異世界転生し伯爵になった俺に政略結婚で嫁いできた妻の作る弁当の、クセが凄い。
「ストーンヘッド卿。今日の手作り弁当はいかがですかな?」
「これはピープルック卿。いや、実はこれからでして」
「お、まだですか。それは実に楽しみですな」
「あ~いやいや、ハハ……」
俺は妻の作った手作り弁当の風呂敷を広げる。
おや? まず出て来たのは水筒だった。これはお茶だろうか?
俺は蓋を開けた。出てこない。中蓋を取って覗くと中身は、
──麻婆豆腐だった。
「ハッハッハ! ストーンヘッド卿。そういうのは水筒ではなくスープジャーに入れるべきではないか?」
「そんなものがあるのですか?」
「水筒に麻婆豆腐とは! ハッハッハ!」
「ん~……」
「飲む麻婆豆腐か。いやいや、ストーンヘッド卿のお弁当には愛があって羨ましい。今日の私もまた、ジャンクフード……うぅぅ~……」
「それは、ハハ……」
そうか、スープジャーか。妻に言っておこう……。
妻は、とある男爵家の御令嬢だった。俺は伯爵だ。
どちらもこのご時世で使用人を雇える程裕福だ。だから普通に台所には専属のコックがおり、自分で料理を作る必要は無いはずだ。なのに妻は俺の弁当を作ると言って聞かない。しかも自分流で料理を作ると言ってコックの助力さえも遠ざける。コックは失業の可能性に震えたが、弁当以外の食事は通常通りお願いしているので彼は安堵した。
俺は妻に話を聞いた。するとどうやら、貴族界隈で手作り弁当ブームが巻き起こっているらしい。妻は妻で伯爵夫人である意地があるらしく、その争いに俺が巻き込まれているという訳だ。
とは言え、政略結婚だった俺たち夫婦はそれでも仲が良く、たとえ料理が下手くそだったとしても、俺は妻の愛を感じられて、その手作り弁当がとても嬉しかったのだ。
一応建前上、ツッコミ担当な立ち位置で振る舞ってはいるのだが……。
この王国はちょっと前に大衆革命が起きた。
立憲君主二院制議会になった今ではもう、殆どの政務は大衆が執り行うまでになっている。
かつて栄華を誇っていた貴族の権力は衰退し、今ではただの大地主さんの集まり見たいになっていたが、しかしそれでもいいじゃないか。凄惨を極めた他国の革命とは違い、我が国のは殆ど血が流れなかったのだから。
俺は今日も手作り弁当を妻に手渡せれ、キスを一身に浴びる。ああ、なんて幸せなんだろう。今日の昼食が楽しみでならない。
馬車で貴族院議事堂へやってくる俺。いつもなぜか友人のピープルック卿が先に待っており、俺達はいつも入り口で合流する。
そして今日の議題はどうなるだろうか? ガヤガヤと騒がしい議事堂内。議長が着席するとガベル(木製のハンマー)を打って開会する。
「それでは皆様、静粛に。今日は大衆院で可決した相続税についてですが──」
「そんなのは知らん!」
「大衆院の言う事だろう!?」
「あいつらに言わせておけばいい!」
「──ハイ! 全員賛成!」
──え!? おいおいおい! 大地主の俺達にしたら大問題なのに!
「え~賛成138票。反対2票。賛成多数と言う事で、相続税案を可決とする!」
あ~……。貴族院議事堂内は拍手に包まれた。
もはやここは大衆院与党の傀儡貴族しかいない。そして本議題後の貴族院は更に変わっている。
「今日は皆さまに私から問題提起があります!」
「おお、なんだ? 言ってみせよ!」
「──貴方は紅茶派ですか? それとも珈琲派ですか?」
「────ッ!!」
貴族院議事堂に衝撃が走った。いや衝撃走るなよ……。
☆
さて、もう昼の時間か。今日の弁当は何かな~!
「ストーンヘッド卿。相続税の件、残念でなりませんな……」
「まぁ、俺達側からしたらですが。大衆の側からすれば富を一部の人に集中させない為、と言う点においてはもう、仕方が無いのかもしれませんね……」
「う~む、なるほど……。所でストーンヘッド卿、今日のお弁当はいかに?」
「おお、これからです。どれどれ」
風呂敷を広げる俺。
今日は普通に弁当箱が出て来た。だが俺は弁当箱の周囲に異変がないかを確認する。……大丈夫のようだ。よし、蓋を開けるぞ。
──エビピラフだった。
「おお? ストーンヘッド卿? 今日は普通にエビピラフですな?」
「いや、このエビピラフは只者ではないですぞ? ピープルック卿」
「おや? それはどういう事ですかな?」
「──ここに箸が付属されている」
「な、なんと!? エビピラフに箸ですと!?」
「なぜ箸なのか。お見せしましょう──」
俺は箸をナイフの様にエビピラフに刺し入れる。そして中々の抵抗を受けながらも切り分ける。そしてブロック状になったエビピラフを箸で摘まんで、“え!? なぜ摘まめる!?”となっているピープルック卿の口の中へ放り込んだ。
ピープルック卿は言った。
「──か、硬いっ!?」
俺は言ってやった。
「──歯ごたえのあるエビピラフはお初ですかな?」
「し、信じられない! だが、意外とうまい!」
俺は良いリアクションをするピープルック卿へニヤけながら、箸を再びエビピラフへ刺し入れた。そして切り分ける途中で事件は起きる。
──パキッ!
ピープルック卿は驚愕した。
「は、箸が折れた……だと!?」
「しまった、しかし!」
俺は取り出した。
「──予備の箸がある!」
「よ、予備ぃ!? ま、まさか! そこまで計算していて……」
妻は、一人前のエビピラフを作るのを嫌う。時間がない時は二人前入っている冷食だ。しかし余らせるのもこれでもかと嫌う。そして愛着のある弁当箱のサイズは絶対に変えない。
そこから導き出される結論は、
──無理やり詰め込む。だったのだ。
俺はこのエビピラフを食べていつも想像するのである。
蓋を一生懸命、体重を乗せて締めようとする妻の姿を。
“ん~!”とか言ってたりするのだろうか? か、かわいい……。
気が向いたら続き書きます。