124.もぐぞ?
この戦いに勝者は現れない。残るのは屍だけである。
けれど、その事実を言ったとしても彼女たちは諦めないだろうから俺はどうすることもできない。
「カイル……見ておれよ! 妾、とびっきり扇情的で官能的で、もう妾がいなきゃ何もできないって状態にしてやるからの!」
「へぇ~ダークハートさん。あなたより、わたしの方がずっとカイルさんの近くにいるんですよ? あなたみたいな新参がわたしたちに勝てるわけないじゃないですか」
「はぁ? 身内より知らない女の子に誘われる方が燃える年代じゃろカイルは」
「身内の女の子がふとした瞬間に見せる女の子な姿の方が燃えるんですよ。分かってないですねぇ~ダークハートさんは。人間への理解度、足らないんじゃあないですか?」
「なんだお主、魔族差別か? 差別って最悪じゃのう? お主の心の余裕のなさが現れておる。必死なんじゃの、お主は?」
「あ?」
「のじゃ?」
今まで見たことないほど、ユイが毒舌である。というかそんな喋り方できたんだな。なんか女の子の裏の顔見ちゃった時のようなショックがあるよ、俺。
「ははん! ダークハートもユイも分かってないなぁ! あなたたちには致命的に足らないものがあるっていうのに、自覚がないだなんて可哀想!」
と思えば、エリサが誇らしげに戦いに参戦した。何か切り札があるような言い方である。
エリサは己の手を自分の胸に当てて、にやりと笑う。
「あなたたちには圧倒的に『胸』が足りない! 胸囲が足らないの!」
「……殺しますか」
「お主、踏み込んじゃいけない領域に入ったの? 分かっているのか? 妾、魔王じゃぞ?」
二人が顔を歪ませ、鋭い視線でエリサを睨めつけている。しかもかなり物騒なことを言っているのが怖い。
ダークハートはぐっとエリサに近づき、両腕を構えたかと思うと。
思い切りエリサの胸を掴んだ。
「この胸ぇ、もぐぞ?」
「やってみなさいよ、貧乳が」
ヤバい、もう殺意マシマシでお互い牽制しあっている。ダメだ……吐き気がしてきた。目眩もする。今すぐに逃げ出したい。ど、どうにか話を変えないと。
「あ……ああ! もう着いたんじゃないかお前ら! なぁ!」
魔導列車が減速し始めている。外を見てみれば駅も見えた。
俺の言葉に反応して、ダークハートがちらりと外を見る。
「確かにもう目的の駅じゃな」
そう言って、エリサの胸から手を離す。
「ちっ。戦いはこれからじゃ、人間風情が」
「もちろんよ。こっからが本番なんだから、こんなところで体力を消耗している暇はないっての」
「ですね。わたしも気合いを入れていきます」
ひとまず三人の争いは休戦となったらしい。俺は安堵しつつ外の景色を眺めていると、列車が駅の前でゆっくりと止まる。掠れる音とともに、扉も開いた。薄着のいかにもこれから海に行くような格好の人々が列車から降りていくのを横目に、俺たちも立ち上がって外に出ることにした。
外に出てみると、海風が頬を撫でる。潮の香りを久々に感じながら俺は背中を伸ばした。
「ここから海は近いんだっけか?」
「近いぞ! 徒歩で行ってすぐじゃ!」
「うおおお! テンション上がるなぁ!」
「色々と言いましたが、なんやかんや楽しみですね!」
二人もいつもの調子に戻って、楽しげにしている。俺も俺で久々の海に来たということでテンションは上がっていた。
軽やかな足取りで駅を出てみると、少し先に海が見えた。他の人々も海に向かって歩いている。穴場と言ってもある程度は人もいるようだ。まあ誰もいない海辺より、わいわい人々が騒いでいる方がテンションも相乗効果で上がるものだ。
「それでは行くぞお主ら! 出陣じゃ!」
「「おお~!」」
ダークハートの声とともに、エリサたちが腕を掲げる。全く、元気のいいことだ。
「おお!」
俺も遅れて拳を掲げ、海街を歩く。首都と違って本当に落ち着いた景色が広がっているから、なんだか心も穏やかになるような気がする。都会も楽しいけれど、なんやかんやでこういった田舎の方が楽しめたりするものだ。どちらかと言えば、俺も田舎の方が好きである。
別に田舎の出ではないが、どこかノスタルジックな雰囲気が好きなのだ。これも歳のせいかと言われてしまえばそれでお終いだが、しかし気持ちを理解してくれる人も多いと思う。
歩いていると、海鳥が鳴きながら空を飛んでいるのが見えた。改めて海に来たんだなと実感しながら進んでいると、浜辺が視界に入る。さざ波の心地よい音が聞こえてきて、足取りも更に速くなる。
「来た! 海だ!」
そう一番最初に叫んだのは、年甲斐もなく俺だった。目の前に広がる青色に胸が高鳴るのが分かる。なんたって少年時代ぶりなのだ。もう何十年と見ていない景色に興奮しないわけがないだろう。
「綺麗な海だね! うーん、遊び甲斐がありそう!」
「ご飯とかあるんですかね! 美味しいご飯!」
片方は遊び、片方は飯と方向性が違うが、しかしそれも海の楽しみ方だろう。
「良い場所じゃろう? よーし、遊ぶのじゃ! 着替えじゃあああ!」
「「「おう!」」」
声が重なった俺たちは、そのままハイテンションで駆けていった。