105.新たな目標
俺は半ば涙目になりそうになりながら、周囲を見ていると、何か遠くからこちらに駆け寄ってくる男の姿が見えた。服からして……使用人だろうか。じっと見ていると、バチバチに三人が喧嘩をしている間に入ってダークハートに声をかけた。
この人やるな……と思いながらも、とりあえず喧嘩が一瞬でも収まったので安堵する。
使用人はダークハートに耳打ちをしているのだが……何やら神妙な面持ちをしている。何かあったのだろうか。と思っていたら、ダークハートが嘆息しながら言う。
「少し用事が入った。ひとまず喧嘩はここでお終いじゃ」
「むぅ……まあいいか」
「仕方ないですね全く……」
どうやらエリサたちも多少は落ち着いてくれたらしい。いやもう本当にどうなるかと思った。この状態が続くのなら俺は全力でその場から離れるという選択視を取っていたかもしれない。
「でもどうしたんだろうね? パーティの途中で抜けるだなんて、相当なことがない限りそうそうないんじゃないかな?」
エリサが小首を傾げて呟く。
「確かにな。このパーティは人間と魔族との和解を示すための場だ。彼女がいなければ少しあれだしな」
ダークハートは魔族にとっては和解を承諾した人物だ。彼女がいるから従っている魔族も少なからずいるわけで、席を外すに違和感がある。
「まあ、すぐに帰ってくるだろう。そこまで心配する必要はないさ」
「確かにそうだね」
「ですです。きっと大丈夫ですよ」
俺は息を吐いて、少し緩んでいたネクタイを締め直す。
「ところでなんだけど……私たちも少し外に出ない? ちょっと……息切れ……」
「実はわたしも……くたくたです……」
「確かにそうだな。特にお前らはずっと色々な人と話していたわけだし」
彼女たちはさっきまで、見ず知らずの人たちと会話をかなりしたのだから疲れるのも当然である。俺だって知らない人間と色々話せって言われたら、もうすぐに精神が疲れ果ててしまう。
そう考えてみると、この若さでここまでやっている彼女たちは本当に偉い。勇者を背負うだけのことはあるな。
「少し休むとするか。外の空気を吸いたいところだが……一階まで行かないとダメか」
「いや、一応この階にバルコニーもあるっぽい! そこに行こうよ!」
バルコニーか。確かここから見える景色はかなり綺麗だって聞いているし、階移動もしなくていいのならそこがいいな。
「それじゃあそこに行くか」
「うんうん! そうしよう!」
「ですね!」
そのようにまとまったので、俺たちは人々をかいくぐって会場の外に出ることにした。少し移動するとバルコニーに繋がる扉があり、そこに入ると気持ちの良い風が頬に当たった。
「うーん……気持ちいいな。というか……高すぎるなここ……」
バルコニーからは、首都の景色が一望できた。柵がある場所まで移動し、顔を出して下を見てみれば、あまりの高さに目眩がしてしまう。こんな高い場所……恐らく人類は山とかに登らない限りは行くことはできないだろう。
「すごい景色ですよね。なんだか夢みたいです」
「ユイは魔界に来てからずっと興奮しっぱなしだよな」
「ええ! まるで絵本の中に入ったかのようで、ずっと楽しいです!」
絵本の中に入ったかのよう……か。確かにここと人間界を比較すると、技術力の差はもう歴然である。国ごとに技術力の差はあれど、ここまでといのもなかなかないだろう。
それに、俺たちが住むレイピア王国は人間側でも技術力は持っている方だ。しかしここまで差があると……世界は広いなって思う。
「ねえあれ! 魔導列車じゃない!? ほら、あそこ!」
エリサが何度も肩を叩きながら叫ぶので、俺も慌てて指を差した方向を見てみる。そこには確かに、何列にも連なった車体が走っている姿が見えた。
少し距離があるのでハッキリは見えないが、かなりの速さで走っているように見える。あの速さを維持しながら数多くの人間を運んでいるのか……すごいな。
「いつかはわたしたちの国にも通るんですかね……! きっと世界はとても便利になりますよ!」
「そうだな。領地間の移動もそうだし、国家間の移動ももっと速くなるかもしれない」
もちろん、国家間ともなれば色々と問題も出てくるだろうが。あくまで理想論ではあるものの、想像すればするほどワクワクはする。
「ところで……なんだけど」
ふと、エリサがぼそりと呟く。
「……ふふふ。実はね、私たち二人で一つ決めたことがあるんだよ。カイルにも聞いてほしくてさ!」
「ですです! 新たな目標です!」
二人が俺の前に来たかと思うと、むふふと自慢げに笑う。
新たな目標か。以前までの二人の目標は勇者になることだった。今となってはその目標は達成してしまったから、考えてみれば彼女たちの次なる目標が決まっていてもおかしくはない。
「なんなんだ。その目標ってのは」
俺は彼女たちに着いていくと決めている。その新たな目標というのは、言うなれば俺の目標でもあるのだ。ここは心して聞いておかなければならない。
「それはね……人間だけじゃなくて、魔族にとっての勇者にもなるってこと! 今日、色々な魔族と話していて思ったんだ!」
「と言っても、称号が欲しいとかじゃなくて……なんといいますか、皆さんにそう思って欲しいんです」
そんなことを言われて、俺は少し笑ってしまう。つまりあれだな。誰かにとっての心に刻まれること……俺が目指した――約束した『英雄』になること……それに近いな。
なんだか自分を見ているようで嬉しく思ってしまう。
「んじゃあ……勇者じゃなくて英雄だな。俺たちで英雄になろう」
「英雄……英雄……! それだよそれ! うんそうしよう!」
「いいですね! よーし、わたしたちで英雄になりましょう! ということで!」
「うん!」
そう言って、二人が手を合わせる。俺は一瞬考えてしまうが、すぐに俺も混ざるよう言われていることに気がついた。こくりと頷き、自分も彼女に手を合わせる。
「それでは……! 頑張ろー! おおおー!」
「えいえいおーです!」
「ああ! 頑張ろうな!」
そして、手のひらを勢いよく空に掲げた。俺たちの新たな目標……必ず実現しよう。
でも……嬉しいな。こんなオッサンに、こうして新たな仲間ができて、一緒に同じ目標に向かって頑張るということができて。今こうして考えてみれば、俺は意外と貴重な経験をしているのかもしれない。
だから……うん。後悔しないようにしよう。後悔しないように精一杯頑張ろう。
「さて……息抜きもできたしそろそろ戻るとするか!」
ぐっと伸びをして、俺は息を吐く。良い感じに休憩もできた。そろそろ戻る頃合いだろう。
「そうだね! 『英雄の証』にとっての目標もできたし……って目標とパーティ名……なんだか似てるね!」
「分かりやすくていいじゃないですか! 『英雄の証』の目標は英雄になること! うん、とっても分かりやすいです!」
「ははは! 確かに分かりやすくていいな! 今度から自己紹介をする時の洒落になるかもな!」
なんてことを言いながら、俺たちはバルコニーを後にした。