106.伝言
「んん……やっぱいつもの服が一番だな」
パーティは無事終わり、俺は念のため持ってきていたいつもの服に着替えていた。堅苦しい衣装でいるのは気疲れするし、色々と動きにくいしな。冒険者育ちの人間にはやっぱりこの服が一番だ。
式の途中で退出したダークハートについては、閉会の挨拶には戻ってきていた。とはいえかなり忙しそうにしていたから、喋ることなんてできなかったが。まあ、無事パーティが終わって一安心だな。
人間側の貴族や偉い人も魔族のことをよく知れた良い機会になっただろうし、きっと人間界に戻って色々と市民に情報を共有するだろう。これで多少は親交も深まることだろう。
更衣室から出た俺は、エリサとユイを待つ。
俺がかなり早く出てきてしまった感じだから待つことになりそうだな。でも時間を潰すには……長くはぶらぶらできないだろう。ここは大人しく更衣室前で待つことにするか。
「んん?」
そんなことを考えていたのだが、ふと視線を横にやるとパーティの際にダークハートに耳打ちをしていた使用人らしき人物がこちらに歩いてきていた。様子を見るような形でちらりと見ていたのだが、ふと目が合ったと思うと足を速めてこちらに向かってきた。
どうやら俺に用があるらしい。
「カイル様。この度はありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか」
「ええ。とても楽しかったです。ところで……何かありましたか?」
窺うような視線を向けると、使用人はこくりと頷く。
「ダークハート様からカイル様に伝言を頼まれまして」
「伝言……ですか?」
やはり何かあったのだろうか。ダークハート、かなり忙しそうにしていたし多分それ関連だろう。
「パーティの途中、魔界と人間界の境界で暴動があったようです。どうやら魔王国所属兵士がダークハート様の名前を掲げて人類との共存を反対し暴れていたようでして」
「想定はしていたが、あまり起こって欲しくないことが起こったな……」
人類と魔族の共存。やはりそれに際して暴動が発生したり、反対する者が声を上げるだろうと考えてはいた。一応は想定内の範囲なのだが、しかし起こって欲しくないことには変わりない。となれば、ダークハートは恐らくその対処に追われていたってことか。
まあさすがに自分の名前を掲げて暴れられたら色々と面倒だからな。
「それに伴い、魔王国側で周囲の安全確認を行っております。被害もなく、すぐに対応が完了したので大きな問題にはならないようですが、安全が確認されるまでは魔界側に残るようお願いいたします――以上、ダークハート様からの伝言でした」
使用人は頭を下げて「それでは」と言い、その場から去って行った。
まあ……魔界側には数多くの偉い人間が来ている。もしも彼らに下手なことが起これば、人類と魔族の和解だなんて言っていられなくなる。
安全が確認されるまで魔界側に残るってのは当然の判断だ。
「明日には帰れると思っていたが……こりゃいつ帰れるか分からなくなったな」
ともあれ、そうなるなら普段着を持ってきておいて良かった。何日も慣れない服で居続けるのは疲れてしまうし。
「おまたせカイル……ってあれ? 何かあった?」
「なんだか考え事をしているようですが……?」
更衣室から出てきた二人が不思議そうに俺のことを見据える。
「ああ。どうやら魔界と人間界の境界で暴動が起こったらしくてな。安全が確認されるまで魔界側にいるようにってよ」
「ええ!? 大丈夫なの!?」
「大きな問題になりませんか!?」
「大きな問題にはならなさそうらしい。とはいえ……心配ではあるが」
ダークハート自ら対応しているし、恐らくは大丈夫だろう。一番怖いのは、その暴動が発生した影響で出てくるであろう悪い噂になるが……これに関してはどうしようもない。ただ、魔王国側の対応によっては逆にいい印象を残す形で終えることもできるだろうから、ダークハートの手腕の見せ所だろう。
「それならいいけど……私たちは何もしなくていいの?」
「現状はな。やらかしたのが魔王国の兵士だから自分たちで対処しておきたいんだろう」
「なるほど。それなら仕方がありませんね」
二人は頷き、俺の前に出る。
「それじゃあ今日は休もっか! 確かダークハートが良い感じの部屋を用意してくれているんだよね!」
「ああ。豪華だって聞いているし、期待できるな」
なんせ国家が他国の者をもてなすために使用する場所なんだ。普通の宿とは違って、大層豪華なものなんだろう。
旅行気分なわけではないが、しかし他国に宿泊するのはワクワクしてしまう。俺の中の少年心はまだ生きているらしい。
「ええと……一応この塔の中にあるらしいんだけど……俺たちだけで移動できるかな」
ここは最上階だから、俺たちは宿泊施設がある階まで移動しなければならない。俺たちがここまで乗ってきたのは上昇床だったから、恐らく下降床に乗ればいいんだろうが……操作できるかどうか。
「わたしに任せてください! それはもうじっくりとあの鬼人族さんが使っていたのを見ていましたから、操作には自信があります!」
ユイは誇らしげに胸を張る。確かにユイはもうじっくりと見ていた気がするから分かってもおかしくはないな。俺とは違ってかなり若いし、新しい技術にもすぐ順応していそうだ。
「んじゃあユイに任せることにするか」
「任せてください! むふふ!」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑う。どうやらご満悦といった感じらしい。ユイが先導して下降床を探すが、上昇床の隣にあったので意外とすぐに見つかった。ユイはどこかウキウキとした様子で乗り込み、こちらに手を振ってくる。
「はやくはやく!」
「はいはい」
「ユイご機嫌だね~」
少し駆けながら下降床に乗り込むと、ユイは浮かんでいるホログラムに触れる。何か複雑なことをしなければならないんじゃないかと思っていたのだが、ユイは軽くワンタップすると床が下降し始めた。
意外と覚えさえすれば簡単に移動できるのかもしれない。
「う~……あがる時も感じてたけど、なんだか重力を感じるね」
「ああ。なんだか内蔵がぎゅっと上にあがっている気がする」
「面白いからいいじゃないですか! ファンタジーですよファンタジー!」
まあ確かに面白いって捉えることもできるが。でも不思議なことには変わりない。未だに俺は慣れる気がしないし、万が一ここから落下したらと思うともうドキドキしてしまう。
「ええと……そろそろなはず……あ、着きましたね!」
ゆっくりと床は止まり、俺たちが泊まる部屋がある階に泊まった。この階は雰囲気が変わって、高級な宿って感じの内装をしている。こんな場所が魔王城、人間界で言う宮廷にあると思うと少し不思議だ。
だけど来客はわざわざ別の建物に移動しなくていいと考えれば、かない良い設計な気がする。感心だな。
「カイル様、エリサ様、ユイ様、本日はお疲れ様でございます」