ねえ先輩、私で練習しませんか?〜「幼馴染と付き合い初めたけど全く関係性が変わらない」と愚痴ったら後輩がデートに誘ってきたんだが。デートの練習だと彼女は言うけれど……〜
カクヨムにも投稿しています。
突然だが、俺は勝ち組──だと思う。
だって近所に可愛い幼馴染がいて、高校進学を機に付き合うことになったんだから。
彼女ができてから見た目にも気を遣うようになって、自分に自信もついた。
高校では友達も多いし、どちらかと言えば陽キャに入ると自覚している。
──なのに。
満たされないこの気持ちは何なんだろう?
「ねえ、ヒロ。この服どう?」
「ん、ああ。いいんじゃないか。キリっとして綺麗だと思う」
試着室から出てきた彼女──早乙女透は新しいスカートをひらり、ひらりと揺らしている。
デートの真っ最中だというのに余計なことを考えてしまった。
「ん~、そうかな。私って結構清楚路線じゃない?」
「自分で言うか」
とはいえ一理ある。
黒髪ロングの髪。
切れ長で涼し気な目元。
スッと通った鼻梁。
与える印象は一見クールだけど笑うと少し幼く見えて、美人というより親しみやすさのある美少女と言える。
故に派手めなファッションよりも清楚系の控えめな服の方がよく似合う。
「だからちょっとこのスカートは可愛いけど短すぎるな~って」
「そうか? 俺はこのくらいの長さでも透には似合うと思うけど」
「まあね~、私には似合うか超似合うかの二択しかないから」
「よく言うよ」
苦笑しながら透のファッションショーにかれこれ一時間は付き合っている。
片手にはスマホ。
透が着替えている間の暇つぶし。
「う~ん、もうちょっと考えてもいい?」
「いいよ、最初からすぐ決まるとは思ってない」
「あ、その言い方よくなーい。こういう時は『お前の気の済むまで付き合うぞ』って言うのが正解だと思うんですけどー」
「はいはい、お前の気の済むまで付き合うよ」
「それでよし♪」
満足げに頷いた透が再び試着室へと消える。
その姿を見届けて手に持っていたスマホをすいすいと。
一回着替える間にソシャゲのクエストを一回はこなせる。
「……」
この時間が嫌いなわけではない。
着飾る透を見るのは好きだし、退屈な時間を過ごしているというわけでもない。
だがこのくらいのことは、付き合う前からやっていた。
「進展……ないよなぁ」
手は繋いだ。
キスもした。
だというのに恋人特有の甘い雰囲気──俺の期待していたような恋人ライフを全く送れていない。
幼馴染という関係が彼女に変わった。
ただそれだけ。
本当にただそれだけ。
どうすれば……普通のカップルのように甘い時間を過ごせるのか。
デート終わり。
家は近所、透を家まで送っていくのは彼氏の役目。
手を繋ぎながらぶーらぶら。
「ねえ、来週はどこいく?」
「うーん……透はどっか行きたいところあるか?」
「あるにはあるんだけど……お金がなぁ」
「俺もバイトしてるけど金欠だわ~」
「お金欲しいよねー」
「分かるわー」
中身のない会話。
手を繋いでいるからといって今更甘酸っぱい空気になることもない。
「じゃあまた駅前のショッピングモールにしとくか」
「うーん、そうしようかな」
「なんか欲しいものでもあるか?」
「なんだろ、新しいリップとか?」
「じゃ、付き合うよ。透の気の済むまで」
「おー、ちょっとは気の利くセリフを言えるようになったじゃん。このー」
繋いだ手をぶんぶんと。
肘からパキポキと変な音が鳴る。
そのまま他愛のない会話を続けながら透の家に。
家族公認の付き合いだ、今更ためらうこともない。
「あがってく?」
「いや、今日はいいや」
「そっか、じゃあね」
「うん、また明日」
「学校でね~」
特に名残惜しそうな素振りを見せることなくドアがぱたりと閉められる。
「さて……俺も帰るか」
透の家から俺の家まで徒歩二分。
近所も近所である。
「あいつ今日も来てんのかなぁ……」
俺の意識は早くも家に入り浸っている妹の友人に移り変わっていた。
「おかえりなさい先輩。お風呂にします? ご飯にします? それとも──わ・た・し♡?」
「宿題」
家に帰って一番に出向いてきたのは両親でも一つ年下の妹でもなくその友人──水瀬サラ。
明るい茶髪、青のカラコン、短いスカート。
透とは対照的ないわゆるギャルみたいなやつ。
「はぁ……」
ため息を一つ。
古典的、使い古された誘惑の言葉を華麗にスルー、ついでにサラのこともスルー。
「ちょと、先輩。無視は酷くないですかぁ!?」
「お前の相手はカロリー使うんだから……」
「ダイエットにいいじゃないですか、後輩ダイエット。世の男たちが目の色を変えて飛びついてきますよ?」
「発想が猟奇的すぎるんだよなぁ……」
とてとて。
スルーしたはずが、子犬みたいに後をつけてくる。
多分これは部屋まで侵入されるコース。
「先輩のへやー、お邪魔しまーす♪」
「おいこら、いきなり布団にダイブすんな。埃がたつだろ?」
「あー、やっぱり先輩の匂いは落ち着くな~」
「話聞いてねえなこの野郎」
くんかくんか。
人の枕に顔をうずめて「えへへ」と甘えた声を出す。
色々と人としてまずいレベルにまで来ているのかもしれない。
「それで、車が無かったから親父たちはどっかに行ってるんだろうけど……舞衣はどうした?」
「舞衣ならこの時間は塾だから」
「……なんで人様の家に一人でいるんだよ」
「先輩が帰ってこないかなーって思って! 待たせてもらってました~」
「舞衣には友達を選ぶように言わないといけないかもしれないな……」
「私と舞衣の友情を引き裂く気ですか!? 鬼! お兄ちゃん!」
ぷぷぷとサラは笑う。
箸が転んでもおかしい年頃、とはこのことを言うのだろう。
何が面白いのか分からない。
「先輩がちょっと疲れてそうだったから癒してあげようかなーっていう後輩の優しい心遣いなんですけどー、先輩はそれを無碍にする気ですかー?」
「優しさの押し売りやめれ」
顔には出さないがドキリ。
こういう無駄に鋭いのがサラのタチの悪い所。
心にポッと空いた穴に滑り込んでくるのが上手い。
「押し売りっていうか、むしろ先輩が私のこと買ってくれてもいいんですよ? JKですよ、JK。カワイイJKが自室に遊びにきてるんですよ? むしろ先輩はお金を払うべきだと思います!」
「不穏な言い方やめろ、そして知っての通り俺には透という彼女がいる。この状況を透に見られたら一発アウトだ。言い訳の余地すらない。お前は俺を破滅させたいのか」
「あーカノジョさん……」
ニヤリと。
獲物を見つけた肉食動物みたいな笑みを浮かべながら、ギラリとした光を目に灯す。
それはまるでターゲットの急所に狙いを定めた時のようで……。
「先輩、カノジョさんとはどうですか?」
「……いつも通りだよ。俺にはもったいないくらいの彼女だ」
「へー、本当にそう思ってます?」
「思ってるよ」
「でも先輩の顔、デート終わりって感じじゃないんですよねー」
「痛いところをつくね」
何も言わずともサラは全部を察しているかのように。
俺は何も言っていないはずなんだけど、全てを見透かされている気分だ。
「疲れてる……そんな感じがします。センパイ実はカノジョさんと上手くいってないんじゃないんですかぁ?」
「……」
「あはっ、黙ってるってことは図星ですか? 図星ですよね?」
「別に上手くいってないってわけじゃ……」
否定しきれない。
上手くいってないわけではないが、上手く行ってるとも言い難い。
停滞期、倦怠期、言うなればそんな感じ。
「何を悩んでいるんですか? この恋愛マスターサラちゃんにドンと話しちゃいましょうよ。安心してください。私こう見えてめちゃくちゃ口硬いんですよ」
「……」
迷った。
確かに相談役としてサラは適任だ。
妹に言うのは論外。クラスメイトにも話せる内容じゃない。
そしてサラが通っているのは俺とは別の高校。
情報が漏れる心配もない。
──話すべきか?
心が揺れる。
そんな隙を見逃すサラではなかった。
「さぁ……話して楽になっちゃいましょうよ」
「……」
勝敗があるなら俺の負け。サラの勝ち。
一人で考えても結論が出ずに堂々巡りしていた所だ。将棋で言えば千日手。
他人の頭を借りるのは実に合理的。
うん、合理的なのであれば仕方ない。
「……実はさ」
「はい」
「関係性が変わらないんだよ」
「と、言いますと?」
「俺と透が幼馴染だってことは知ってるよな?」
「ええ、それはもちろん」
「昔からずーっと一緒でさ。付き合う前からデート? みたいなこともしてたわけよ」
「ほいほい」
「だからかは分からないけど付き合ってからも進展が何もないんだよな」
「なるほど、なるほど」
サラは飄々と話を流しているようで目はマジだった。
真剣に何かを考えている目。
少しは信用してもいいのかもしれない。
「つまり先輩は幼馴染から彼女に変わっても関係性が変化しないことを悩んでる──ということでしょうか?」
「ま、そういうことだな」
「そういうことだったら簡単だと思うんですケド?」
「マジで?」
「マジです」
こくこくと頷くサラ。
嘘をついてるわけでも虚勢を張っているようにも見えない。
何を当然のことを……と言わんとしているかのような、そんな気がした。
「なあサラ、教えてくれ! どうしたらいいんだ!?」
縋るようにグイっと顔を近づける。
年下の女子に恋愛相談、みっともないと笑ってくれても構わない。
それで悩みが解決するのであれば。
「教えるのはやぶさかではないのですが……そうですねぇ」
「……もったいぶるなよ」
「いやでもタダで教える、となると……」
「いくらだ」
この際金に糸目をつけていられない。
もし役に立つのならその情報は言い値で買おう。
「じゃあこうしましょう」
ぽんと手を叩くサラ。
にやりと。
片頬を歪めながら。
「デート一回。それでどうですか?」
「デート……?」
「はい、言葉にするのは意外と難しいので実践する──という形でどうでしょう?」
「なるほど?」
「要するにアドバイザーみたいなものです。私のことを彼女だと思って先輩はいつも通りに振る舞ってください。私的にダメな所があればその場で指摘します」
「でもそれだと報酬になってないんじゃ……」
「デートにかかった費用は先輩持ち──ついでにカフェでスイーツを奢ってください。それで手を打ちましょう」
確かに魅力的な提案ではある。
でも……。
「それって浮気になるんじゃ……」
そうだ、これは浮気ととられても仕方ない。
透という彼女がありながら別の女子とデートするのだ。
セーフかアウトで言えばアウトだろう。
「先輩はカノジョさんのことが好きですか?」
「もちろん」
「……そうですか」
「それがどうかした?」
「ならセーフなんじゃないですか? 妹の友達と遊びにいく、そこに好意はない。それにそもそもこれはカノジョさんのためじゃないですか、何も問題はありませんよね?」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
ためらいはある。
だが断るにはこの提案は魅力的過ぎた。
透のため──であるならば、この妹の友人であるサラと一緒にでかけるくらい許されるだろう。
仮にバレても透に事情を話せば納得してくれるはずだ。
「分かった……それで頼む」
俺は悪魔の手を取った。
「交渉成立、ですね」
サラはにたりと、してやったりと。
「それじゃ、先輩。私と『練習』しましょうか」
そんな笑みを浮かべていた。
「先輩、次はこっちの店に行きましょう?」
「まだ行くのか?」
「あ、今の減点です。女の子の買い物は長いんです。少しでも嫌そうな顔をしたらポイントが下がりますよ」
「うっ……そういうものなのか?」
「そういうものなのです」
土曜日、昼下がり。
隣町のショッピングモールで俺はサラに振り回されていた。
「先輩、こっちのスカートとこのスカート、どっちが似合うと思います?」
「……どっちも似合うんじゃないか?」
「ぶっぶー、不正解です」
「なんて答えればいいんだよ」
「いいですか、これは言わば国語の問題です。この時の彼女の気持ちを答えなさい、そういうことなんです。はい先輩、解答どうぞ」
「……俺に選んで欲しい、ってことか?」
自信はないがとりあえず答える。
乙女心は難しい、国語は苦手ではないのだが……。
「答えは場合によりけりです」
「ズルくないか、それは!?」
「いやでも実際そうなんですよね。初めからどっちがいいかは決まっててその後押しをして欲しい場合と、本当にどっちでもよくて彼氏の好みが知りたい場合があるんです」
「無理ゲーじゃん」
理不尽だ。
悪問にもほどがある。こんな問題が許されていいのだろうか?
俺は頭の上に黒い渦を巻きながら辟易とする。
「でも意外とそうでもないんですよ?」
「そうなのか?」
「大事なのは相手がどっちの傾向にあるかを事前に知っておくことです。例えば今私は自分の中でこっちの方がいい、って見た瞬間にピンと来てました」
サラが黒のフリルがあしらわれたミニスカートをすっと眼前に差し出してきた。
確かこれはサラが店に入って一番最初に目をつけていたやつだ。
「その兆候を感じ取っておかないとダメなんですよ」
「なるほどな~……悔しいが普通に参考になるな」
「ですよね? これならスイーツ奢ってもらってもいいですよね?」
「ああ、充分だ。ついでにドリンクもつけてやろう」
「やったぁ! 先輩太っ腹です!」
結局黒のスカートをそのまま購入したサラと共にショッピングモールに入っている喫茶店に足を踏み入れる。
落ち着いたシックな木目調の内装。ゆったりとしたBGM。
客層も落ち着いていて雰囲気も悪くない。
「あ、ここいい感じですね。穴場かもです」
「そうだな、ショッピングモールの中にしては静かだし、ゆったりできそうだ」
「それじゃ、奢ってもらう前に最後にして最大のアドバイスです」
ごくり。
喉を鳴らす、生唾を飲み込む。
ここまでサラが言ってきたことにはそれなりに説得力があった。
彼氏として至らなさがあったことを痛感させられる。
明日の透とのデートでは絶対に今日の学びを活かさないと。
「最後のアドバイス……それは素直になることです」
「はい?」
拍子抜けだ。
シンプルイズベスト、というやつだろうか。
それにしても芸がない。
「あ、先輩今何言ってんだこいつって思いましたね」
「正直思った、素直になるって何だよって」
「でも大事なことなんですよ?」
「というと?」
「先輩、カノジョさんに悩みを相談しましたか? してませんよね?」
「それはまあ……できないだろ」
進展がなくて退屈だ、なんて彼女に言えるはずがない。
失礼にもほどがある。
「言っちゃいましょう」
「お前なぁ……簡単に言うよなぁ」
「先輩は相手が幼馴染だから素直になれてないだけなんですよ。弱みを見せたら負けだって思ってるんですよ」
「う……それは」
心当たりがある。
確かに透の前では少しでもカッコつけようとはしている。
だからこそ悩みをこじらせたりなんかしたのだが……。
「だから敢えて弱みを見せちゃいましょう。もっと先のステージまで行きたいんだって、カノジョさんとイチャラブしたいんだって。欲望をぶちまければいいんですよ」
「引かれないか?」
「引かれるわけないじゃないですか? 相手は幼馴染なんですよね? 普段見せない彼氏の姿にキュンです、ってなるに決まってます」
「断言するねぇ……」
「自信ありますから」
えへん、と胸を張るサラ。
身長の割に豊満な胸が強調されて目のやり場に困る。
透はスタイルはいいけど、胸はないんだよな。
あ、今のなし。言ったら殺される。
「というわけで以上、サラちゃんの恋愛講座でした」
「……悔しいが参考になったよ、明日のデート……勇気を出してみることにするよ」
「上手くいったら成功報酬もらってもいいですか?」
「いいだろう、その時はパフェでも何でも奢ってやるさ」
弱音を見せる……か。
今まで考えたことなかったな。
カッコつけようとするばかりで……空回りしていたけど。
今回こそは……!
そして翌日。
透とのデートはいつにも増して順調に進んだ。
いつもより強気にグイグイと。
「ねえ……なんかちょっと今日変じゃない?」
「そうか? まあそうかもな?」
「もう、言葉を濁さないでよ!」
ぷくっと頬を膨らませる透。
大人びた顔から繰り出される子供っぽい表情は破壊力抜群。
普段あまり見ることのできないレアな表情を引き出せた。
ドキリと。
胸が高まる。
やはりサラを頼ってよかったのかもしれない。
この分なら……。
そしていつもより楽しい時間を過ごして帰り道。
「んっ」
と差し出してくる手を、いつもとは違って恋人握りで握った。
「……!?」
予想していなかったのか、透が顔を赤くして俺の方を見てくる。
俺はしてやったりの表情でにやりと透を見返した。
「……どうしたの今日のヒロ。やっぱりなんか変だよ」
「そう思う?」
「なんかちょっとイケイケって言うか……オラオラって言うか」
「まあね」
「イジワルしてるの?」
むっと唇を真一文字に結ぶ。
これも普段あまりしてこない表情。
わずかに頬が紅潮していて可愛らしい。
ここだ、と思った。
「そうじゃないよ」
「じゃあ何で?」
「俺さ、悩んでたんだ」
「え?」
「せっかく透と付き合えたのにさ、俺たちあんまり恋人っぽいことしてないじゃん?」
「……うん」
「俺はもっと恋人らしいことがしたい。透とドキドキすることがしたい」
「……うん」
顔を真っ赤にして俯く透。
目を逸らすのは昔からのクセだ。
「だからさ、俺これからもっと積極的に行くから」
「……うん」
「透はいや?」
「ううん、むしろ……待ってた」
これが……透の本音。
きっと透も同じように悩んでいたのかもしれない。
やっぱり俺が積極的になるべきだったんだ。
──サラには成功報酬をあげないとな。
そう思いながら、少し強引に透を抱き寄せた。
「ここでするの……?」
「ダメ? 人通りはないよ」
「……うん」
唇を重ね合わせた。
いつもなら軽く唇を合わせるだけで終わるけど俺はそうしなかった。
もっと積極的で──濃厚な口付けを交わす。
とろんと目を潤ませた透は煽情的で最高に可愛かった。
「ありがとう、おかげで上手くいった」
「その様子だとヤる所まで行っちゃいましたぁ!?」
「バッ! お前何言ってんだよ」
「でもそれも時間の問題ですよねぇ」
「……かもしれないな」
再び自室にて。
当たり前のように家にいるサラと今日の戦果について話し合っていた。
「サラのおかげだよ、ありがとう」
「随分素直ですね、先輩♪」
「実際サラのおかげだからな」
「じゃ、成功報酬ですね」
「ああ、パフェでいいか?」
「はい!」
にぱっと笑うサラ。
いい笑顔だ、百点をあげたい。
今の俺は上機嫌、パフェの一杯や二杯奢ってあげるくらいなんてことない。
「それじゃ、来週でいいですか?」
「ああ、サラの都合のいい時でいいよ」
「はーい」
「先輩とのデート楽しみにしてますから」
「……デートではない」
断言する。
これはデートではない。
そう、犬の散歩みたいなものだ。
だからこれは浮気になんて入らないだろう。
第一サラは妹の友達だ、俺にとっては生意気で少しウザいだけの後輩。
そこに恋愛感情が無ければ浮気には入らない。
それからもサラの指導は続いた。
サラの指導は的確で、その教えを実践していく度に透との仲もどんどんと深まっていく。
夢にまで見たイチャイチャラブラブな恋人生活。
そしてついに──
「ねえ、ヒロ」
「うん?」
デート帰り。
暮れなずむいつもの帰り道。
顔を耳まで真っ赤にした透が切り出した。
思えば今日は朝から様子が変だった。
心ここにあらずというか……何かを言い淀んでいるというか。そんな予感。
敢えて問い詰めたりはしなかったが……。
「あのね」
「ああ」
「来週、うちにこない?」
「いいのか?」
「その、ね。来週うちの家……誰もいないから」
「……!?」
察した。
頭の中に浮かぶ幾つもの数式。
どう計算しても解はただ一つ。
「それって……」
「恥ずかしいから言わないで……」
「お、おう」
「そういうことだから、ね?」
「……分かった」
「それじゃ、またね」
そう言って振り返ることなく透は家の扉を閉めた。
残された俺はというと。
ぐっ。
無言でガッツポーズ。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
叫びたい気持ちを必死で押さえて弾むような足取りで帰路につくのだった。
サラがいた。
もはや当たり前のように。
玄関を開けた瞬間に新妻のように出迎えてきたサラ。
舞衣を含め他に家族はいないらしい。
「あ」
俺を見るなりサラはにしし、と意地の悪い笑みを浮かべた。
「先輩、良いこと……ありましたね?」
「まあな」
ふふんと鼻を鳴らす。
今の俺は絶好調。
顔に出すなという方が無理があるだろう。
「この様子だと……家にでもお呼ばれしましたか?」
「お前はどうしてそうも鋭いかね……」
「あはっ、おめでとうございます。先輩!」
「どうも」
「ついに卒業ですね♪」
「ああ……」
心に決めていた。
来週俺は卒業するのだ、と。
俺は鼻の下を伸ばしてみっともない顔をしているのだろう。
今日くらいは許してくれ。
「それにしても弟子が卒業なんて感慨深いです」
「弟子……か。まあサラには世話になったもんな」
「不器用だった先輩がついに卒業ですよ、色んな意味で」
「そうだな」
部屋へと戻りながら下世話な会話を交わす。
部屋へ着いた。
いつものようにサラは俺のベッドにダイブするのだろうと思ったのだが……。
「えいっ」
ぽふん。
背中に柔らかい二つのふくらみが当たる。
「……!?」
思わず「うはっ」っと声を上げそうになるのを我慢した。
よく我慢できた、偉い。
相手は年下の女子。
この程度の甘噛みやじゃれつきは日常茶飯事か。
「お前なぁ……何やってるんだ……」
俺は平常心を装ってたしなめようとしたのだが……。
振り返って気が付いた。
サラがかつてないほど、歪な……邪悪な笑みを浮かべていることに。
「ねえ先輩」
「なんだ?」
思わず頬が引き攣る。
「私、先輩に色々教えてきましたよね」
「ああ、そうだな」
「次回は先輩にとって一番大事なイベントじゃないですかぁ」
甘ったるい声。
獲物を狙う肉食動物の目。
ライオンやトラではない、狼やハイエナのような、イヌ科の狡猾で獰猛な捕食者のような目。
「ああ、そうだな……」
「どうします? そんな大事なイベントで『下手くそ』って思われたり、緊張のあまり中折れとかしちゃったら」
「……」
「ねえ、先輩」
「なんだ」
「私無しで乗り切れますか?」
「……」
「ねえ、先輩」
耳元でサラが囁く。
──私で練習しませんか?
あなたならどうしますか?
ありがとうございました。
追記 頭の悪いラブコメを投稿しました。良ければ下のリンクor更にその下のリンクから合わせて読んでやってください
【クラスで氷姫と呼ばれている完璧美少女の鞄がスカートに引っかかってパンツが見えていた。指摘したその翌日もパンツが見えていた。】
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少しでも面白かった、と思ってもらえたら下の★★★★★から評価してもらえると嬉しいです。