採寸
朝、先に起きた彼女の悲鳴によって私はたたき起こされた。
「何?」
「あう、あう」
夏希は文字通りあうあう言って、固まっていた。
眠気眼を擦りながら、私は辺りを見回した。不審点はないことから、昨日の行いを思い出して、さらに私が隣で寝ていたことに驚いての悲鳴、これが真相に違いない。
何事かと、駆けつけてくれた咲姫も状況を確認すると、お邪魔しましたと戸を閉めた。
「み、澪。昨日のあれは……」
「キスのこと?」
「夢じゃなかった!!!」
夏希はそのまま倒れた。
夏希をそっとしておこうと思った私は、先にリビングにいた咲姫に訝しげに見られつつ、朝食を頂いた。
「昨日の夜、何かしたの?」
「キスした」
「それで、あの悲鳴は何よ」
「そのまま寝ちゃったから、事態を把握しての悲鳴」
「なるほど。澪ももう少し手加減してあげなよ」
手加減はともかく同意の上でしかしていないのだけれど、とも思ったがそれは大前提。咲姫が言いたいのはそういうことではないとすぐに悟った。
「ちょっと大人な方をしただけなのに」
「階段を踏むのはいいけど、夏希さんが不慣れなのは見ていてもすぐにわかるよ」
「私も経験ないんだけど」
「幼馴染だからそれは知っているよ。でも、だからこそ、歩幅は合わせていかないと、いつかついてこれなくなっちゃうよ」
私より人付き合いのうまい咲姫の助言だから素直に聞きたい。私は直感でそう思うが、一つ訂正をしようと思う。
「咲姫も間違っているよ。この関係をリードしているのは私じゃないもの。でも忠告は素直にうれしいし、ちゃんと考えるよ。私も初めてで少し焦っていたのかもしれないしね」
咲姫は意外そうな表情をしていたが、すぐに
「そっか」
と見通したような、何かを察したような言い方をした。
「私この後、いろいろするけど、澪は何するの?」
「咲姫がいる間の予定は何もないかな。だから採寸してもいいよ」
「それは助かる」
咲姫は売り子さん——大体私には、自分の同人誌のキャラのコスプレをさせるのが通例だ。だからマンガが完成した後の咲姫の次の行動は衣装を作ること。
彼女は壁にはなれないものの、その二番手くらいの立ち位置でそれなりの人気漫画家と呼んでもいいくらいの部数を売りさばく。
「では、さっそく…‥」
「お、おはよう~」
「あ、夏希さんも採寸させてください」
「え、あ~、いいよ~」
「では、こちらに~」
案内されて夏希は咲姫に連れていかれた。私もその後を追う。
まだ覚醒しきっていない夏希の脳は事態を飲み込む前に咲姫にてきぱきと服を脱がされ下着姿にされていた。
「ん? うぇ!?」
「起きました。すぐ終わるので動かないでください」
「ど、どういう。澪!?」
「採寸だよ。落ち着いて」
よしよしと夏希の頭を撫でた。横が寝ぐせではねているのがかわいく思える。自然に
頬が緩んでしまいそうだ。
「終わりましたよ」
「私のも続けてやる?」
「お願い」
「わかった」
私はさっと服を脱いで、すぐに咲姫がメジャーで採寸していく。慣れた手つきであっという間に終わってしまった。
服を着終えると、夏希と私を置いて咲姫は、
「今日からはできるまで自宅で作業しますので、それではまた~」
と言い残し、寮から走り出していった。
残された私たちは気まずい雰囲気を覚えつつも、いつも通りを装ってリビングに向かった。
そしていつものように席に着いて、朝食を採る夏希と話し始めた。話してしまえば気まずさなんてどこかへ消え、調子が戻ってくる。
調子が戻ってきた辺りで夏希のスマホに着信が届いた。発信者は夏希の祖父だった。
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