126.やる気?
「あ、ああ~……え? あの、え? もしかして……やる気? やる気というより、殺る気?」
冗談交じりに聞いてみるが、彼女たちは決して笑わない。鈍感な俺でも分かる。彼女たちは本気だ。
「お前ら……辞めといた方がいいぜ……? ほら、ここ一般人もいるしさ……? な?」
「そうだね。だからカイルにしか当てないよ」
「わたしたち勇者ですから、カイルだけに当てることなんて余裕でできます」
「あは~……そうだよな。すごいよなぁお前たちって」
俺の選択はどうやら間違っていたらしい。自信満々で選んだ答えは、天国ではなく地獄へと繋がっていたようだ。
もうダメだ。諦めるしかない。もし逃げようにも、俺が動いたり避けたりすることによって他の人たちをも巻き込んでしまうかもしれない。男は黙って仁王立ちで受け入れるのがベストなのだろう。
「――なんじゃお主ら? そんなことで怒っておるのかぁ? それじゃあカイルの本妻にはなれんのぉ」
武器を向けているエリサたちの前に、ダークハートが立ってにやりと笑った。もしかしてこいつ……俺を守ろうしてくれているのか? こんな最低な俺に対して……こいつは味方になってくれると言うのか……?
「大丈夫かカイル。お主は少しシャイなだけで、妾たちのことをしっかり見てくれておるのは知っているぞ? さぁ立つのじゃ」
そう言って彼女が手を差し伸べてくる。俺は手を握り立ち上がると、ダークハートは体に着いている砂を手で払ってくれた。
「全く呆れるよのぉ? カイルの性格を知らないだなんて、お主たちは本当に仲間なのか? いや、仲間止まりだからこそ……分かってやれないのじゃろうなぁ?」
とてつもない煽り。俺なら泣いてしまう。というか……こんな言い方したら余計争いが酷くなるんじゃ……!
「……くっ!」
「……うぐぐっ!」
「効いている……のか……?」
エリサたちが胸を押さえて膝を付いた。これは間違いなく効果を示している。どうやら効果は抜群だったようだ。
「ふん! 妾には勝てんのじゃ! なんたって妾は五百七歳じゃからの。場数が違うわい」
満足気なダークハートは、腕をぐるりと回してくつくつと笑う。
「妾も勝ったことじゃし、気を取り直して遊ぶとするかの!」
ダークハートは楽しそうに浜辺を駆けていく。色々とあったが、ダークハートに助けられてしまったな。こればかりは感謝しなければならない。
「まあいっか! 今回は負けたけど、次は全然あるもんね!」
「悔しいですが……いいでしょう! それよりも海です!」
エリサたちも元気よく走っていく。その姿を見ながら、俺はくすりと笑ってしまった。
このような生活が、なんだか自分には少し贅沢のようにも思えて、しかし今こうしてこんな日々を送れている事実が嬉しくて仕方がなかった。昔の自分が見たら、一体なんて言うだろうか。騙されているんじゃないかと疑うような気がする。
「よーし! 遊ぶぞ!」
俺も彼女たちに続いて海へ向かって走る。熱い砂を蹴りながら、波へと向かう。足が水に触れると、少し冷たくてこの暑い季節には心地が良い。
「くらえ水だぁ!」
先に入っていたエリサが水をすくって、俺に向かってかけてくる。
「冷たっ! やるなお前……!」
倣うように俺も両手で水をすくい、思い切りエリサにかけてやった。彼女は目を薄めて、かるく悲鳴をあげる。
「エリサだけずるいですよ! わたしも!」
ユイも混ざって、思い切り水をかけてきた。な、なんて平和な一幕なんだろうか。三十のオッサンの心に沁みる……最高だ。
童心を思い出すなぁ……俺もこんな時期があったけ……。
いやいや、そんなの関係ないな。昔じゃなくて、今は今だ!
「ふふふ……! 甘いぞお主ら! そんな柔な水のかけあいなんて温くてあくびが出るわ!」
ダークハートがそんなことを叫んだかと思えば、何故か手を掲げてにやりと笑う。
一体何をしようと――。
「《空間掌握》なのじゃ!」
詠唱を唱えたかと思えば、水の塊が海から浮かび上がってくる。無数の球体となり、ダークハートの回りでぷかぷかと浮いている。
「おいおい魔法は無しだろ……!」
「水のかけあいはもっとハードじゃないとなぁ! ゆけい!」
彼女が腕を振り下ろすと、無数の水の塊がこちらに向かってくる。
「きゃっ――痛ぁ!?」
球体がエリサの額に当たると同時に、涙を浮かべながら悲鳴を上げた。
「エリサさん――ぴぎゅ!?」
ユイの腕にも直撃する。もう水が当たった際に破裂音が鳴ってしまっている。明らかに痛い音だ。俺は咄嗟に飛んできた球を全て拳で破壊したからどうにかなったが、当たっていたら悲鳴を上げることになっていただろう。
「ぬぅぅぅぅ! 痛いんだけどダークハートぉぉ! 絶対に許さないんだから!」
なんて言ったかと思えば、エリサが杖を生み出して構える。
「《ウォーターブラスト》!!」
「馬鹿お前っ! それは普通に威力高すぎだっつうの!」
エリサが出した魔法は普通に攻撃魔法としても使われる物だ。《空間掌握》が一体どんな魔法かを理解してはいないが、少なくとも《ウォーターブラスト》は炎系の魔物に使われる物である。
魔法陣が展開されたかと思えば、水が柱となってダークハートに突き進んでいく。
だが。
「のじゃのじゃあ! こんな魔法どうってことないのじゃあ!」
言いながら、ダークハートが詠唱をする。
「《障壁》!」
唱えたと同時に、海の水が壁となった。エリサの攻撃は壁に直撃し、波に飲まれて立ち消える。こりゃもう水遊びというよりかは……魔法合戦だな。あまり魔法が使えない俺とユイはただ見ることしかできない。
「こりゃ俺たちは蚊帳の外だな、ユイ」
「ふふふ……それはどうですかね」
そう言って、ユイが弓を構える。しかし、こんなところで矢なんて使ったら怪我どころの騒ぎじゃないが……。
「こう見えて……わたしも多少は魔法の練習をしていたのです! 《生成》!」
ユイが詠唱をすると、周囲の水がエリサの手に集まっていく。次第に水の形が変化していき……水で作られた矢へと姿を変えた。
「これなら当たっても――チクッとするだけです!」
パシュンという音ともに放たれた矢は、エリサとダークハートの額に見事直撃した。想定外の攻撃だったこともあり、二人は驚いた様子で痛む額を触る。
「なにっ! ユイやるねぇ!」
「水の矢か! さすがは勇者じゃのう!」
「へへん! わたしだって対抗できるんですから!」
どうやら魔法を駆使した対決は、エリサとダークハートだけの戦いではなく、三人により三つ巴になったようだ。
「……」
オッサンはと言うと、三人が激戦を繰り広げているのをただ眺めているのみ。確かに俺は魔法も使えるが、恐らく俺が発動するともれなく他の観光客すらも巻き込む一撃になってしまう。俺はエリサとかとは違って、魔法の威力のコントロールはできないのだ。
オッサン、ただ立つことしかできない。
「…………しかし考えはあるんだよなぁ!」