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 そんな中、どうして菜穂ちゃんとお近づきになれたかというと、ここでもまた八代先輩が登場する。なんと、八代先輩と菜穂ちゃんは同じクラスで、さらに同じ中学だったのだ。


 八代先輩と委員会の仕事が被った日、当番の時間が変更になったことを教師から知らされ、俺は何とはなしに先輩を迎えに行こうと思った。そしてクラスを覗いた時、彼女がいた。


 新入部員と言えどもマネージャーとして顔を覚えていてくれた菜穂ちゃんは、笑顔でクラスの中に招いてくれた。


『高田君、どうしたの。うちのクラスの部員に用事とか?』

『委員会の仕事で、八代先輩いるかな~と思いまして』


 当たり障りのない会話の中で、良い匂いがすると思った。初めての会話で、すでに意識していた。


『八代君ならさっき出てったよ。呼ぶからちょっと待ってて』


 そう言ってスマートフォンを取り出した。八代先輩が戻ってくるまでの数分間、俺の脳内は「八代先輩と仲良いんだな。いや、クラスメイトだから交換しているだけか」など、二人の関係を予想する会議で大忙しだった。その間も世間話は続き、受験勉強と部活の両立が大変さを知った。


『お待たせ。菜穂ちゃんありがとう』

『いいえ~うちの貴重な一年君の頼みですから。じゃあね、高田君』

『はい。有難う御座います』


 菜穂ちゃんと八代先輩を交互に見ながら見送れば、すぐに八代先輩が異変に気が付いた。


『なに、菜穂ちゃんが気になるの』

『違いますって! 八代先輩が下の名前で呼ぶから、単純に仲が良いんだなと思っただけです』

『中学が一緒でよく話すってだけだよ。それで、委員会のことで用事って』

『なんだ、そうですか~。あ、今日の当番の時間早まったの知ってます?』

『知らなかった……高田ありがとう、一緒に行こうか』


 図書室に行くまで、八代先輩から質問責めにあった。この人、こういう話題も出来るのだなと、他人事のように思った。


 それから先輩と当番が被る日はクラスまで迎えに行き、菜穂ちゃんと会えた時は交流を深め、夏休みに入る前、彼氏彼女となった。


 夏休み前で本当によかった。受験生なので夏休みは追い込み時期、それを過ぎたら二月まではずっと勉強。俺の入る隙間など一つとてなかったに違いない。だから、まだ隙間がほんの少しだけある時にすっと入れたことは幸運だった。

 と言っても時間があるわけでもなく、デートと言えば彼女の図書館通いに付き合って勉強をしたり、日用品や服の買い物についていく程度だった。


『やっぱり気になってた』

『そう、ですよ! いじわる!』

『あはは、青春だなあ』

『先輩だって青春の一つや二つしてるでしょ』

『どうだろう』


 意味ありげに笑う八代先輩だったが、彼女らしき人を見たことがあるので、受験の合間を縫って彼も上手くやっていたらしい。冗談交じりで問いただしたら、「内緒だよ」と照れくさそうに笑っていた。




『もう無理かも』

『なんで』


 秋になって、冬が近づく頃、菜穂ちゃんが言った。

 昨日だって学校で会った。可愛い笑顔だった。


 俺が何かしたのか。

 きっとそうだ。いつだってふざけているのは俺の方で、迷惑をかけているのは俺だった。


『翔君の所為じゃないよ。私が悪い』

『そんなこと』

『受験、D判定だった』

『D判定?』


 菜穂ちゃんは頷き、瞳は揺れていた。


 俺は焦った。


 何故って、D判定という言葉が一体なんなのかすら分からなかったからだ。


『あのね、Dだったのは私がちゃんと勉強進めてなかったからなの。翔君と会うと嬉しくなって、勉強に身が入らなくて、つまり、両立が出来ないっていうか』


 なるほど。D判定はとりあえず悪い判定らしい。そして、それは勉強が疎かになっていると、そういうことか。やっぱり俺が原因じゃないか。


『でも』


 でも、の続きが出てこない。受験生としての知識が無い。一年だから関係ないと思っていた。


『翔君のこと、好きだよ。好きだけど、このままじゃいけない』

『菜穂ちゃん』


 そんなことを言われたら諦められない。

 いっそ嫌いになったと言ってくれ。


『あれ、高田と菜穂ちゃん』


 八代先輩の声がした。

 振り向く。アイス食べてる。今日寒いのに。じゃなくて。


 うわぁ、見られた。最も見られたくない相手かもしれない。記憶失くしてくれないかな。


『せんぱい』


 八代先輩の眉が下がった。ああ、情けない顔晒してるんだろうなぁ。ほんと情けない。彼女にも申し訳なく思う。


『何してんの。これからデート?』


 菜穂ちゃんはちらりと俺を見てから首を振った。


『ううん、模試の結果出たから、これから家帰って勉強するとこ』

『そうなんだ。どうだった?』

『……D』

『そっかそっか。今の時期でDなら全然問題無いじゃん。予備校の連中と話してたけど、Eの奴も何人かいたよ。まだ三か月くらいあるから。高田と会うのを気分転換くらいに思って頑張ろう。高田といると癒されるでしょ? なんか愛嬌あって動物っぽいし』


『なんすか、動物っぽいって!』


 真面目な会話の中で急に話題に出されたものだから、非常事態なのについツッコんでしまった。菜穂ちゃんが小さく笑ってくれた。それならいいか。


『そうだね。確かに癒される。私、難しく考えてたのかも』

『菜穂ちゃん、俺』

『それじゃ、俺はそろそろ。実は気分乗らなくてふらふらしてたんだよね』

『え、先輩の方がヤバイじゃないですか。勉強躓いたら、俺のとこ来てくださいね。なにせ、動物っぽいらしいんで』

『あは、そうするよ』


 ひらひら手を振って去っていった。なんだったんだ今の。余裕そうだった。菜穂ちゃんと違って、あ。


『あの! 俺、邪魔しないよ。会わない方がよければ受験が終わるまで待つ。それでもダメかな。嫌いじゃないなら、チャンスをもらってもいい?』


 しみったれた言葉でも、次に繋げられるのなら足掻いてやる。まだ十六歳だよ。長い人生で考えれば赤ちゃんみたいなもん。どんどん前に出ないと。


『うん……うん。そうだね。八代君の話聞いてたら、私、自分のことばっかだなって。受験はそうだけど、翔君とのことは翔君と考えなきゃね』

『菜穂ちゃん……ありがとう』


 よかった! 首の皮一枚かもしれないが、繋がった。


 笑顔の戻った菜穂ちゃんとゆっくり歩く。今日は無理せず、勉強を優先させたい彼女の家へ送ることが俺の役割。


『へぇ、大学行ったらバンドサークル入りたいんだ』

『キーボードやりたいの』


 ピアノを中学までしていたらしく、それを生かしてキーボードをやりたいと言う。可愛い。俺の彼女、すごく可愛い。


──俺も音楽好きだから、やってみようかな。


 重い男は勘弁なので、言葉には出さなかった。あと二年して、大学に入った時言えばいいのだ。


『受験、応援する』

『ありがとう』


 明るい声をくれるから、俺はいつまでも待てる。


 そう信じて疑わなかった。











「八代せんぱ……え? あれ?」


 手を伸ばした先が天井で、何が起こったのか理解するのに数秒かかった。

 どうやら夢を見ていたらしい。顔中が熱くなる。


「うわぁ~、高校の時の夢とか懐かしすぎる……それにしても、あの頃から八代さんに頼りまくってたんだな。今度お礼しよ……」


 特に、入学式の事件は今思い出しても顔から火が出る程だ。

 初対面の時から思い切り体を預けてしまっていた。土下座したい気分だ。土下座したところでなんの意味も無いけれど。


 時間を確認すれば七時過ぎ。確実に起きているだろう。スマートフォンに手を伸ばす。


『お早う御座います。愚痴を聞いてくれて有難う御座いました。次は俺が持ちますので、また飲みに行きましょう~!』


 一分待ってみたけれども、既読にはならなかった。それはそうか。出勤前の忙しい時間にスマートフォンを弄っている人の方が少ない。俺か。


「菜穂ちゃんか。元気にしてるかなぁ。あんな青春したのに、結局受験後大学と高校で離れてそのままフェードアウト……高校生らしいっちゃらしいけど、当時はかなり凹んだよ……すぐ先の未来すら分かってなかったんだな」


 それでも大学ではバンドサークルに入った。キーボードの彼女が出来た。菜穂ちゃんとは全然似ていなかったけど、どことなく追ってしまっていたのかもしれない。好きだった、と思う。その彼女とは三か月でこっぴどく振られてしまった。態度に出ていたのだろう。


 残ったのは独り身の己と、サークル一年目で買ったギター。バイトをして背伸びしたものだった。その後もバイトをしては、四年間で三本のギターを買った。今は思い入れのある一本目だけ残したが、それも部屋のインテリアにしかなっていない。ネックの部分にそっと触れる。弦を変えたのはいつだったか。


「今度メンテナンスしよ」


 いつもとはまた違う種類の重い腰を上げて、ようやく顔を洗いに歩き出した。既読は付かなかった。

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