こんなシーンあったっけになるまでの話
作業を開始して時計の短針が四分の一周ほどしたところで、咲姫が悶々としていた私に向かって口を開いた。
「澪~。ちょっと」
部屋の外に呼び出された私は咲姫にこう告げられる。
「そろそろモデル頼もうか。なんか過激なシーン」
「なんで!?」
「いや、見てればわかるから」
「あ、そう……じゃあメイド服取って来るよ」
「いってら~」
そう、私は悶々としていた。
作業を開始してから、夏希はまた咲姫のタブレットの中身を物色し、何かを読んでは様々な表情を見せる。それを横目に見ながら私は背景を描くという、ちょっとしたお預け気分であった。
ただ、唯一誤算だったのは咲姫がそんな私のことを見かねて気を回してくれたこと。もしかしたら夏希との約束を守っただけかもしれないけれど、たぶんそうじゃない。
原因は私だ。
私の作業効率がものすごく悪かったからだ……申し訳ないとは思うけれど、私からしたら夏希のコロコロ変わる表情を見て楽しむ時間を削る方が心身に悪いのだから仕方がない。そう、仕方ないのだ……。
「取ってきたよ」
「おか~」
「夏希?」
「ん? あっ…‥」
真剣に読書中の夏希の目線がこちらに向くと、私の抱えたメイド服を見て、ちょっと赤くなった。
手直しがいるかもしれないので、一度試着してもらうことになり、着替えの間、私と咲姫はどのシーンをやるかの打ち合わせだ。
「この血を吸うシーンがいいかな」
「なるほど、首にキスマーク」
「それともキスシーンも、手の位置とか細部に神は宿るというしスケッチしておきたいかも」
「なるほど、濃厚なやつができそう」
「澪さん、お~い」
「あっ、ごめん。ちょっと想像が偏っていたよ」
「いや、私は別にモデルをやってくれればいいんだけどさ。夏休みの間に行き過ぎると学校が始まってから大変だよ。澪は目立つからね」
「気をつけます……」
咲姫の忠告は素直に受け入れることにする。
夏希がメイド服姿で戻ってきた。サイズは上々に見えるが胸元が少し残念に感じる。
「咲姫!」
「わかってますとも。これですね」
「うん。夏希ちょっと待ってて」
「うん?」
私は自分の持つブラの中でもちょっと締め付けが、というか引き締めがきついものを取って戻ってくる。咲姫に渡されたのはパットだ。咲姫はこの同人誌を売る即売会ではコスプレをするため、こういった小物もたくさん持っている。
私は夏希を連れ出し、パットとブラを夏希に装着する。
取り外し、付け替える時、夏希が何とも恥ずかしそうにしているのはたまらなかったけれど、「それは女性同士の場合の反応じゃないよ」なんて無粋なことは言わない。
代わりに。
「夏希のエッチ」
「んん~~~~」
小声で耳元でささやくと真っ赤になって手で顔を隠した。
部屋に戻ると、様になった夏希を見て咲姫がナイスと親指を立てた。
「それで、ここでやればいい」
私は奥の空いたスペースを指さし、咲姫はそれに頷く。
「あ、それならそこに布団と枕とか入ってるから、それ使お」
「そうだね」
私と夏希で舞台をセットしている間に、咲姫はスケッチブックと鉛筆を持って待機していた。こう見ると私でもちょっと恥ずかしくなる。
「始め……その前に、咲姫。耳貸して」
「おっと、今回の大事なピースを忘れるところだった、ナイス澪」
私はカチューシャになった猫耳を咲姫からもらい、夏希に取り付ける。
じゅるり……舌なめずりをしたくなる夏希になった。
「私はここに寝るから、夏希は私の首元に甘噛みする感じね」
「頼みます!」
「う、うん」
そうしてシーンが動き始めた。
ドキドキと私の心臓がうるさい。
カプっと夏希がかみつく。舌が時折首元に当たってゾクッとする。夏希の吐く息が熱い。
夏希の手が私の手と恋人繋ぎ。
そう言えば、デッサンだから動かないと言うのを言い忘れていた。
「澪……」
「これは……」
夏希が自分の世界に入っている顔をしていた。マンガ風に言えば、目にハートが出てそうだ。
いつもは私が先導しているからか、夏希はぎこちなく、甘噛みを続け、先を求めているようで、私はいつの間にか、彼女を押し倒していた。
「あっ……」
私は夏希の猫耳とメイド服を見てふと我に返った。
「わ、私は外に居ようかな」
「だ、だいじょう、ぶ。続きしよう」
「いや、私と言えど、これ以上は刺激が強いでござる」
「あぁ~~~~~~~~」
夏希は声にならない声を発し、真っ赤になっているし、私も顔が熱く感じるからきっと真っ赤だ。
猫耳メイド服の甘噛み夏希は魔性だということが証明された瞬間だった。
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