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晴れだった日々

            ◇


 俺は浮かれていた。入学式の式場である体育館ではなく、先走り過ぎて校舎に入ってしまうくらい浮かれていた。親は後から来るため止める者もおらず、制服を着ているおかげで教師から指摘されることもなかった。


 なにせ、記念受験のつもりで受けた第一志望ならぬ第ゼロ志望の高校に受かったのだ。浮かれても無理はない。ただし、勝手に校舎に入ってしまう阿呆者あほうものは俺だけらしかった。


 三階までやってきてようやく事態に気が付く。そして迷子だった。


『うそうそ、うそって言って』


 高校生にもなって迷子など。しかも学校内。恥ずかしいが、それ以上に誰もいない校舎が妙に薄ら寒くて両手で腕を擦った。


『なんで誰もいないんだろう』


 入学式の日の今日まで在校生は春休みなことを知らない俺は、急に異世界に飛び込んだ気になった。


 もしかして、自分だけ異次元に存在する校舎に来たのではないか。


 あの門をくぐるべきではなかった。きっとあれがいけなかった。


『えっと、体育館集合って言ってたな……なんでここにいるの俺』


 校舎の窓からグラウンドを覗く。体育館は見えた。しかし、体育館は二つあった。


『体育館て二つあるもんなのか!? 教えて誰か!』

『右側の体育館だよ』

『え』


 突然の返答に、俺がとうとうその場に座り込んでしまった。恐る恐る見上げると、同じ制服を着た生徒が曖昧に笑っていた。


『大丈夫? せっかくの式なのに、制服汚れちゃう』

『あ、ご、ごめんなさい』


 俺は混乱した。


 目の前の生徒は誰だろう。同じように異世界転移した人間だろうか。俺は頬を引っ叩いて、思考を無理矢理現実に引き戻した。


『気分でも悪い?』

『いや、そういうんじゃなくて、あなたはいったい誰なのか考えていて』

『ああ、誰もいない校舎にいきなりいたから驚かせたかな。俺は三年で、校舎の見回りしていただけだから安心して』


 それを聞いて、先輩が救世主に見えた。つまりここは異世界でもなんでもない現実世界で、入学する高校で、右側の体育館に行けば入学式に参加出来るわけだ。


『有難う御座います! 誰もいなくて困ってたんです』

『ああ、今日まで在校生は春休みだから』

『なるほど。でも先輩がここにいるってことは、生徒会長とかですか?』

『いや、会長だったらそれこそこんなところにいないよ。在校生代表の挨拶のために体育館で準備してると思う。俺は実行委員会に入ってるから、今日登校してるんだ』

『そうでしたか』


 そうして親切な先輩に案内された俺は、無事件の体育館へたどり着くことが出来た。受付横にはすでに母が立っていて、予想通りめでたい日に似つかわしくない顔をしていた。


 入学式後に、初日から迷子になるという失態を懇々と説教され、俺にとって忘れられない一日となった。







『会えないもんだな』


 衝撃の出会いをした彼とは、当たり前のように全く会うことなく、一か月が過ぎた。仮に学年が一緒だとしても八クラスもあるのに、二学年違えばその確率はさらに低くなる。


 別に特別会いたいわけじゃない。ただ、あの時の礼と、名前を知りたいと思った。


『図書委員かぁ』


 目の前の黒板には様々な委員会の名前と、その下に担当となった生徒の名前が書かれている。俺は図書委員所属となった。

 特別なりたかったわけじゃない。ただ、どれかに希望を出さないといけなかったので、早起きや外での作業が必要なさそうな委員会にした。


 結果として、良いことが二つあった。


 まず一つ、同じ図書委員のクラスの女子と仲良くなった。しかもカワイイ。名前は永山さん。黒髪で、背がちょっと低めの、目が大きいコだ。

 二つ目は本当に驚いた。なにせ、図書副委員長が例の救世主だったから。


『あの、入学式は有難う御座いました!』

『迷子君だ』

『そりゃないですよ~』

『じゃあ、名前教えてくれる? 俺は八代清一って言うんだ。これから宜しく』


 神改め八代先輩と、ついに知り合いになれた。嬉しさのあまり自分の名前を噛むという初体験までしてしまった。


 ふわふわした気持ちのまま委員会初日を終えたが、図書委員の仕事は地味に大変な作業があるものの、穏やかなメンバーに囲まれて平和に送ることが出来ている。


 今日の当番は同じクラス同士。


『返却された本、棚に戻してくれる?』

『いいよ』


 永山さんとは良い感じである。まだ名字呼びだし、委員会でしか会話しないけど、良い感じと思えば良い感じである。


『その本、もう借りられますか?』

『大丈夫ですよ』


 驚いたことに、図書室を使う生徒は多くいる。


 個人的には高校生になってまで図書室で読書をするとは思っていなかったので、進学校の意識の高さを肌で実感することとなった。


 もしかして、俺もこの人たちと同等の行動を取った方がいいのだろうか。

 すぐに首を振った。


『無理無理。授業だけで手一杯なのに、それ以上のこと学校で出来るわけない』


 横を向いて、俺はさらに飛び上がった。永山さんが受付の合間に読書をしていたからだ。


『本読むの好きなんだ』

『うん』


――だから図書委員になったのか。まあ、それが一般的な理由だよな。


 授業中ではないので、委員会中暇な時は自習や読書をしていいことにはなっている。ただ、それは形式上の言葉だと思っていた。やはり俺は少々場違いなところへ入学してしまったのかもしれない。


――いやいや、ここはチャンスと思おう! まぐれでも俺だって受かったんだ。ポテンシャルはある。ある、よな?


 試しに返却されたうちで難しいタイトルの本を手に取った。十秒でそれをそっと閉じた。


 生徒がまばらにやってくる退屈な委員会の時間、俺はスマートフォンに手を伸ばしつつ、横から静かに流れてくる紙をめくる音を聞いていた。

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