワンルームと二人で過ごすには狭いかもしれないが、王都と考えると上等だろう。
というか、王都のこんな場所。絶対高いはずなのに、よくもまあ生活できていたなぁ。
まあ……だからこそ、俺に払わそうとしているわけだが。
「ふぁああ……疲れた。とりあえず、どうしよっかなぁ」
エリサはキョロキョロと辺りを見渡した後、大きなシーツを部屋全体に敷く。
そして、適等な枕代わりになりそうなものを三個設置していく。
「とりあえず、川の字で寝ようかな!」
「ですね! いつもとは少し狭いですが、人が増えるのは良いことです!」
楽しそうに話す二人の隣で、俺は静かに唸る。
唸りながら、ちらりと二人の方を見た。
「あのさ。俺、本当に川の字で寝ていいのか?」
「いいよ!」
「大丈夫ですよ!」
「俺、オッサンだよ?」
「それがどうしたの?」
「全然気にしませんよ!」
「イケメンじゃないよ?」
「カイルは美男子だよ!」
「イケオジになれる素質があるオッサンです!」
「……そうか」
俺は少し悩んだ後、こくりと頷く。
意識を完全に絶つことにしよう。
俺はこう見えて、爆速で寝るのが得意なんだ。
冒険者として、どんな場所でもどんな時でも眠ることができるよう努力してきた。
その努力が今、発揮される時なのである。
「あ、その前にシャワー浴びちゃうね!」
「わたしも! カイルさんを待たせるわけにはいかないので、一緒に入っちゃいますか!」
「そうだね! ササって入っちゃおう!」
「……………」
そうだよなぁ。
そりゃ、寝るってなったらその前にシャワー浴びるよなぁ。
となれば、彼女たちが風呂から出てきて俺もシャワーを浴びるまで寝れないわけだ。
すぅぅぅぅぅぅぅぅ。
終わりかな。
もしもこれがボードゲームならば、俺は潔く詰みを認めるべき瞬間である。
いや、でもまだ舞えるはずだ。
まだ勝機はある。
だから正気を保て。
「きゃ! エリサさん!」
「ふふふ! ほれほれ~!」
「や、やめてください!」
「へへへ! せっかく一緒に入ったんだから楽しもうよ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
俺は大きく息を吐きながら、目と耳を塞いだ。
オッサン、ダメだ。
こんなの耐えられない。
◆
「カイル……? どうして部屋の隅でうずくまってるの?」
「耳と目まで塞いじゃって……何かありましたか?」
パジャマ姿で出てきた二人を見上げながら、俺は静かに手を戻す。
「何も、なかった」
「う、うん?」
「そうなんです?」
「シャワー、浴びてくる」
俺、カイルのステータスに新たな項目【勇気】が勝手に追加されたような気がした。
シャワーを浴びながら、俺は嘆息する。
これじゃあ疲れなんて取れねえな。
全く。
全く……待て。
あれ。俺ってパジャマねえよな。
さすがに汗が染みついた服で寝るってのはヤバいだろうし。
「あ! カイルのパジャマはそこ置いといたから!」
そんな声が聞こえてきた。
マジか。ありがてえな。
俺は風呂から上がって、用意してくれたパジャマを見る。
「どうしてイチゴ柄なんだ」
どんなに頑張っても三十代が着るパジャマではない。
だが、もうここまで来たら恐れるものなんてない。
俺は静かにパジャマを着て、二人の下へ向かう。
「おお! 可愛いじゃん!」
「可愛いです! カイルさん!」
「ありがとう。これが俺の勇気だ」
拍手をする二人に手を振る。
「それじゃ、カイルはここで寝てね」
「真ん中です!」
「……そうか」
真ん中。
つまりは、エリサとユイに挟まれる形になる。
ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
俺は静かに彼女たちの真ん中で寝転がり、天井を眺める。
「それじゃ、今日からよろしくね! カイル!」
「よろしくお願いします! ふふ……憧れのカイルさんと一緒に寝れるなんて幸せですねぇ」
「これが、俺の勇気だ」