108.武闘派聖女
「なら私も……! ってユイってば少し大きくなったね!」
「そうなのです! これが恋の力というものですね!」
「でもでも私も負けてないよ! ほら!」
「……うう」
まあ……エリサの方が胸大きいしな。ユイが敗北するのは当然の結果だ。っていうか何を考えているんだ。俺はもういい歳したオッサンだぞ。
「と言っても……無理だよなぁ……」
どれだけ俺が意識を蚊帳の外に放り投げようとしても、彼女たちの声が俺の鼓膜を揺する。だってもう同じ部屋にいるんだ。どれだけ頑張ろうとも内容は聞こえてくるし、というか彼女たちが聞かそうとしているし。
「うーん……! 温かいシャワー最高! 生き返るー!」
「そうですね! で、でもさすがに一緒に入るのは無理しすぎちゃったかもですね……」
「だね……もう体が当たりまくり……きゃっ! ちょっと狙って触ったでしょ今!」
「狙ってませんよ! わたしが興味あるのはカイルさんだけですから!」
「ま、私もだけどね! ユイの体には興味ないから!」
はぁ……オッサン生きるのが辛くなってきちゃった。今夜が俺の命日なのかな。こんな若い子たちがきゃっきゃ言っているのを聞いて死ぬんだな。俺、なんか悪いことしたかな。どちらかと言えば俺って正義の味方路線だから、悪いことなんてしていないんだけどな。
いや……でも一般人からしたらこれはご褒美になるのか?
まあそりゃこんな若い子たちが同じ空間でシャワーを浴びているんだからな。人によってはご褒美になりえるのだろう。だけど俺は彼女たちのことは子どもにしか見えない。なんなら親子のような関係だとも思っている。だから俺が卑猥なことを考えるのは無理なわけで、というかそんな下心を抱いてしまったら自分を殺してしまう。
……といった具合に俺の脳内はもう大混乱中である。
「あー……今なら悟りを開けそうだ。今なら神をも凌駕できるんじゃないのか?」
なんてことを言いながら、ゆっくりと目を瞑る。
「瞑想でもしてみよう。よし、そうしよう」
俺は目を瞑り、ふうと息を吐いた。集中……集中するんだ。己だけの世界に入るんだ。目指すは無我の境地……!
しばらくじっと我慢して目を瞑っていたのだが……なんだか眠くなってきた。なんたって今日は色々あったからな……そりゃ疲れもするだろう。でも、意識を失うことができるなら、今はかなり都合がいいんじゃないのか?
ふう……よし。寝よう。
◆
「カ……カイ……カイル! シャワー浴びなよ!」
「カイルさん! わたしたち出ましたよ!」
……エリサたちの声が聞こえる。ああ……どうやら俺は本当に寝ることに成功していたらしい。となれば、彼女たちはもうシャワーから出て着替えていということか。
耐えきったか……なら俺もシャワーでも浴びようかな。
「ああ……分かった――」
起き上がり、ちらりとエリサとユイを見た。
「やっと起きた! 寝かせてあげようかなって思ったんだけど、さすがに今日はシャワー浴びた方がいいと思ってね!」
「ですです!」
「……おい! どうしてバスローブ姿なんだよ!?」
彼女たちは何故かバスローブ一枚だった。しかも……なんか色々と際どい……!
「ああこれ? こっちの方が寝やすいかなって」
「違うでしょエリサ! こっちの方が誘惑しやすいからに決まってるじゃないですか!」
「あはは! そうだったそうだった!」
頭が痛くなってきた。というよりは頭痛が痛くなってきた。気分としては馬から落馬したような感じである。もう重言してしまうくらいには辛い。
「もう諦めるわ。風呂入ってくる」
「ええ!? 私たちの格好にもう少し反応くれてもいいんじゃない!?」
「なんかないんですかなんか!」
「何もないわ! あまりオッサンを舐めるな!」
彼女たちの姿を見て何か感想を抱いてしまったら、それはもう俺が終わる時だ。その時は大人しく己の首を斬り落として自害する。
全く、彼女たちは俺のことをなんだと思っているんだよ。
「はぁ……ずっとこんな感じなのかな、今日」
ぼそりと呟き、天井を仰いだ。
◆
俺がシャワーを浴びた後も、寝る直前まで彼女たちは騒がしかった。ベッドが三台もあるのに、二人は俺と同じベッドで寝ようとするし。ずっとこのテンションが続いたせいで、もう完全にグロッキーである。
「ふふふ! いい朝だね!」
「とても素敵な朝ですねカイルさん!」
どこかつやつやとした二人を眺めて、俺は大きく息を吐く。
「俺は全く寝られなかったよ。マジで」
ベッドはふかふかで最高だったし、枕も程よい堅さで寝るにはちょうど良かった。しかしその素晴らしい点を彼女たちが全て破壊していったのだから仕方がない。眠くて仕方がなかったので顔を洗ってみたが、一瞬目が覚めるだけですぐ眠たくなるだけだった。本当に憂鬱である。
「まだ安全確認は終わってないっぽいし、今日はどうしよっか?」
「カイルさんは何かしたいことありますか?」
「したいこと……ねぇ」
せっかく魔王国に来たのだから、空いている時間は何か特別なことをしたいところではあるが……。だけど俺はこの国のことを全く知らない。何が有名で、どんな場所があるのか。パーティの際もその話題にはならなかったし、「何かしたいことがあるか」と言われても悩んでしまう。
「そうだな……ん?」
頭を悩ませていると、扉がノックされる音が聞こえた。俺たちに用があるだなんて、一体誰だろうか。
「俺が出るわ」
ともあれ、急ぎ足で扉を開けに行く。開いてみると、そこには仮面を被った見慣れた女性の姿があった。
「お元気ですかぁ。パーティではご挨拶できなくてごめんねぇ~」
「ルルーシャさん! 全然いいんですよそんなこと!」
彼女の姿を見て、俺は思わず元気よく返事をしてしまう。いや~やっぱルルーシャさんはいいね。エリサたちとは違って大人の良さがあるよマジで。
「むむっ……なんか急に元気になったねカイル……?」
「やっぱりあれですか? キスの味が忘れられないって感じなんですか?」
「そんなところだぞお前ら……」
エリサたちに指摘すると、二人はふくれっ面になってそっぽを向いた。
「ふふふ。賑やかでいいじゃないですかぁ」
「賑やかすぎるんですよルルーシャさん……」
一睡もできなかったくらいには賑やかである。まあ確かに静かすぎて気まずいってよりかは断然マシではあるが……。
「それでルルーシャさんはどうしてここに?」
当然の疑問であった。一応彼女は国家に仕える聖者なのである。国家の中でもかなりの重役だ。俺たちとはわりと親しい仲であるとはいえ、一人だけで行動するのは違和感がある。
「パーティでご挨拶できなかったから来ただけですよぉ。あ、もちろんカイルさんに会いたかったからもありますがねぇ」
「か、軽いですね……そんなことしていいんですか……? ほら、万が一のことがあったら……」
万が一彼女の身に何か起これば、それはもう和解なんて言っていられなくなる。ダークハートや国王が望んでいなくても、人類側の偉い人たちが黙っていないだろう。
「大丈夫ですよぉ。私、聖女ですから何かあれば相手をぶっ殺せる程度には魔法にも長けておりますのでぇ」
「え? 聖女って戦うこともできるんですか?」
「私は、ですよぉ。こう見えて武闘派聖女と自称しておりますぅ」
「な、なるほど……」
ともあれ、聖女である彼女自ら挨拶をしに来てくれるほどには信頼してくれているというころだろう。それに関して言えばとても嬉しいことだ。