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『八代先輩!』
『お、高田』
今日はツイている。八代先輩に会えた。俺は飼い慣らされた犬の如くしっぽを振った。
『やった~やっと迷子君から卒業した!』
『はは、久しぶりだなぁ』
『そう、それ! 三年生と委員会の当番被る日少ないんですけど。なんで?』
『三年は少なくしてもらえるんだよ』
一瞬遅れて、声が出た。『ああ!』
『そうか、受験!』
『そうそう』
こちらは入学したばかりで全く考え至らなかったが、この人は三年生で、受験生なのだ。数か月前の地獄が脳裏をよぎる。
私立の受験代と、受かったら私立の学費を出すのだから、限界を超えて頑張りなさい。パートの時間を増やして必死な形相で叱咤してくれた母親を思い出す。あれは世に出しちゃいけない顔面だった。二度と見たくない。多分、二年後あたりにまた見るだろうけど。
『どこ目指してるんですか?』
『うーん、滑り止め受けるなって言われたから、難関大あたりをちらほら受けようかなって思ってる』
『滑り止め無し!? チャレンジャーな! いや、八代先輩なら大丈夫そうな気がします』
『俺の成績知らないだろ』
そう言って、先輩は腹を抱えて笑った。
後々聞いたら、予想を裏切らず、八代先輩の成績は当然のように上位だった。
あっさり感化された俺は、真面目ぶって生徒指導室なんかに行ってみた。そこで卒業生の進路を調べたら、二割近くは難関大学以上に合格しているようだった。え、うそ、怖い。
就職は一割、専門学校や芸術系が一割、浪人が一割、残りが他の大学といったところだ。
二割弱……二割か。二割も難関大学に入れるのか。やっぱり進学校なんだな。でも、つまるところ上位二割に入らなければ難しいということだ。
ぎりぎり入った俺には無理だろうなぁ。せめて、親が知ってるくらいの大学には入りたい。大学ってなんで入るんだっけ。
『まあ、なるようになる』
まだまだ一年生。今必要なことは、受験の情報より友だちを沢山作ることだ。
『お前小学生かよ』
しまった。教室だった。横の席にいた小平が肩をパンチしてくる。
こいつとは中学から一緒で、この高校に受かった四人のうちの一人という貴重な存在でもある。チャラチャラしているのに頭が良い。要領が良いのかもしれない。
努力のみでどうにかした俺としては少々羨ましくもある。
『うるせぇ、お前だって今日俺と~?』
『翔ん家でゲーム祭り!』
『小学生じゃん!』
『何歳だってゲームは楽しいだろ!』
『同意しかない』
小平とは気が合う。大学も一緒がいいな、なんてことを言ったらいっそう笑われるのだろう。
部活はサッカー部に入った。中学の延長で入った。
特に全国を目指しているわけじゃない、強豪じゃない部だ。でも、サボる人はあまりしない。なかなか楽しめそうだと思った。
『永山さんは部活何か入った?』
『うん。合唱部』
『合唱部か~』
『高田君はサッカー部だよね』
『よく知ってるね』
彼女にはサッカー部だということを伝えていない。俺の体温がやや高くなる。
『グラウンドから高田君の声聞こえるから』
『あ~~……俺、声デカいってよく言われる』
俺の体温は一瞬で平熱に戻った。
『高田君の声、格好良いから』
『え』
明日熱出しそう。
丈夫な俺は熱を出すことなく、むしろ三年間皆勤賞で登校することになるのだが、俺の春は意外と早く来た。
『翔君、こっちこっち』
『菜穂ちゃんごめん、遅くなって』
『いいよ』
提出物を出しにいっていたら待ち合わせの時間に遅れてしまったが、彼女は笑顔で迎えてくれた。
ちなみに、永山さんではない。
永山さんに声が格好良いと言われて数日浮かれていたが、ふとしたことで彼女が単純に声フェチだと知った。
俺の方も永山さんが好きなわけではなく、可愛い女子と仲良くなりたいという男子高校生ならではの感情だけで動いていた。結果、他の女子に近づいた時も嬉しかったことで自分の軽薄さに気が付いた。
俺の彼女になってくれたのは、サッカー部のマネージャーをしている三年の先輩だ。最初は菜穂先輩と呼んでいたが、彼氏になってちゃん付けとタメ口を許された。実に優しい先輩である。
菜穂ちゃんはとにかく可愛い。可愛いというか綺麗。永山さんもそうだったけど、どうも俺は女子を見るとすぐ可愛いと思ってしまう傾向にあるが、菜穂ちゃんはその人たちとは違う、なんていうか、見ていてきゅんとなる。
同じ女子なのに何が違うのだろう。相性ってやつなのか。まだ人生十五年しか生きていない俺には、とうてい理解出来ない高みの話題だ。
ちなみに、サッカー部は百人近くいる大所帯である。一番人気の部活。強豪じゃないのに。




