26.英雄
「僕を倒そうって言うのかい? 哀れだな。可哀想だな。どうせ死ぬことになるのに、自らの体を滅ぼそうとするなんて」
ギアンはくつくつと笑いながら、俺たちのことを睨めつけてくる。
相手は武器を持っていない。
とどのつまり、魔法特化の魔族だろう。
さっきの攻撃も、大きな魔力を感じた。
「どうしてこんなところを拠点にしてんだ。何が目的なんだ」
「目的ぃ? まあ色々あるんだよ。こっちもこっちで面倒なことがあってね」
「あっそ。で、それが人間を殺して構わない言い訳にはなるのか?」
「それは関係ないさ。だって人間はいくら殺しても、別に困ることなんてないからね」
こいつ……とことんクズ野郎だな。
「悲しむ家族がいる」
「悲しさを抱く時点で人間は下等生物なんだよ。分かるかい? いや、分からないか。だって君も人間。同じ下等生物なんだからねぇ!」
「……ぶっ飛ばす」
俺は拳を構え、相手を見据える。
「ああ? もう一回言ってみてよ? ひ弱でか弱くて、貧弱で大馬鹿で、恥知らずの人間くんさぁ?」
「ぶっ倒すつってんだよ!! エリサ、バフを! ユイは弓をぶっ放せ!」
「分かった! 全員に《攻撃強化》を付与!」
「深呼吸……行け!」
エリサのバフ発動後、ユイが矢を放つ。
しかし、魔族は簡単に矢をへし折ってみせた。
「なんだよ。強い言葉を使っているくせに、弱いじゃないか」
「二人とも。相手の言葉は気にすんな、引き続き撃ち続けてくれ。エリサも加勢を頼む」
「分かった!」
「了解です!」
ユイだけでなく、エリサも攻撃に混ざる。
二人は一斉に攻撃を放った。
さながら波のように、相手へと飛んでいく。
「無駄。全部無駄。すべて無駄。これも、あれも、それも。全部無駄!」
ギアンはケラケラと笑いながら、防御魔法を展開して攻撃を無効にしていく。
「弱いねぇ! か弱いねぇ! 貧弱だねぇ! 次は僕の番だ!」
そう言いながら、ギアンが手を振り上げる。
すると、幾重もの魔法陣が浮かび上がった。
「なっ!?」
「ヤバくないですか!?」
魔法陣が回転を始め、付近の空間がねじ曲がる。
「死ね! 全部死ね! 一切合切死に晒せ!!」
瞬間、魔法陣から数多くの魔法弾が放たれる。
俺たちに向かって一直線に飛んできた攻撃は、見事命中した。
「ふはははははは! どうだ! どうだ僕の攻撃は! 全員死んだな! 無様だな!」
見事、俺の体に命中した。
土煙が上がる中、俺は一歩前に前進する。
その様子に気がついたのか、ギアンの表情が険しくなった。
「な、なんだ。どうしてあの攻撃で動けているんだ……いや違う。動けているどころの騒ぎじゃない。無傷だ。僕の攻撃を食らっても……無傷!?」
「ああそうだ。オッサンさ、こう見えて体は頑丈なんだ」
ギアンは足を地面に擦りながら、後退していく。
俺に対して、恐怖の眼差しを送ってくる。
「お前……何者なんだ!? い、いや今はどうだっていい! さっきのはきっとたまたまだ! 死ね! 死ね死ね死ね!」
ギアンが手を振り上げ、何度も魔法弾を撃ち込んでくる。
だが、俺はそれをすべて落としていく。
すべて、無効にしていく。
「な、なんだよそれ……お前、人間なのかよ!!」
ギアンは手を震わせながら、俺に尋ねてくる。
ああ、俺が人間かどうかか。
俺は相手を見据え、嘆息する。
「最近さ、俺病院に行ったんだ。そしたら医者に、『あなた、人間を逸脱しています』って言われてさ」
「は、はぁ!?」
「俺も動揺したけどさ。今なら言える。お前のようなやつをぶっ倒すことができるなら、人間を逸脱していてもいい」
俺は拳を構え、相手へと近づく。
「齢三十にして、今更英雄になるさ。はは、痛え言葉だな」
「く、来るな! こっちに来るな!」
ギアンは慌てて防御魔法を展開する。
透明な球体がギアンを包み込む。
そんなもの構わない。
俺には関係のないことだ。
「生憎だが、今回はひ弱でか弱くて、大馬鹿者の人間様の勝ちだ」
拳を引き、思い切り防御魔法に叩き込む。
瞬間。
――ゴォォォォォン!!
轟音が響き渡り、衝撃波が周囲に弾け飛ぶ。
「い、嫌だ! 負けたくない! お前みたいな人間に負けたくない!」
「無駄。全部無駄。すべて無駄。これも、あれも、それも。全部無駄。お前の足掻きは、すべて無駄だ」
瞬間、防御魔法にヒビが入る。
ピキピキと音を立てながら、ヒビ割れていく。
そして、俺の拳は防御魔法を貫き、ギアンへと到達する。
「あ、あがぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?」
ギアンは思い切り吹き飛ばされ、最後には一本の大樹にぶつかった。
大樹は大きく揺れ、最後には大きな音を立てながら倒れた。
「ふぅ」
俺は息を吐いて、大樹の下へと歩く。
「……生きてはいるな。とりあえず生け捕りにするか。エリサ、拘束魔法を」
「う、うん!」
エリサは慌てて、ギアンを動けなくする。
俺はそれを確認した後、二人の背中を叩いた。
「依頼、完了だ。こいつはしっかりと罪を償ってもらう」
「……さすがだよ! すごいよカイル!」
「強すぎますよ!」
「俺は別に強くないさ。強いのは、俺のユニークスキル。ほら、さっさと歩くぞ」
そう言って、俺たちは馬車の方へと歩く。
これまでにギアンが殺した人間たちに、祈りを捧げる。
「んじゃ、戻るか。宮廷に」
「うん!」
「戻りましょう!」
そうして俺は、王都へと歩き始めた。