40.ワケ
「残念ですね。実に残念です。私、こう見えて自分から葬儀の準備をしたことがないもので、正直ドキドキしていたんですよ」
「お前は何を言っているんだ。ぶっ殺すぞ」
「そんな怖いこと言わないでくださいよ。あ、そうだ。これから死ぬ予定はありますか?」
「ない」
「いやいやあるでしょう。過酷な物語が始まるのですから。あ、葬儀をする上で宗派とか聞いておくべきでしたね。すみません、私としたことが」
「残念ながら俺は都合のいい時だけ神様がいるって信じるタイプの人間だから、宗派とかそんなものは気にしない」
「それじゃあ葬儀は必要ありませんね。適等に地面に埋めますか」
俺はすぅと空気を吸い込み、手をクソ医者に向ける。
「エリサ、ユイ。今から魔法をぶっ放すから避難してくれ」
「ええ!? 落ち着こうよ!?」
「さすがにアウトです!? ちょっと!?」
二人は慌てながら俺の腕を掴む。
クソ医者はスマイルを俺に向けた。
こいつ、いつか殴る。
俺は嘆息しながら椅子に座り、クソ医者を睨めつけた。
「怖い顔しないでくださいよ。ただでさえ危うい顔のバランスが崩れそうになっていますよ」
俺は中指を立てた。
これに関して言えばエリサたちも納得いかなかったのか、二人も中指を立てた。
「おっと……これは殺されそうですね。殺される前に、あなたたちの話を聞きましょうか」
クソ医者は資料らしきものをトンと叩き、笑顔をこちらに向けた。
全く、こいつは何を考えているのか分からん。
ともあれ、聞くべきことはある。
「まず一つ。クソ医者さんはどうして俺にオーガの討伐を依頼したんだ?」
「それは、貴重な素材を回収してもらうためですよ」
「俺、貴重な素材がなんなのかなんて聞かされてないんだけど」
「おや。言っていませんでしたっけ? それでは忘れていたってことで」
「……」
依然と、飄々とした態度をとり続けている。
「特殊個体のオーガの様子がおかしかった。いや、まあ特殊個体だから当たり前かもしれないが、そうじゃない。説明が難しいから、かなり省いて言うが、あんたなら分かるだろう」
「ふむ」
俺は隣にあるテーブルに手を置いて、口を開く。
「オーガの額に紋章らしきものがあった。あれはなんだ。あんたはどうして俺に特殊個体のオーガの討伐なんて頼んだ。そもそも、どうしてあんな場所に特殊個体のオーガがいるって知っていたんだ」
俺が聞きたかったことを全て話す。
あとは、このクソ医者が喋るかどうか……だが。
どちらにせよ、俺は絶対に口を開かせる。
「まあ、あなたは実際オーガを倒したわけですから、私は約束を守らなければならないわけです。教えましょうか」
そう言って、クソ医者はコンコンとテーブルをつついた。
「まずオーガの紋章について。あれは魔王軍のものです。つまり、あのオーガは魔王軍が支配していた魔物だったというわけですね」
「は……はぁ? 魔王軍が支配していた魔物って……んなことできるのかよ」
魔物を操るなんて想像できない。
いや、一応だができることはできる。
実際にテイマーだとかいう職業もあるくらいには、魔物を操る技術も発展している。
が、あの周辺には魔族の気配なんて感じられなかった。
テイマーは近くにいないと魔物を操れない。
つまり、矛盾が生じているわけだ。
「できますよ。最近の魔王軍、その中に優秀な方がいらっしゃるようで」
「ちなみにそいつは誰だ。知っているのか?」
「知りません。残念ながら、そこまで現実は甘くありません。私もたまたま聞いた程度です。詳細は分かりません」
知らない……か。
「そして、もう一つ。どうしてあなたにオーガの討伐を依頼したか」
クソ医者は指を重ねて、静かに語る。
「簡単です。言ったでしょう? 私は貴重な素材が欲しいと」
「はぁ? 貴重な素材って」
言っている意味が分からなかった。
こいつは一体何が言いたいんだ。
「あなた方が貴重な素材なんです。本当に強敵と戦い抜くことができるのか。それを試させていただきました。まあ、後ほど魔王軍幹部を倒した……なんて情報が入ってきましたから、必要なかったかもしれませんが。とはいえ、オーガを倒した事実は大きいですから間違いではなかったということで」
「なんだか腹立つ言い方をするな」
「いいじゃないですか。そっちの方が男心くすぐられるでしょう?」
「俺は残念ながら三十だ。そんな少年心なんて昔に置いてきちまったよ」
「つまり老いてしまったわけですね」
「まだまだ若い」
「矛盾していますが?」
こいつ……やっぱり殴りてえ。
「そして最後。どうしてオーガの場所を知っていたのか」
クソ医者は指を立てて語る。
「簡単なものです。私が探知しました」
「探知?」
「どういうこと?」
「探知……ですか?」
聞くと、クソ医者はにっこりと笑う。
「私が持つスキル、皆さん勘違いされるんですよね。私のスキルは医療系ではなく、索敵スキル【条件探知】です、ま、名前の通り条件面が厄介ですがね」