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「これですかね~~どう思います?」

「型番見てみろ、一発だ」

「あ、そっか」


 会社から程近い大手電機チェーンで目的の物を探す。ここで最近購入したと確認済なので、在庫がある限り売っているはず。ただ、USB一つで大量の種類が鎮座している様はあまり頂けない光景であった。荒田が悩むのも無理は無い。


 似た商品をいくつか取って型番と照らし合わせて二つレジに持っていく。一つは予備という名のお詫びの印だ。金を払う俺に後ろで荒田がごちゃごちゃ喚いていたが適当にあしらった。


「悪いと思うなら、荒田に後輩が出来てこういうことが起きた時、同じようにしてやって。起きない方がいいけどな」

「高田さぁん……!」


 眉をへの字にさせて何度も礼を言われる。このくらいで仰々しくされてもこちらが恥ずかしくなるだけなので、もう止めてほしくて制止の言葉をかけた。まだ何か言いたそうに口をもごもご動かしていたが、声には出していないので気付かない振りをしておく。


 荒田の手には電機屋の袋がぶら下がっている。明日朝一で青鬼にひれ伏すように渡せば、どうにか気持ちも治まってくれるはずだ。


「ま、もう気にしないで。その袋、明日忘れないように鞄に入れておけよ」

「分かりました! 高田さんのおかげで元気出ました」

「そりゃよかった。じゃ、俺は地下鉄だからこれで」

「はい! また明日…………え」


 普段通りの明るい声が返ってきたかと思えば、荒田の顔が一瞬で曇る。


 失敗をした時はそれはもう絶望も絶望、地上千メートルから突き落とされた顔をするものだが、今の顔はそれとは全く別のものであった。例えばそう、恐怖、もしくは嫌悪。思わず手を伸ばすが、一歩後ずさりをされ届くことはなく空振りをした腕が虚しく落ちていった。


「どうした? ゴキブリでもいた?」


 荒田の顔から想像するに一番近い出来事がそれだった。女性相手に汚い話題をしてしまったが、あまりにもマイナスの感情が漏れ過ぎている。荒田が視線はそのままに首を振る。笑おうとしているのか口もとが歪んだ弧を描くのが痛々しい。どうにか気持ちを落ち着かせたい、そう思う俺の方が驚かされる番だった。


「そ、それ」


 自信無さ気に伸ばされる人差し指が俺のやや右側を指す。焦点もそこへ向かっている。瞬間、一気にその意味を理解した。









「気持ち悪い」









 絞り出された言葉が突き刺さる。咄嗟に否定出来なかったことが鈍く心を蝕んで、すぐにでも言い訳をしなければならないのに、それすら黒々とした燃えカスとして零れ落ちてしまった。異常なのは誰か。かつて人だったモノを死んだという枠組みに移っただけで蔑む彼女か、死んだのにこの世に彷徨う彼か、そんな憐れみに縋る己か。


 二人の関係性を知られたわけではない。どうせいつかは消えて無くなるのだから、この場さえ乗り切れたら──。


 侮蔑した。俺は今、何を思った? 八代さんが人ではない「現象」として扱ってはいなかったか。


 もちろん、もう生きた人とは違う。俺とは別世界にいる。それにしても度を越して失礼を当たり前に吐き出していた。


 喉を熱い塊が押し寄せては飛び出ていき、俺を少しずつ焼いていく。このまま焼き尽くされたら、どうなってしまうのだろう。


 ともかく震える荒田を慰めるため、今度こそ手を伸ばす。気を利かせたらしい――あるいは傷ついたかもしれない――八代さんはとっくに姿を消している。


「荒田、どうしたんだ」


 視えた景色は疲れた体が誤解した見間違いだ。自分には何も見えていない風を装って話しかける。すると、気丈な彼女は俺の腕をがしりと掴み引っ張った。


「ここ離れましょう! あ、いや、えーとそうだ! 私仕事の進め方で聞きたいことあったんで、近くのお店で飲みませんか。ね、そうしましょ」


 こちらの返答を待たず、ぐいぐい何処かへ連れていく姿勢は実に明るい彼女に似合っていて、もしいつか誰かと結婚したならば、上手に夫の手綱を操縦する良い妻になるだろう。男女という繋がりは、女が歩く道を見つけ男とともに耕していく方が上手くいくことが多い。フった身でありながら、その時横にいる男が自分ではないことが少々寂しく感じる程に、荒田は優しい女性なのだ。


 なんて我儘だと自分でも思う。先輩が優しいから隙間に入り込んで体育座りを決め込む。後輩には好意を壁で遮ったのに離れていかないでほしいと願う。一人きりになりたくなくて、ぬるま湯をいつまでも溜め込んで、排水溝への蓋を外せないでいる。


「まあ……それなら」

「いいですよね! よし、行こう行こう~!」


 ふらふら意見を持たずに付いていけば、気付いたらすでに居酒屋へ入っていた。しかもここは、八代さんと最後に飲んだ場所である。どうにも縁を感じて居心地が悪い。しかし、荒田を何も言わず帰すことの方が最低な気がして、仕方なく通された個室に腰を下ろした。


 まだどこかにいるかもしれないとそわそわ辺りを見回す荒田が、八代さんと再会した自分を思い起こさせて笑いが漏れそうになる。


 いや、違う。笑っている場合じゃない。さっさと帰って八代さんのフォローに回らなければ。この光景を見ていない彼は少なからず傷ついている。


「お先に飲み物だけよろしいですか~~」

「あ、は、はい! ビール二つ、あ、ビールでいいですか?」

「いいよ、大丈夫」


 個室のドアからぬう、と現れた店員にもビクつく彼女が可愛らしい。もう、八代さんを視たことは勘違いにしてしまって二人で楽しく酒を交わしたくなる。そうだ、そうしよう。勝手に結論付けた脳裏にある違和感が降って湧いた。


──あれ、でも八代さんって生きてる時との違いが分からないくらい精巧な見た目だよな。


 それなら何故、荒田は八代さんとその他大勢の人ごみを区別出来たのだろう。考えてみればおかしな話である。


 荒田は視えない人間である。今の今までその類の話をされたことはないし、八代さんが俺の傍にいるにも関わらず反応を示したのはこれが初めてだ。何故、突然八代さんが視えたのかは理解の輪から外れるところだが、大事なことは、一瞬で八代さんが異なる世界だと見破ったところにあった。途端、興味が湧き出す。自分以外に八代さんを共有出来たことにはしゃいでいたのかもしれない。


 確かめなければ。今、すぐに。


 そうしないと、違和感と八代さんを重ねてしまう。


「何、何か視えた?」

「……バカにしないで、頭おかしいって思わないでくださいね」

「もちろん」


 だって俺自身よく分かっていることだから。言えないままに、少々ずるく思いながら耳を傾けた。


「ゆ」

「うん」

「幽霊がいたんです」

「……うん。それで」


「絶対、ヤバいやつです。高田さんのこと見てました……憑りつこうとしてるのかも……気を付けてください! 信じられないと思うけど、ほんとに怖かったんで!」


 興奮し出した荒田へ両手を突き出してなだめる。話は聞きたいが、彼女を怖がらせたいわけでもない。先ほどから手の震えが俺を寒くさせる。


「信じるから落ち着けって。でも、ヤバいってどうして分かるんだ? 別にただ立ってただけだろ」


 ヤバいってなんだ。


 なんだよ。


 言わないで。


 言ってくれ。


 八代さんは大丈夫、大丈夫だって。


「立ってただけ……そう、立ってただけですけど……全身血だらけで、真っ黒な瞳で見てたんですよ、高田さんのこと」


「え」


 聞かなければよかった。

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