ランチ
プラネタリウム館を出たその足取りで、私たちは近くの喫茶店に入った。内装は物静かで、隠れた名店という雰囲気を持ち、とても落ち着く心地の良い喫茶店だと入った瞬間に思う。
店主は年季の入った男性で、この道一筋という風格を感じる。
私たちはウエイトレスさんに案内された窓際の席で、メニューを拝見した。
「ねぇねぇ、澪は私が名に頼むかわかる」
期待の眼差しで見つめてくる夏希に対し、私はメニューを一瞥し、
「パフェかな」
と答える。
「ぶぶー。正解はナポリタン。喫茶店と言えばナポリタンでしょ!」
「そうなの。私はコーヒーだと思うけど」
「ん~。それも確かにわかるけど、やっぱりナポリタンだよ」
「じゃあ、私もナポリタンにしようかな」
「うん。それで、飲み物は」
「私はコーヒーかな。夏希は?」
「ブラックはちょっと……」
私はその言葉を聞いて微笑んだ。
夏希はなんで笑うのと言った。その時の照れていながら怒っているような、ちょっと小動物っぽい可愛さには当てられすぎてはくらくらしそうだ。
「私はオレンジジュースでいいよ、もう」
「ごめんって。子供っぽところもいいと思うよ」
「もう、ごまかしは聞きません」
そっぽを向く夏希。
そんなことをしているとなんだかおかしくて笑ってしまう。ただ、ここは喫茶店なので、声を押し殺して、だけど。
私は『すみません』と、ウエイトレスの女性を呼んで、てきぱきと注文をしていった。私が『以上です』と全部言い終えたことを伝えると、一度ウエイトレスさんは確認を取った後、私たちのオーダーを店主へと伝えるべく、伝票を渡しに行く。
喫茶店には今も心地の良い音楽が響いている。
「澪は喫茶店とか、よく来るの?」
「ん~。受験の時は通っていたかな。永くいても怒られなかったし、自宅よりも集中できたから」
「そっか。私はあんまり来たことないから、新鮮だよ」
「でも私も、誰かと来たことはないんだ。だから、その気持ちわかるかも」
そう言えば、夏希とデートなんてよくしているつもりだけれど、こうやって一日二人で出かけるデートは久しぶりな気がする。というか、付き合ってからは初めてかもしれない。
私はこう見えて、ぐいぐい行く方ではない。むしろ猪突猛進型は夏希の方だ。だからこそ、私は今彼女と付き合えて、恋人同士でいると言っても過言ではないのかもしれない。
いやいや、待て待て私。
すべてを彼女任せにしてきたわけではないじゃない。私も彼女のためにしていることも少なからずある。
例えば…………。
そう考えた時私は、キスしかなくない? と直感的に思った。それってかなりヤバくない? とも同時に思う。
自然、ごく自然に恋人同士だからするかもしれないが、愛情表現がそれだけというのはいささか危ういと思う。
だから浮気を疑われたりするのだ。言葉だけでは足りないということもあるだろう。
そうだ。
この後の予定はちょうどショッピング。何かを買いに行くことが目的ではなかったけれど、どうせなら行きに離していた口紅を買おう。
プレゼント。開けてからのお楽しみ作戦も面白そうだと思ったけど、彼女自身に使用感や色合い、艶、唇に見とれることができるかを私の目で見て判断した方が絶対良い商品を買える。
うん、そうしよう。
そう私は心の中で思案を巡らせ、一人世界でぶつぶつ。
「澪、お~~い。澪ってば、ねえ?」
「ん、あと、えと、ごめん。次の予定考えてた……」
「ナポリタン来たよ。もしかして、私との会話に飽き……」
「それはないから安心して!」
「そ、そう」
勢いあまって強気で言ってしまい、夏希が気をされていた。
届いたナポリタンには粉雪のように粉チーズがかかっていて、ナポリタン独特のトマトを煮詰めた味にまろやかさと深みを足し、絶品へと昇格させていた。コーヒーも湯気から匂いが立ち、これぞ喫茶店に来たという感覚を思わせる。
「おいしい。夏希に感謝だよ」
「ありがとう。でも私もこんなにおいしいなんて知らなかったよ」
「また来ようね」
「うん」
そうやって私たちは食べ薦め、あっという間になくなってしまう。
夏希の口横についたソースをおしぼりでふき取り、
「もう私もそれくらい一人でできるよ」
と夏希は怒ったけれど、
「なんかやりたくて」
「それって親子とか姉妹の関係なのでは!?」
「そうかな。恋人もすると思うけど」
「うう~~~、まあ……良しとしましょう」
「なにそれ」
「なんだろ」
と二人で笑いあう。
この時間はきっと忘れない。初めてのデートだと思うとなんだかんだ印象に残るものだから。
それから十分ほどたってから、私たちはこの喫茶店を出た。
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