後編
私はお婆様に別れを告げて、池に飛び込んだ。
すると、私自身も服も全く濡れてなくて、しかも殿下の真上に出た。
「殿下!!」
「え?‥‥リア!?」
私は空から殿下の腕の中に飛び込んだ。
でも殿下は受け止め切れず、私は殿下を押し倒す形になった。
下は草原なので、痛くはなかったはず。
「殿下、お久しぶりです!」
けど、先ほどまでのお婆様の話と、殿下にまた会えた喜びが先に来て、私は笑顔で殿下に挨拶した。
「!!!‥‥リア‥‥だよな‥‥?」
「はい!」
「!!!‥‥リア。」
「はい!」
呼ばれたことが嬉しくて笑顔のまま返事をしていると、殿下が手を伸ばして、寝転がったまま私を抱き寄せた。
「リア!‥‥リア‥‥リア!」
「はい。ジュリアはここにおりますよ、殿下。」
「ああ。‥‥リア、今まで本当にごめん。そして、生きていてくれてありがとう‥‥」
私の存在が確かなものだと分かったからか、殿下は再び泣きだした。
それで現実を思い出した私は殿下に抱きしめられたまま口を開いた。
「はい。‥‥あの、殿下、でもですね、私はすでに殿下の婚約者では」
「!! 嫌だ。もう絶対離さない。頼むからまた私の婚約者に戻ってくれ、リア。今度こそ絶対にリアを幸せにすると約束するから。」
「!!!‥‥でも殿下は私よりアドリアーナ様を」
これの答えは分かってるつもりだったけど、どうしても殿下の口から答えを聞きたかった。
「アドリアーナに対しての好意は擬似的なものだ。私が本当に愛しているのはリア、いや、ジュリアだけだ。」
「!!!‥‥本当‥‥ですか?」
「ああ。‥‥信じてくれないかもしれないが、一目惚れだったんだぞ?黒髪は神秘的で、青い瞳も澄んでて両方綺麗だと思ってた。ずっとその青い瞳に映るのが私だけだったらと思っていたぐらいなんだぞ?」
「え!?‥‥黒髪は気味が悪かったんじゃ‥‥?」
「!?‥‥リア‥も、逆行前の記憶を‥‥?」
「え?‥‥ま、まさか、殿下もですか!?」
「ああ。‥‥もしや、父上もか?」
「はい。そう仰ってました。」
「なるほど‥‥」
そう呟いたあと、私ごと体を起こした殿下は私の顔を覗き込んだ。
「とりあえず、リア。私の婚約者に戻ってくれるか?」
「私、で‥いいのですか?」
「むしろリア以外は嫌だ。」
「!!‥‥」
『そう言ってくれるのは嬉しいけど‥‥』とまだ不安が拭いきれなかった私が黙ってしまうと‥‥
「やっぱり前回、リアを死に追いやってしまった私が信じられないかな?」
「‥‥‥」
「‥‥リア。」
殿下は私の名前を呼びながらも、私の顎に手を添えて上向かせた。そして、至近距離で視線を合わせて言葉を紡いでくれる。
「リア。リアが信じてくれるまで、‥いや、信じてくれても何度でも言うよ。‥‥リア、私は君だけをずっと昔から愛してる。‥逆行前もリアを失って絶望したぐらいね。」
「!!!」
「だから、リア。私だけのリアになって。お願いだから。」
━━殿下の立場ならこんなに懇願しなくても私を婚約者に戻すなど容易いはずなのに‥‥
「リア。」
段々涙目になってきた殿下。
さすがに答えないと申し訳ないのだが、私も嬉しさから再び涙が浮かんできた。
「!‥リア、そんなに嫌?私のこと、やっぱり好きになれない?」
私はふるふると顔を横に振った。
「良かった‥‥少なくとも嫌われてはいない、よね?」
嗚咽まで出てきて、言葉が紡げなかったので頷いて答えた。
「とりあえず、嫌われてないなら良かった。‥‥ねぇリア、頼むから泣き止んで?私は笑った顔が見たいんだ。さっきのリアの笑顔、すごく可愛かったから。だからさ、もう一度見せて?」
そう言いながら私の眼からぽろぽろ溢れる涙を殿下がポケットから出したハンカチで拭ってくれるが、一向に止まる気配がなかった。
「リア。‥‥不謹慎なこと言うけど、リアは泣き顔も可愛いね。」
「!?」
「お?泣き止みそう?」
「‥‥‥」
「睨まないで?リア。可愛いだけだよ?」
「!!!」
━━殿下ってこんなに甘いことを仰る方だったかしら?
そう思っていると
「‥‥リア。」
と名前を呼びながら、殿下の顔が近付いてきて━━
「っ!!」
殿下からの久しぶりの口付けに驚いたものの、全然嫌ではなくて。
私が抵抗しないのをいいことに、殿下は啄む様なものから深い、濃厚なものへと変えた。
そうしてしっかり口付けられたら、涙も引っ込むもので‥‥
「‥‥ふふっ。やっと泣き止んでくれたね、リア。」
そう言って目尻に残ったままの涙まで全部拭ってくれた殿下は至近距離のままで囁いた。
「口付けに抵抗しなかったってことは私のこと、受け入れてくれたと思っていいんだよね?」
「え‥‥?」
「リアが婚約者に戻ってくれるって思っていいんだよな?」
「!!!‥‥」
恥ずかしくて言葉にならず、頷いて答えると、殿下に再び抱きしめられた。
「!!! やっっった!‥‥ありがとう、リア。大好きだ。もう絶対離さないから、覚悟してくれ。」
「え?」
━━覚悟とは?
「リアがもういいって言ってもリアだけを愛で倒すから。」
「え!?」
「いや?」
「そ、そんなことは」
「じゃあ、私に存分に愛されて、リア。」
「!!‥‥はい。殿下の仰せのままに。」
「む。リア、硬い。」
「え?」
「リカルド。‥‥呼び捨てで呼んで?リア。」
「え?で、ですが」
「ですがはない。呼んでくれ。」
「‥‥‥リカルド。」
恥ずかしさに耐えて言ったのに、殿下は再び私の顔を覗き込んで言った。
「!! もう一回。」
「え!?‥‥り、リカルド。」
「じゃあ、そのまま敬語なくして?」
「え!?‥‥えっと、その、」
「うん。」
「‥‥リカルド、私もリカルドが好き‥‥です。」
「!!!‥‥嬉しいけど、『です』がいらない。」
「リカルド、結構我が儘ね!?」
「お。そのままそのまま。」
「あ。」
「直さないでくれ。‥‥リア。私の封印のせいで随分遠回りさせてしまったし、沢山傷付けてしまった。‥‥謝って許してもらえるなんて思ってないけど、それでも私がリアを二度と離したくないから、私に捕まってずっと側にいてくれ。‥私達が幸せな人生を送れば、もう逆行なんてしないと思うから。」
「!!!‥‥うん。」
「私の幸せはリアがずっと側にいることなんだ。だから、努力はするけど、見限らないでくれな?」
「ふふっ。‥‥仕方ないから一緒にいてあげるわ。」
「!!!‥‥ああ。ありがとう、リア。」
そうして、私達は2人で王都に戻った。
帰りはリカルドが乗って来た馬車に乗せてもらったのはいいんだけど、リカルドに質問攻めに合った。
主に『一年間どこにいたの?』ということ。
そして、私達のすれ違いを失くす様に今まで言えなかったことを、逆行前のことも含めて色々話した。
王都に着くと、先に公爵邸に向かって母様を連れ出し、そのまま城に向かった私達は、父様も強制連行して陛下の執務室に突撃した。
「!!!‥‥おかえり、ジュリア。リカルドも。」
陛下が驚いたのは一瞬で、すぐに穏やかな表情を浮かべてそう仰ってくださった。
「はい。‥‥長期間、勝手をしまして申し訳ございませんでした。」
「構わないよ。‥‥リカルド。ジュリアの心は取り戻せたのか?」
「はい。‥ですから、父上。再びジュリアを私の婚約者にして頂けませんか?」
「その必要はないよ。」
「「え?」」
陛下がにっこりと笑って言った言葉にきょとんとした私達。
すかさず父様が答えを教えてくれた。
「ジュリア。殿下と2人で署名して、あとは陛下に託しただろ?あれ、受理されてないんだ。」
「「は!?」」
「私がずっと持ったままだ。」
「「は!?」」
もう、私達は陛下に不敬とか気にしてられなかった。
「‥‥リカルドとジュリアはずっと想い合っていた。それは見ていたら分かる。‥‥ジュリア。リカルドがまた迷惑かけたな、すまない。」
そう言って椅子に座ったままだが、頭を下げた陛下に私は焦った。
「そ、そんな、陛下、頭をお上げください!」
そう言うと、スッと頭を上げた陛下は再び私達ににっこりと笑顔を向けた。
「リカルド。ジュリアが自殺せず留まってくれたんだ。今度こそ幸せにしてやるんだぞ?」
「「え?」」「はい。」
どうやらお婆様が仰った通り、私の両親は逆行前の記憶がないらしい。
「ジュリアも。もうリカルドも疑われる様なことはしないはずだから、信じて支えてやってくれ。」
「はい。」
私が返事したあと、陛下からの怒涛の愚痴が始まり、私達は戸惑いつつ相槌をうちながら聞き役に回ることになるのだった。
『ジュリアはいつ戻ってくるのか』と妃殿下に度々問い詰められたとか。
公爵夫妻にはリカルドが睨まれ、その度にどんどん萎縮するリカルドが見てられなかったとか。
当のリカルドが私が亡くなったという知らせを聞いた直後から封印は解けたものの、目に見えて精神を病んで来ていたので、思わず『ジュリアの死体が発見された訳ではないのに諦めるのか?』と助言してしまったとか。
陛下もまさか私が帰ってくるのに一年も掛かるとは思ってなかったらしく、それだけ私が精神的に追い詰められていたのかと、再び謝られた。
それが終わると、逆行前と今。陛下、父様、一部リカルドも共に予定していたことを話してくれた。
まず、逆行前。
あの時もニコロディ伯爵夫妻が犯罪を犯していたらしい。
だが、証拠がなかなか押さえられずにいた。
そこでちょうどリカルドが縁ができていた娘のアドリアーナ様に接触し、私を堂々と断罪して油断させ、裁判に持ち込める程の証拠を手に入れるまで私を屋敷に待機させ、ニコロディ伯爵一家を断罪したあと、私にも一役買ってもらったのだということにして断罪を不問にする予定だった。
リカルドが知っていたのはここまで。
陛下と父様は更に、私がアドリアーナ様を虐めるほどリカルドに蔑ろにされたからと今回の様に精神療養させると私を領地に送り、リカルドにだけ私が行方不明になり亡くなったことにすると報告して封印が解けたあと、私を呼び戻す予定だったらしい。
その全てが私が早まって自殺したことで全て無駄になっただけではなく、リカルドも精神を病んで廃人の様になるという最悪な結末になったと。
もう、私は平謝りするしかなかった。
でも、道理で。とも思った。
父様は逆行前も今もだが、リカルドとの婚約がなくなってもリカルドの後ろ盾を辞めなかった。それは私がリカルドの婚約者に戻ると思っていたからなんだなと今なら分かる。
それから、今世。
こっちは前回を知っているので、ニコロディ伯爵一家のこともわりと容易かったらしい。
私もアドリアーナ様を虐めたりしてなかったので、円満に婚約解消したと見せ掛けることができたと。
━その対象は私とリカルドだけだったけど。
今回は私が自殺せず、お婆様によって『理想郷』に保護されていたし、こうして戻ってきたので、解決。
ちなみに。
私にリカルドの封印の話を。
リカルドに私が理想郷に行く権利や力を持っていたことを。
それぞれ話さなかったのは、もちろんリカルドの封印が解けない可能性があったから。
リカルド本人はもちろん、私もリカルドに口を滑らせる可能性がないとは言い切れなかったからだそうだ。
あと、リカルドの封印は解除しないと、それはそれでリカルドの体に負荷がかかり、寿命が縮むらしい。
そこに続いて父様が教えてくれたこと。
『理想郷』に行く権利や力はタリアヴィーニ公爵家の純粋な血筋の者で、しかも男女に関わらず長子にしか受け継がれていないらしく、今の公爵家では、お婆様と、お婆様の息子である父様と、その娘である私だけ。
お爺様は入り婿だし、母様も嫁入りしてきたから、2人は自ら行くことはできない。お婆様か父様か私が連れて行かないと2人は理想郷に行けない。と。
そして、そんな話を長々としたあと、これからの話は後日、改めてしようということになり、この日は解散した。
公爵邸に帰ってきたあと、私は両親からまた『逆行ってなんのことだ』と再び質問攻めに合いそうになり、『疲れてるから明日にして‥』と言うと一先ず諦めてくれた。
そして、翌日。
約束通り、私は逆行前の話もしたし、父様に文句も言った。
その時の両親の慌てよう‥‥ うん。面白かった。
それから、私は度々登城してリカルドと話したり、早速結婚の相談も始めた。
リカルドが『なるべく早くリアと結婚したい』と言ってきたからである。
そして、リカルドは去年用意していたが、延期となるのに合わせて止めていた招待状の手配や、婚礼衣装や式の場所の調整などなどをあっという間に済ませた。
ということで。
その年の夏に私達は結婚した。
なんと私が帰ってきてから四ヶ月後のことである。
こんな意外なところでリカルドの有能さを実感することになるとは思わなかったが。
王太子の結婚の日取りが突然決まった上に四ヶ月後。
普通はあり得ない。本来は一年かけて周辺国と招待する調整などをしていく。
一年前に話は通してあるとはいえ、異常な早さである。
そして、一年空いた空白は私の精神の療養期間だったとされたため、アドリアーナ様の件もあって世間に疑問に思われることはなかった。
元々卒業式までに私の妃教育も終わっていたので、反対意見も上がらなかった。
◇◇◇
数ヵ月後。
「リ~ア!」
そう言いながらリカルドが後ろから私に抱きついた。
「わっ!‥リカルド?」
「体調は?」
「今は落ち着いてるよ。」
「良かった。‥‥楽しみだな。」
そう言って私を抱きしめたまま、リカルドは私のお腹に手を添えた。
「うん。」
私のお腹には新しい命が宿っている。
だから、王太子妃の仕事もお休み中だ。
リカルドは豊富な魔力を生かして魔物を退けるべく、よく地方に出向くし、王太子としてもきっちり執務も公務もこなしている。
本当に出来すぎなぐらい完璧な王子様なのだ。
「女の子だったらリアに似てほしいな。絶対可愛いから。」
「じゃあ、男の子だったらリカルドに似てほしいわ。絶対かっこよくなるから。」
「!!‥‥リア。どっちが生まれても、2人目、3人目って頑張ってくれる気はある?」
「え?‥‥そ、それって」
「ああ。一人産んだからって離してあげないよ?リア。まだまだリアを愛し足りないからね。」
「!!‥‥お、お手柔らかに‥‥」
「や~だ。」
そう言って抱きしめる腕に更に力が加わった。
それでも痛くも苦しくもない絶妙な加減なので、私は嬉しさしかないのだけど。
そして。
「リア、愛してるよ。どこにも、理想郷にだって逃がしてあげないから。」
「!‥ふふっ。リカルドがまた私を裏切らない限りは側にいるわ。」
「ならずっと、それこそ全うに生きて死ぬまで側にいてくれるってことだね。」
「本当にそうなるかしらね?」
「む。疑うのか?」
「ん~どうかしら?」
「そんなこと言うなら‥‥こうだ!」
そう言って私の顎を捕らえて唇にかぶりつくように口付けられた。
そのまま貪られる様にされたあと、リカルドはくすりと笑って言った。
「‥‥やっぱりリアの唇は柔らかくて最高だ。」
「‥‥ふふっ。じゃあリカルド、もう一回して?」
「ああ。もちろん、いくらでも。」
そうして私達は生涯仲睦まじく過ごした。
後にリカルドは『賢王』『魔導王』などと共に『愛妻家』としても名を馳せたのだった。
そして。
私達は今度こそ逆行することはなかった。
作者にとって初の逆行ものでしたが、いかがでしたでしょうか?
たまに作者自身が『もう何もかもどうでもいい』と心の中だけで自棄になることがあるのですが、それを貴族令嬢が言うとしたらどんな状況だろ?とそれだけ浮かんだところから生まれた話でした。