120.海ぃ!
色々と問題も発生したが、無事俺たちは人間界に帰還することになった。戻る際にはそれはもう大変で、王都には数多の人間が集まり、国家の代表たちが無事だったことを喜んだ。
また、発生した暴動に関してもダークハートたちの対応が良かったこともあり、逆に魔族側に対して好意的な印象を残す結果となった。俺たちの魔界遠征は無事成功したと言ってもいいだろう。
「魔族たちも意外と王都に来るようになったな」
街を歩いていると、各地で魔族を見かけた。それも人間側も興味を持って、交流も活発になってきていた。聞いた限りだと、魔界側にも人間は出入りしているらしく魔界解放は成功しつつあった。とはいえ、キッカケを作れただけであり、これから問題が発生する可能性もある。
俺たちはまだまだ気が抜けない……と言った感じだ。
「そうだね! だけども! 私たちはもっと喜ぶことがあるよね!」
「ですよねカイルさん!」
そう言って、二人が顔をぐっと寄せてくる。喜ぶこと――それはもう俺にとっても喜ばしいことが先程あったのだ。
「もちろんだ! なんてったって……国王様から休暇の許可が下りたんだからな!」
そう、なんと休暇の許可が下りたのだ。期待はしていたが、まさか本当に許可が下りるだなんて思っていなかったものだから嬉しくて仕方がない。俺は拳をぎゅっと握りしめ、感動を噛みしめる。
「くぅ……久々の休暇……なにしよっかなぁ!」
ウキウキである。なんなら今からスキップしながら鼻歌を口ずさみたいほどだ。とはいえ……オッサンの体としては動き回るんじゃなくてゴロゴロしたいな……休日にアクティブに動き回れるほどの元気は決してない。
けれど……エリサとユイが何か期待をちらつかた目をこちらに向けてくる。
「……どこに行きたいんだ二人は」
「よくぞ聞いてくれました!」
「もちろん考えてありますよ!」
オッサンは大人しく家に引きこもりたいところではあるが、若い子たちの希望に応えるのも年長者の役目だ。彼女たちも彼女たちで、若いというのに仕事に追われて大変そうだったしな。二人としてもここは思いっきり遊びたいところだろう。
「それはぁ!」
「それはそれはぁです!」
二人が満面の笑みで両手を掲げる。
「「海ぃ!」」
そう言った後、嬉しそうに俺を中心にして回り始めた。犬かな?
「海かぁ……何年……下手すれば十年くらい行ってないな」
記憶を掘り返してみても、幼いカイル少年が浜辺で砂遊びをしていた思い出しか出てこない。とどのつまり少年時代以来行ってないってことになるな。
「確かに最近暑くなってきたし、海に行ってみるのもありか」
「だよねだよね! 海だよ海!」
「海と言えば青春! 青春と言えば恋! これはもう何かありますね!」
「青春ねぇ……オッサンの青い季節はもう終わっちまったなぁ……」
彼女たちの若い発言を聞いて、少し悲しくなってしまう。というか、思い出してみても別に青い季節なんてなかったような気がする。あれ、青春ってなんだっけ。俺……普通にぼっちだった記憶しかないわ。なんだか死にたくなってきたなぁ。
「あれ……? カイル、なんで泣きそうな感じになってんの!?」
「そんなに海が嫌でした!?」
「いや……違うんだ。オッサンってのはな……時に過去を思い出してしまって死にたくなる時があるんだよ……」
オッサンは弱い生き物なのだ。だからたまに飲みの場で自分の過去の自慢話ばかりするオッサンも許してやって欲しい。思い出して悦に入っていないと死ぬんだよ。
「しかし海か。三人だけで行ってもいいが、もう一人くらいいてもいいかもしれないな」
けれど……誘うにしても誰がいいかな。リエトン伯爵は……暑苦しいしな。ルルーシャさんにしてもあの人は忙しそうだし。あれ、俺……あんま知り合いいないな。また死にたくなってきた。
「あ、それならダークハートとかどう? カイルのこと大好きみたいだし飛んでくるんじゃない?」
「いやいやいや……あの人は国家のトップなんだぞ。普通来るわけないだろ」
「連絡してみたらどうです? 通話型魔道具、確か貰ったんでしたよね?」
そう言って、ユイが俺のポケットを指さしてくる。そうだった。ナイオス邸から首都に戻った後、直接連絡を取り合えるように貰ったんだっけか。
「まあ……聞くだけ聞いてみるか。来ないだろうけどな」
俺は魔道具を取り出し、起動する。そのままダークハートに通話をかけて少しすると。
『なんじゃカイル! 妾と話したくて仕方なくなって連絡してきたのじゃな! もう可愛いやつめ! もう食べちゃいたいくらい可愛いのじゃ! なんじゃ言ってみい。妾になんて言って欲しいのじゃ!』
何言ってんだこいつ。壊れたのかな。
「ああ……いやな。エリサたちと海に行くって話になったんだが、ダークハートにも声かけてみろって言われてな。とはいえ、さすがに無理だろ?」
『お主海と言ったか!? ちょっと待っておれ! ちょっと待っておれよ!?』
なんてことを言ったかと思えば、通話越しでドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
「なんだか行けそうじゃない?」
「だな……」
俺はもう若干引き気味になっていた。いや、まあさすがにダークハートが行きたいと言ってもなかなかそんなワガママは通らないだろう。
「戻ったのじゃ! いいぞ! 海が終わったらすぐに帰ることになるじゃろうが! それよりも……妾、カイルの方からデートのお誘いをくれるだなんてときめいちゃったのじゃ! もう妾のピュアピュアハートはドキドキなのじゃ! 妾、とっても可愛い水着用意するからの! うっ……嬉しすぎて叫びたい気分なのじゃ! 叫んでもいいのじゃ!? のじゃああああああああああああああ!!」
とりあえず通話を切っておいた。
「いいってよ」
「ほら言ったじゃん。来るって」
「いや……それよりも様子がおかしかったですよ……叫んでましたよねあの人……」
「いつも通りだろ」
「ひ、否定ができないのが……ごめんなさいダークハートさん……」
だが本当に大丈夫だとはな。状況からして決して暇ではないと思うのだが……ここはさすがとしか言えないな。