38.完全に忘れてたよ
「思い出したわ。完全に忘れてた」
オッサンというものは過去にとらわれるものだと思っている。
説教、昔話、自慢話エトセトラ。
それはもう過去が大好きな生物である。
もちろん俺も例外ではないと思っている。
逆に客観視できてる自分は、まだマシなオッサンだと思っているつもりだ。
「こちらです!」
ああ。本当に俺は自分のことを客観視できている。
過去にはとらわれない、それはもう素晴らしい三十代だということが分かった。
「膝枕……するんだったな」
「しますよ! もう、忘れたんですか?」
「忘れてたから無しにならない?」
「腰は痛くていいんですか?」
「いや、それは嫌だけど、なんかあれじゃん」
「嫌なんですか?」
「あー……嫌ではないけど、嫌ではないけどな」
「わたしが嫌いなんですか? そういうことですか……悲しいです……」
あからさまに落ち込むユイ。
「おいおい旦那ぁ! 女の子を落ち込ませるのは男としてどうかと思うぜ!」
「……」
御者さんにまで言われてしまう始末。
というか、御者さん待たせてるんだよな。
「ぶーぶー! カイルー! どうかと思うよ!」
「……」
全員が俺の敵であった。
俺がユイに膝枕してもらわないと、俺は攻められ続けることになるだろう。
……それだけは嫌だ。
俺、人目は気にするんだ。
どうしても、年齢的に気になってしまう。
これ以上騒ぎを大きくすれば、大衆の面前で強制膝枕になってしまう。
ならば。
「ユイ、膝枕を頼む」
「そう来ると思ってましたよ! どうぞ!」
となれば、俺ができる行動はただ一つ。
これ以上騒ぎが大きくなる前に膝枕をしてもらうことだ。
ユイが座っている椅子に腰を下ろし、ふうと息を吐く。
そして、ゆっくりと頭をユイの膝に当てた。
「天井が見える……」
「天井が見えるのは当たり前じゃないですか?」
「あ、ああ。そうだな。天井が見えるのは当たり前だ」
危ない。
意識を沈めるために、完全に無心になっていた。
思わず言葉にしてしまったが、普通にセクハラである。
しかも、危なそうな発言。
もしこの言葉の意図が彼女にばれたら俺は殺されるだろう。
「それじゃあ……悪いけど、寝ていいか?」
「いいですよ! カイルさんの可愛い寝顔をわたしは見ていますので、気になさらずにゆっくり眠ってください!」
「……ああ」
身の危険を感じる。
彼女の笑顔が怖い。
ま、まあ三十の俺に対して……な?
大丈夫だ大丈夫。
俺はふうと息を吐いて、目をつぶった。
◆
無事、中継地点も通過した俺たちは王都の門をくぐろうとしていた。
「なんかユイの顔、つやつやしてないか?」
「ふふふ。カイルさんの髪の毛、温もり、最高でしたよ」
「そうか……」
よろしくない。
とても不健全である。
このままでは駄目だと俺は起き上がって、移ろいで行く景色を眺める。
久々の王都。
さて、ここからが本題だ。
あのクソ医者が何を知っているのか。
「てか……なんか距離近くね?」
「気のせいですよ」
「いや、ユイ。距離近いと思うよ」
「近くないですよ」
「そ、そうか」
揺れる馬車内。
起き上がった俺に対して、なぜか肩を寄せてくるユイに困惑していた。
なんか……最近二人からの距離感がおかしくなってる気がするなぁ。