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「やっと気付いたか阿呆、何で手計算じゃないのに間違えてんだよ。大方元のエクセルの入力をミスしたんだろ。自動計算って言ってもロボットが入力してくれるわけじゃない。パソコンに任せてないで出来上がったら確かめろっていつも言ってるよな? お前の耳は飾りか!」

「す、すみません! すぐ直してきます!」

「三十分でやれ! 俺も忙しいんだからな」

「はいっ」


 今日は厄日に違いない。




 やっとのことでOKサインをもらい、遅い昼食を取る。元々プレゼンから戻ってきた時点で十三時だったのだから腹も減る。落ち込んでいたって減る腹は、大変空気が読めていない。


 社食で一番安いうどんを頼む。独り暮らしといえども独身なのでそれなりに給料は余るわけであるが、実家に少しの仕送りと営業の付き合いで飲み会が多いので、節約するに越したことはない。むしろ、働いている所為でエンゲル係数が異常に上がった。先月は営業同士の飲み代だけで三万を超えた。経費ではもちろん落ちない。おかしい。強制ではないけれども、上司が誘ってきたら無下には出来ず、結局のところ強制と同じである。


 本当は将来の結婚資金も貯めたいが、如何せん金の使い方もへたな俺はなかなか貯まらない。というよりそもそも相手がいない。前回彼女がいたのは、もう三年も前になる。


 昼休みとずれて人がほとんどいない食堂内で食べるうどんは味気ない。俺の麺を啜る音ばかりが耳に響いて、美味しいのか美味しくないのかそれすら分からなかった。


 他の社会人たちはどうやってやりがいを見出しているのだろう。


――仕事の内容? お客さんの笑顔? 給料? 俺は一体何をして生きているんだろうか。生きている意味ってあるのかな。


「はぁ……あ~あ」


 ため息を吐いた後に、今出たのはため息だったことに気が付いた。


 どんどんと底なし沼にはまった俺は、気を紛らわせるためにスマートフォンを取り出す。グループトークの画面を表示させて見知った名前たちを見る。こんな時はこれだと、すばやく文字を打ち送信した。


『今日二十時集まれる奴飲もうぜ』


 まだ就業中だというのに次々に返信がくる。


「お前ら暇かよ」


 ツッコむよりも嬉しさが先に心を支配した。若さ故アホなこともやったけれど、こんな時ばかりは大学時代の自分に感謝だ。







「うーっス」

「お疲れー」

「かんぱーい」


 そこら中から明るい声が響き、続いてグラスを軽く合わせる音が耳に届く。自分の居場所はやっぱりここ。


 気持ちが沈んだままではどうしようもない考えにいきついてしまうため、大学時代によく遊んだ友だちにめいっぱい声をかけた。仕事の関係で来られたのは半分程度だが、それでも木曜日という次の日仕事がある状態でこれだけ集まってくれたのは本当にありがたい。上司主導の飲み会とはえらい違いだ。


 緩む頬をバレないよう引き締めながら空いているところへダイブする。もうスライディングして皆に突撃したいくらい嬉しい。こんなことで嬉しいなんて社会人になるまで気が付かなかった。


「どうしたんだよ、かける

「カケはいつも突然だよな」

「いやさ、癒してもらおうと思って」

「寂しい奴め~!」


 冗談めいた言い方で笑えばどっと盛り上がる。これだこれ、俺のことを下の名前で呼んでくれることも会社とは違うということが分かって良い。社会人特有である会社の愚痴が飛び出すものの、たいてい聞こえてくるのは大学時代の話題で、終始だらしない笑顔を振りまいてしまう。ひとしきり騒いだ後、終電で皆と別れた。


「またな!」

「彼女のいない寂しい翔君、また飲もうぜ」

「うるせぇ! 今日はありがと!」


 大学の頃、一人暮らし組なんて大多数が大学の近所に位置するアパートだったものだから、終電を気にしたことはなかった。むしろ、酔いつぶれたらそのまま雑魚寝でお泊りコースだ。それが出来ないのは何だかつまらないと思いつつも、また明日のために誰も待っていない暗い我が家へ帰る。


「うう、この瞬間が嫌だ」


 楽しいければ楽しい程終わった後の虚しさは尋常じゃない。それは皆と会う空間が幸せだからそうなのだけれども、やっぱり独りは嫌だ。こんな夜に帰宅した家が明るかったら、誰かが待ってくれたら。だから皆結婚するのだろうか。


 でも、結婚とはそういうことではない気もする。


 寂しいからとか誰かがいたらいいとかではなくて、その人だから、その人と一緒にいたいと思えるから結婚するはずだ。友人が多い割に恋愛経験が豊富ではない自分にもこのくらいのことは理解出来る。打算的な気持ちで結婚しては、いつかどこかでヒビが入る。終わりが見えているのに一緒になることはお互い不幸でしかない。


――でもそんな贅沢なこと言ってる暇もないんだよな。


 靴を脱いでネクタイとスーツを脱ぎ捨てて、ベッドに勢いよく飛び込む。温かさの一かけらも無いそれは、自分自身の心とリンクしている気がして余計視界が滲んだ。


「今日の連絡は来週って言ってたっけ」


 手帳にメモしておく、いちおう。


 まずは明日遅刻せずに出社することが重要だ。スマートフォンと目覚まし時計の両方をセットして、シャワーを浴びに洗面所へ向かった。

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