116.異世界
「それじゃあ家に入ろうか。お茶を用意するよ」
「お菓子も欲しい!」
「ふふ、もちろんあるよ。いいお菓子が手に入ったところなんだ」
「お菓子あるんですか! やったー!」
「お菓子だー!」
お前ら……遠慮というものを知らないのか。仲間でもあるが、一種の保護者でもある俺にとってはお腹が痛くなる。一応相手は貴族なんだけどなぁ……。
「さて、ようこそ僕の家へ」
ナイオスが扉を開き、こちらを向いてぺこりと頭を下げた。
「おお……ここが……」
魔界の貴族はどんな生活をしているのかと気になっていたのだが、特別人間界と代わっているわけではないようだ。ただ、ところどころに魔道具が設置されており、恐らく生活を補助するものなのだろう。魔道具は人間界ではそこまで見かけないので少し興奮してしまう。
「質素だと思ったかい? まあ実際、他の貴族と比較すると僕は質素な生活をしているよ。ただ、この生活が好きでね」
「とても良い趣味をしていると思うぞ。俺も豪華なものより、こういう落ち着いた雰囲気の方が好きだ」
「そう言ってくれると嬉しいよ。カイルに分かって貰えるだなんて光栄だ」
「ははは……光栄になるほど俺はすごくないんだけどな……」
「いや、僕は君のファンだからね。光栄だよ」
彼は本当に謙虚だ。俺のこともしっかり立ててくれるし、所作の節々から高潔さが垣間見えている。良い意味で貴族らしい。
「それじゃあ、この部屋で座って待っていてくれ。お茶とお菓子を持ってくるからさ」
ナイオスに案内され、俺たちは一つの部屋に入る。部屋の雰囲気からして応接間なのだろう。
応接間と言えば来客を持てなす場所であるため、わりと主人の好みが出てくるのだが……ここはかなり落ち着いた雰囲気のある内装だ。大抵絵画などが飾られていたりするのだが、あるのは本当に本棚と机とソファ。あとは大きな窓くらいである。
ナイオスが去るのを見届けた後、俺たちはソファに座る。
「さすが私たちのファンだね! 良い趣味してる!」
「なんだか落ち着きますね!」
「お前らなぁ……他の貴族には言うなよぉ……下手すれば首飛ぶからなマジで……」
「分かってるよ! 人を選んでるからね!」
「全く……」
今後彼女の首が飛ばないよう、俺は祈っておこう。ちなみに万が一のことがあったら俺は逃げる。エリサには悪いが大人しく死んで貰おう。
「でもすごいですね……ここにある本……全部難しそうなものばかりです……」
「雰囲気いいし、ここで読書をしているのかもな。しかし哲学書に魔導書……歴史やその他諸々。俺には読めないものばかりだ」
ある程度俺も本を読んできたつもりだし、魔導書に関しては実際に何度も目を通したことがある。とはいえ、俺が読んだ魔導書なんてたかが知れている部分もあるし、実際ここにある魔導書は見たことがない題名で、恐らくは上位以上の魔法が記されているものなのだろう。
「気になるなら後でナイオスに頼んで読ませて貰ったらどうだ?」
興味があるなら読んでみたらいいと思い、ユイに提案する。けれど、ユイはむむむと唸って首を横に振った。
「かなり興味はあるのですが……恐らく目を通したところで理解はできないでしょうね……」
「そうか。エリサと違って読めそうなものだが、お前でも無理ってことは相当なものが揃っているんだな」
「なんだよエリサと違ってって! 私だって読めるもん! 頑張れば! 一年くらい時間もらえれば!」
「もうそれ無理って言ってるようなものだろ」
「むうううう!! 馬鹿にするなぁ!」
「なんだか楽しそうにしているね。お待たせ、お茶とお菓子を持ってきたよ」
どうやらナイオスが戻ってきたようで、エリサを見ながら苦笑していた。
「すまない。恥ずかしいものを見せたな」
「大丈夫だよ。仲が良いのは素晴らしいことだ」
俺が恥ずかしいことと言ったことに怒っているのか、エリサが無言で俺の腕にどついてきている。地味に痛いが事実なのだから仕方がない。
「わぁ! 美味しそうなお菓子です!」
「……美味しそう」
エリサだけは少しふくれっ面になっているが、ともあれ二人はお菓子をキラキラとした瞳で見ていた。様々な種類の焼き菓子が並べられており、どれも美味しそうなものばかりだ。
それに、ナイオスが出してくれたお茶……もとい紅茶からはとても良い香りがする。俺の経験からして……これかなり良いものだな。
「どうぞ、遠慮せず食べちゃってください。もうパクパクって言っちゃってください」
「それじゃあ遠慮なく……うう!」
「いただきます……んん!」
焼き菓子を一囓りした二人が目を丸くしたかと思えば、そのまま勢いよく食べ始めた。
「美味しいですよこれ! めちゃくちゃ美味しいです!」
「……美味しい! もうカイルに怒っていたことなんてどうでもよくなるくらいには美味しい! パクパク!」
どうやらかなり美味しかったらしい。エリサも機嫌を直して、仲良く二人で焼き菓子にがっついていた。
実際に俺も食ってみると、確かにかなり美味しかった。甘さがキツいわけでもなく、舌触りはしっとりしていて癖になりそうだ。そのまま流れるように紅茶に手を伸ばし飲んでみる。おお……すごく良い香りがする……落ち着くな。
「めちゃくちゃ美味しいよナイオス。こんなに良い物を出して貰っちゃって、なんだか申し訳ないな」
「いいんだよ。お菓子は食べられるために存在しているし、お茶も楽しむために存在している。だから気にすることはないさ」
それなら遠慮せずいただくとしよう。こんなにいいお菓子、今後いつ食べられるか分からないしな。
「ところで、カイルに一度聞いてみたいことがあったんだ」
「ん? なんだ?」
俺が尋ねると、ナイオスは首から下げている鍵を握って語る。
「『異世界』……と聞いたら、君は何が思い浮かぶ?」
「異世界……? うーん……よく分からないな」
異世界という単語自体あまり聞かないものだ。恐らくはこことは違う異なる世界のことを指しているのだろうが……しかし思い浮かぶものなんてない。なんせ考えたことがないのだから当然とも言えるが。
「まあ……そうだね。なら聞き方を変えよう」
そう言って、ナイオスはにこりと笑う。
「もし、この世界よりも高度な文明があり、魔物も存在しない世界があるとすれば……行ってみたいとは思わないかな」