107.お家帰りたい
下降床から降りると、近くにいた使用人が歩いてきて目の前で一礼した。とても丁寧で、俺は少し萎縮してしまう。
「お部屋までご案内いたしますね」
「あ、ありがとうございます」
どうやら部屋まで案内してくれるらしい。本当に高級な宿って感じがする。まあ俺はこんな場所に泊まったことがないから、あくまで想像の範疇にはなってしまうのだが。
「な、なんだか緊張するね……!」
「です……!」
「ははは……俺もだ」
ここはエリサたちに年長者の余裕は見せたいところだが、無いものを見せることなんてできない。俺は不甲斐ないが彼女たちと一緒に緊張した面持ちで歩く。
「こちらになります。大変申し訳ないのですが、部屋の数の都合上三人ご一緒のお部屋となっております。また、念のためですが安全を考慮して今夜は部屋から出ないようにしていただければ幸いです。それでは、ごゆっくりお休みください」
使用人は深々と頭を下げて、下降床前まで戻っていった。
「……お前らと一緒なの?」
「なに!? 不満なの!?」
「遺憾ですよ!」
「いや~……別にいいんだけど……なんだかなぁ……」
一応彼女たちと一緒の部屋で泊まったことはある。だけど、決して良いことではないと思うんだ。俺とエリサたちはかなりの歳が離れている。そんな子たちと泊まると、もう犯罪である。通報されてしまう。
いや……でも逆に同い年くらいの方がヤバいか? それはもうあれだよな。不純だよな。
なら俺とエリサたちは周囲から見たら……親子みたいなものか? うん、まあそう考えてみれば別に構わないような気がしてきた。いや、冷静になってみればやっぱり嫌だけど。
「まま! 部屋どんな感じだろうね! 入ってみよー!」
「うんうん! レッツゴーです!」
そう言って、二人が勢いよく部屋に入っていく。全く……二人はまだまだ子どもだな。しかしこういう宿って部屋に入る直前ってめちゃくちゃワクワクするんだよな。
俺も遅れて入ろうとしていた……のだが、そこで問題が起こった。
「わぁぁぁ! すごくエッチだ!」
「スケスケ! スケスケです!」
「は……何言ってんだお前ら……」
なんか二人が意味の分からないことを言っている。エッチ……スケスケ……? どうしてそんな単語が部屋に入って出てくるんだ。
「全く……最近の若者は一体どういう考えを――っ!?」
部屋に入ってみると、一瞬で彼女たちが言っている言葉の意味を理解することになった。ベッドは普通だ。普通のベッドだし、逆に安心感があるのだが……だけど彼女たちが指を差して興奮している箇所が問題だった。
「シャワー室が……前面窓張り……!?」
人が全裸になり、お湯を浴びる場所――シャワー室がもう完全にスケスケだった。もう全てが見えている。見えないものがないと言った感じだ。
「スケスケ! なんだか大人だねユイ!」
「そうですねエリサ! もう全部見えちゃいますよ!」
俺はただ、もう愕然とする他なかった。頭の中はもうめちゃくちゃで、どんな言葉を出せばセクハラに該当しないか考えるので必死だった。
「……俺、外出るわ。その間シャワー浴びててくれ」
唯一自分ができる選択視。それは彼女たちが浴びている間、自分は外に出るということある。
「え? でも使用人の人が今夜は部屋を出ないようにって言ってたよ?」
「そうですよ? 約束事を守らないだなんて、レイピア王国を代表する者がしていいことではないと思いますが?」
「なんでお前らそんな理路整然と詰めてくるの? でも……確かに印象はよくないか……」
俺は勇者として、この国にやってきている。魔族からはかなり注目されているはずだ。そんな人間が約束事を守らないってなると、下手すれば一纏めでこれが人間の性格だって解釈されすぎない。もちろん考えすぎだということも理解しているが、それくらいの意識は持って置いた方がいい。
「私たちは全然気にしないからさ! なんなら……見せてあげるよ?」
「ふふふ……ぐへへ……」
この子たちが怖くなってきた。
めちゃくちゃ悪い顔しているよ。え、オッサン大丈夫? この子たちと一緒にこの部屋にいて何も起こらない?
「…………背中向けてるから、先入っていてくれ」
仕方がない。ここはもう諦めることにしよう。
見なければ問題ないのだ。そう、見なければ問題ない。
「背中向けなくてもいいのに~! まあいいや! ユイ、一緒に入ろー!」
「ぐへへ……えへへ……うふふ……分かりました……!」
とにかくユイが挙動不審なのが怖いが、俺は大人しくベッドに座って窓の方を見ることにした。窓からは魔王国の夜景が一望できる。人間界とは違って、夜も意外と明るいんだな。恐らくこれも魔法によるものなのだろう。
魔法ってここまで進歩するものなんだな。
「もう! ユイったら脱がそうとしてこないでよ! 自分で脱げるからー!」
「ふふふ……エリサ! これも作戦ですよ! こんなシチュエーション、男の人は大好きなのです!」
「な、なるほど……! ユイってば頭いいね! それじゃあもっと脱がして……って触りすぎ!」
ああ……頭が痛くなってきた。もう帰りたい。家というより実家に帰りたい。もっと言うなら母親のお腹の中に帰りたい。もう何も考えたくない。