一、ハズレスキルは使いよう……って俺はクビ!? 三
当たり前のように静まりかえった森の中で、タンは震えあがった。このあたりは、さっき倒したトロールのような怪物がうようよしている。一番近い村まで北へ歩いてたっぷり二日。生還できる可能性はゼロに等しい。いや、仮にできてもどう生きていくのか。荷物持ちすらつとまらなかったという噂はあっという間に広がるだろう。そうでなくとも、カチともめてまで仲間にする利益が自分にあるとは彼自身が思えない。
いっそ首でも吊るか。いや、リュックまで失ったからロープすらない。
唯一の救いは、もよりの村までの方角が把握できていることくらいだ。面倒がってすぐ魔法や祈祷に頼りたがる仲間のために、いつでも現在地や目的地への方角を即答できるようふだんから自分で訓練していた。自分ができることに最善を尽くすのが仲間としての義務だと考えていたからだ。
そして、いまできるのは力の限り歩くことだけである。幸か不幸か身も軽くなった。
とにかく人のいる場所へいく。話はそれからだ。
かくして歩きはじめたタンだが、わずかな距離しか進まないうちに小枝の折れる音や罵声を耳にした。怪物や獣ではない。
すぐに目の前の大木を盾にして隠れると、音の正体がはっきりした。一人の女性が六、七人の男性に追われている。長い黒髪を振り乱し、一心不乱に走る女性はもう足がもつれかかっていた。丸腰だし衣服は破れ目だらけだ。追っている連中は全員が簡素な革鎧に剣を帯びている。
「きゃあっ!」
女性が地面に浮きでた木の根につまずき、地べたに身を投げだす格好で倒れた。
「やっと追いついたぜ~」
「この体……辛抱たまらねぇっ!」
男どもの目的がわかりやすく伝わってきた。
「や、やめて……許して……」
腰が抜けたまま両手で地面をついてあとずさろうとする女性を、六人のゴロツキがぐるりと囲んだ。
「最初は俺だ!」
一人が鎧を脱ぎ始めた。
「いいや、俺だ!」
もう一人は自分のズボンを脱いで下着に手をかけた。
女性にはまだ誰もさわってないままだが、それも風前の灯火だ。
「いや~、本日はお日柄もよく絶好の冒険日和りですなぁ~!」
タイコをぽこぽこ鳴らしつつ、タンはにこやかに現れた。
「あぁ? 誰だてめぇは」
下半身が下着だけになったゴロツキが顔をしかめた。いつ怪物がでてくるかわからない森の中で、タイコを叩きながら突然ハレバレした人間が現れたら誰しも驚く。
タンは、彼女を見殺しにして先を急ぐこともできた。本気で戦ったところで死体が二倍になるだけだろうし。にもかかわらず、助けるつもりになった。理由は二つある。一つは、図らずも『人のいる場所へいく』という目的を達成したから。もう一つは、やりたくてしかたのなかったことをする機会ができたから。
彼は今、生まれて初めて己の自由意志だけで人を助けようとしている。剣も魔法も祈祷もない、権力もなければ金もない素寒貧だが。
「ご覧のとおりタイコ持ちでございます~。まずは素晴らしい出会いに拍手、あっ拍手拍手~!」