110.魔界の魔物
あとがきに大切なお知らせがあります!
「ここまで来ると木々が多くなってきたなッッッ!」
俺はリエトン伯爵に運ばれて、無事に森の中に入っていた。郊外まで来れば、建物ばかりの景色ではなく、普通に森もあるようだ。
「……めっちゃ見られてたね」
「そりゃそうでしょう……筋肉ムキムキマッチョマンが男を運んでいるんですよ……端から見たらもう拉致ですよそれ……」
それはもう無残というか、奇異な光景だっただろう。オッサンがオッサンを運んでいるのだ。確かに拉致にしか見えないし、少し奥には女の子二人がヤバい奴らを追いかけているし。これ……ルルーシャさんには秘密で……ってことになっているけど普通にバレないか?
「下ろしてください……リエトン伯爵」
「ああッッッ! 快適な旅だっただろうッッッ!」
「ええ。それはもう暑苦しかったです」
俺は正直な感想を伝え、息を吐く。もう筋肉に苦しむ生活はしたくないのだが、リエトン伯爵と関わりを持つ以上は諦めるしかないだろう。それに意外とリエトン伯爵に運ばれるのは快適だ。さすがは貴族である、それはもう丁寧な所作で運んでくれる。筋肉に埋もれてしまう以外はもう新たな移動手段として取り入れてもいいくらいだ。
「でも魔界の魔物ってどんな感じなんでしょうね? 俺、あんま想像できないです」
人間界と魔界ではかなりの距離があるし、環境も違う。ともなれば生態系も変わってくるのだろうが、けれどもどういったものになってくるのかが想像できないでいた。
全く知らない未知の魔物だって出てくるかもしれない。
「一応下調べはしてあるッッッ! この辺りはポイズンファングというオオカミ型の魔物がいるようだなッッッ!」
ポイズンファング……か。名前からして毒を持っている種族なのだろう。しかし毒を持っている個体が比較的首都から近い森の中にいるだなんて恐ろしいところがあるな。
「毒がある個体が首都から近い森の中にいるって普通のことなの? 私たちのところではまずないけれど」
エリサも同じことを思ったのか、疑問をこぼした。実際、人間界ではそのような魔物は滅多に街の付近では現れない。そもそもそんな危ない魔物がいる場所に人間が街を作ったりしないからだ。
「ああッッッ! どうやら魔界は厄介な魔物が多いらしくてなッッッ! わりとよくあることのようだッッッ!」
なるほど。どうやら魔界の魔物事情は決していいものではないようだ。
下手すれば首都に入ってきてしまいそうではあるが、その辺りはしっかり対策しているのだろう。
「ポイズンファングはかなり凶暴らしいッッッ! 戦うのが楽しみで仕方ないぞッッッ!」
リエトン伯爵は半ば興奮した様子で、突然上の服を脱ぎ捨てた。
「な、なんで急に上着を脱いだんです……?」
「人間の匂いをポイズンファングに嗅がせるためだッッッ! きっと獲物が来たと喜んで寄ってくるだろうッッッ!」
「はぁ……」
この人は普通に服を脱ぎたいだけなんじゃないのか?
まあ確かに服を脱いだ方が匂い自体は相手に届きやすくなるとは思うが……しかしそんな上手くいくのだろうか……。
「むッッッ! 何か感じるぞッッッ!」
彼の声に、俺たちは身構える。確かに魔物の気配がした。
耳を澄ましてみると、ガサゴソと何かが近づいてくる音がする。
「……来るなこれ。音からして五体……ちょっとした群れだな」
「相手の数も分かるのかッッッ! さすがは熟練冒険者だッッッ!」
「ええ。一応は何年も冒険者をやってるのでこれくらいは」
正面……いや、左右からも来ている。ポイズンファングで間違いないだろうが、恐らく相手は俺たちを挟んで殺そうとでも考えているようだ。
知能はかなり高いようだが、別にこれくらいで混乱したりはしない。
「皆さん……! 来ます……!」
ユイが叫ぶ――同時に草陰から魔物が飛び出してきた。
咄嗟に飛び出してきた魔物を軽く蹴り飛ばし、俺は一定の距離を取る。
「リエトン伯爵、あれがポイズンファングなんですか?」
「ああッッッ! 紫色の体毛に鋭い牙……間違いなくポイズンファングだッッッ!」
なんだか毒々しい見た目をしているオオカミが、俺たちを鋭い目で見てきている。大きさとしては並程度ではあるが、先程蹴った個体はまだ生きているので体力はかなりありそうだ。
「これが魔界の魔物かッッッ! あまり見た目は変わらないが、噛まれたら一発であの世行きだろうッッッ! ドキドキするなカイル!」
「そんなドキドキ感、俺はあまり楽しみたくないですね……」
下手すれば死ぬかもしれないというドキドキ感を楽しめるほど、俺は戦闘には飢えていない。戦うのは決して好きじゃないし、可能なら平和的に行きたいと考えている。
「よし。俺は二体を相手するからリエトン伯爵とエリサ、ユイは一体ずつ頼んだ!」
俺が叫ぶと、リエトン伯爵が鼻を鳴らす。
「とは言いつつも君が一番多くの相手と戦おうとしているではないかッッッ! 実は魔界の魔物に胸が躍っているんじゃないのかッッッ!」
「ははは。それはどうでしょう」
まあ……正直言うと少しワクワクしている節はある。決して戦うのは好きじゃないが、一応は冒険者なのだ。未知のものにはワクワクしてしまう。
「よし――それじゃあ行くぞ!」
「ああッッッ!」
「おうよ!」
「はい!」
俺の声と同時に、四人が散開する。まず自分が対処しなければならない魔物に注意を引くため、地面に落ちていた石を思い切り投げた。
ポイズンファングは「きゅいん!」と悲鳴を上げるも、すぐに俺のことを見て好戦的に唸った。俺の戦い方基本的に接近戦。似ているとはあまり言いたくないところがあるのだが、戦い方としてはリエトン伯爵と似ている。だから彼には気に入られているわけだが……今はいいか。
「来い!」
叫ぶと、二体の魔物が一気に接近してくる。オオカミ型というだけあって走る速度はかなりのものだ。距離は一瞬にして詰められ、毒の刃をちらつかせて二体同時に飛び込んできた。
だが――俺も負けていない。
相手が飛んだのを確認した後、俺は地面をスライディングする。相手の腹下まで潜り込んだと同時に、地面を思い切り両手で突き飛ばし、逆さになる形で蹴りを入れた。
動物の一番の弱点と言っても良い腹をやられたのだ。ポイズンファング二体は苦しそうな声を上げて地面を転がる。
「よっと! さすがにこれは痛かっただろうな!」
けれども魔物にはまだ戦う意思があるようだ。こちらを睨めつけたかと思えば、大きく口を開いた。一瞬雄叫びでもあげるのかと思った――だが俺は驚くことになる。
「魔法陣ッ!?」
ポイズンファングが声を上げると、目の前に紫色の魔法陣が浮かび上がった。見た限りは人間が使う魔法と同じ――もしくは近いものだろう。
だが……魔物が扱うのは初めて見た。これが人間界とは違う魔界の魔物の特徴になってくるのだろう。
「うおっ!」
魔法陣から毒々しい液体が放出された。俺は咄嗟に避けるが、吐き出された液体が地面に落ちると焦げる匂いとともに草が完全に溶けてしまう。
かなり毒性があるようだ……当たったら腐敗どころの騒ぎじゃないな。
「魔法を使うか。厄介ではあるが……問題はない」
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